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本日、二回目の投稿です。
ケット・シーたちがひとりだけ参加するのはつまらないというので、トムさんがみなで参加できる遊びを考案した。
「名付けて、「【モヤモヤシ】を捕まえよう!」ゲームだ」
「【モヤモヤシ】?」
「ふつうのモヤシじゃないの?」
フェレット族兄弟がトムさんを見上げる。特に年少組は、短い四肢で四つん這いになりながら、柔軟に首を曲げ、上を向く。つぶらな瞳に問いかけられるように見られ、トムさんは一見は百聞に如かず、とばかりにまずは【モヤモヤシ】を育てることにした。
「【モヤモヤシ】、ですか」
「なんでしょうね?」
カントさんもルジェクさんも興味津々で手伝いを申し出る。このふたりは植物に対する関心が高いからか、とても話が合う。互いに知ることを教え合い、互いの能力を認めていた。
トムさんが【モヤモヤの緑豆】というのを納屋から引っ張り出して来る。
「これで【モヤモヤシ】が育つんだ」
通常は種とその五倍以上の量の水を容器に入れて育てるのだというが、これはほとんど泥のような土の中で育てるという。
散水機を調節し、畑の一角にどんどん水を撒く。
「【モヤモヤシ】が動けるようになると同時に、土の水分を吸収するんだ」
「ねえ、モヤシが動くってどういうこと?」
トムさんがすることに興味津々で眺めていた一行の中、ユリが尋ねる。
「【モヤモヤシ】は足が速い植物なんだ」
「ああ、聞いたことがある。モヤシってたしかに傷みやすいよね」
フェレット母さんの手伝いをよくして料理も行うフェマがすぐに食べた方が良いという意味に捕らえる。だが、トムさんは否定する。
「いや、そういう意味じゃなくて、本当に足が速いんだ」
「うん?」
フェムが小首を傾げる。ソウタも同じような気持ちになる。フェロとフェン、アーミィはこれからなにが始まるのかとわくわくして待っている。その様子に、トムさんが苦笑する。
「まあ、実際に見た方が速いな」
ぬかるんでいた畑の土がみるみる乾いて行く。かと思うと、ぽこり、と顔を出す。そしてあっという間ににょきにょきと細長く伸びていく。
「「わあ!」」
「え、こんなにすぐに育つものなの?」
「さすがは農場妖精!」
「トムさん、すごいなあ」
「もう、とってもいいの?」
「キキュ?」
ソウタとユリが歓声を上げ、フェレット族兄弟が口々に言い合う。トムさんは苦笑して、今にも片前足を出そうとするフェンを制する。
「まだだよ。もう少し、見ていてごらん」
「分かった!」
フェンは素直に答えて、わくわくと【モヤモヤシ】を眺める。
「なんにゃなんにゃ」
「なにが始まるのかにゃ」
「きっと面白いことにゃ」
そのころには、農場牧場へ遊びに来ていたケット・シーたちも集まり始めた。
「静かに待っていなさい」
「「「「はーい」」」」
ユリが騒ぎ立てるケット・シーたちに言うと、こちらも素直に答えて、みなといっしょにわくわくと待つ。
「な? ケット・シーたちの手綱をしっかり握っているだろう?」
「ユリ、あいつすごいな」
『ユリさまもソウタさまも素晴らしい猫獣人であらせられます』
ワンダフルさんの言葉にディレクさんがぼうぜんと呟き、アインスがクラバットの結び目に鎮座するゼンマイ式ハムスターを見下ろす。
「ディレクはそこが定位置となったんだな」
「下に降りるとアーミィに追いかけまわされる羽目になるからな」
下手をするとそこにフェンやフェロまで加わることもあるのだ。
そうこうするうち、ふるふる、と【モヤモヤシ】が細長い身体をふるわせ、ずぼりと土から抜け出した。
「「「「え?」」」」
「「動いた!」」
「キキキュ!」
「「「「にゃにゃにゃにゃ!」」」」
次々に土から出てきた【モヤモヤシ】はそこらじゅうを駆けまわり始めた。
「「モ、モヤシが走っているぅ!!」」
「しかもめっちゃ速い」
「細長くてわんさかあるからなにがなにやら分からないわ!」
「わー!」
「楽しーい」
「キキュ!」
「「「「にゃにゃにゃ!」」」」
きゃっきゃとはしゃぐ子供たちとケット・シーたちに、トムさんが告げる。
「柔らかいから強くつかむとすぐに駄目になる」
はっと子供たちとケット・シーたちはトムさんを振り向いた。
「すばしっこい上にそっと捕まえなければならないんだ」
なんて、ハードルが高い。
「さあ、この【モヤモヤシ】を一番たくさん捕まえた者が優勝者だ!」
かくして。
「【モヤモヤシ】を捕まえよう!」ゲームが始まった。
ソウタやユリはもちろん、フェレット族兄弟やケット・シーたち、ワンダフルさんやケッティ、ルジェクさんまで加わった。
ちなみに、トムさんとカントさんは審判だ。ふたりは妖精が丹精した植物の扱いに長けているので、ハンデが大きいからだ。
ディレクさんはいっしょにやろうと誘うフェンとアーミィをなんとかかわしていた。
「泥が入ったら再起不能になるかもしれん」
『もうしわけございません。マスターは不戦敗とさせていただきます』
ディレクさんの無事が第一のアインスもこれには参加させられないと言う。
「お前ね、いちいちトゲがあるな! 不戦敗じゃなく不参加だ!」
ちなみにふたりはルジェクさんがディレクさんの声が聞こえないようにふるまっている。その点、アインスの位置取りは完璧だ。
ニャントロフさんもまた、見物していたいと主張して、フェレット母さんにおつまみを作ってもらってお酒を飲みながら観戦する。
「フェリィさんもいっしょに飲もうよお」
「わたしはお酒には弱くて」
ふたりでにこやかに観戦している姿に、ワンダフルさんが羨ましそうにした。
「俺もあっちが良いな」
なお、途中から宝石姫も参加した。いつものように農場牧場へ遊びに来たら、大勢で泥まみれになって騒いでいたので、「今日はいつにも増してにぎやかですのね」などとおっとり呟いた。そこをフェンに捕まっていっしょになって【モヤモヤシ】を追いかけることになったのだ。
守護犬はフェレット母さんの料理を供されて、ニャントロフさんの隣できゃっきゃとはしゃぐ宝石姫と子供たちを眺めた。
「お姫さまはこんな泥遊びはしないだろうから、一度しておくのも良いかもしれないねえ」
「ああ、そうだな。こちらに来るようになってから、姫はたくさん身体を動かし、心を揺らし、表情を千変させる。我らではなし得なかったことだ。こちらの者たちには妖精国の両陛下もわたしも、感謝すること並々ならぬ」
妖精攫いという悪辣な略奪者に連れて行かれそうになった経験から、宝石姫は外へ出るのを怖がるようになった。それは当然の仕儀だとして、周囲は無理に連れ出そうとしなかった。その状況は尾を引き、これではいけないとみなが思い始めたころ、ソウタとユリが妖精の国へやって来た。そして、ほかならぬ妖精であるトムテの農場牧場で、両親が過ごした楽しいひとときの話を聞いて興味を持ち、勇気を出してやって来た。もちろん、妖精の路を通じてではあるが、そこへ闖入者が紛れ込まないとも限らない。姫にとってはとてつもない勇気を要した。
その結果、彼女は友を得て、楽しむことを知り、なんと、料理をするまでに至った。簡単なものを教わり作って、両親や自分といっしょに食べながら、どんなふうに過ごしたかを実に表情豊かに話した。その姿に、両陛下はどれほど安堵したことだろう。そして、自分もだ。自室に閉じこもり、詰まらなそうに過ごす宝石姫に、どれほど歯がゆい思いであったことか。
「そうだよねえ。ここは本当にすごい場所だよお。トムさんとカントの丹精込めた環境のほかに、ソウタとユリとフェレット族兄弟がいるからねえ。あたしもここへ来たら、なんだか帰って来たという気持ちになるもんねえ。それに、なにより、フェリィさんの料理だよ。もう旅先でも恋しくて恋しくて」
「わたしも、こんなに素晴らしい場所で暮らせるなんて。しかも、料理店まで持たせていただいて、」
今まで苦労の連続だったフェレット母さんが言葉を詰まらせる。子供たちが毎日腹いっぱい食べ、伸び伸びと遊び、安らかに眠ることができる。そんな場所で暮らせることがこの上なく僥倖に思えた。
「君の料理目当てで今ではずいぶんたくさんの妖精たちも訪れると聞く。この場所が妖精たちに認められているのは君の力もあるんだろうな」
守護犬の言葉に謙遜するフェレット母さんに、ニャントロフさんも褒めちぎる。
「確かに、こんなに和やかな光景なんて、ほかじゃあ、ちょっと見られないな」
『ほかのゴーレムたちにも見せてやりたいですね』
ゴーレムマスターとして方々を旅したディレクも感心し、アインスはここにはいない仲間たちのことを思う。
「やっぱり俺もあっちが良いな」
すかっと空ぶったワンダフルさんが自慢の毛並みを泥だらけにしながら、羨ましそうにニャントロフさんたちの方を眺めた。




