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「できた!」
ソウタは完成した自走式散水機を前に、早速試走させたくて仕方がなかった。
しかも、ツヴェルクさんは予備も必要だろうと二台も作ってくれたのだ。初めの一台はほとんどツヴェルクさんが作り、二台目はソウタに作らせながら横からあれこれアドバイスをくれた。
ちなみに、作業部屋となったのはフェレット族一家が潜り込み、ニャントロフさんがお化けだと悲鳴を上げたあの小屋である。
そこを片付け、作業机を入れたのだ。トムさんの期待の高さがうかがえる。
「これでもうソウタひとりでも作れるだろう」
「う、うん。設計図もあるし、たぶん、大丈夫」
ツヴェルクさんが言うのに、ソウタがいかにも自信なげに言う。
「ははは。分からないことがあったら、いつでも聞いてくれ」
「ありがとう。でも、ツヴェルクさん、ツヴァイたちのところへ行くんだよね?」
ツヴェルクさんが散水機を作ってくれるということに感謝したトムさんが、妖精の国でゴーレムを修理する部品を調達してくれたのだ。妖精の取引きというものはひとえに気に入るかどうかで決まるのだという。だから、欲しがる者によって要求されるものは変わって来る。最近では妖精の国ではフェレット母さんの料理店の人気のお陰でトムさんもまた評判が高く、たいていのものは簡単に手に入るのだそうだ。
「おいらの農作物だけじゃなく、カントの薬やフェリィの料理を欲しがる者もいるんだ」
「なにからなにまでありがたいな」
ツヴェルクさんは二年前に襲われた後、持っているお金のほとんどはゴーレムの修理に使ったそうだ。さらには、たとえ妖精の路を使ったとしてもまた待ち伏せしているのではないかと恐しくなってあまり外出しないようになったのだという。
「いや、おいらも自走式の水やり機なんて、すごいものを作ってもらえるんだから、そのお礼さ」
ゴーレム修理で足りない部品はニャントロフさんを待って彼から調達することにしている。
「ケット・シーが俺の住処へ通じる妖精の環を繋いでくれたから、いつでも来られるだろう」
ツヴェルクさんはケット・シーが易々とソウタの要請を受けてステップを踏むのを見て、あんぐりと口を開いていた。
そのケット・シーはソウタの師匠としてツヴェルクさんも熱烈歓迎の態である。
「ソウにゃんがどんどん力をつけていくのは願ってもないことにゃ!」
「いつでもお師匠さまに教わることができる環境を作るのにゃ!」
「とっても複雑なステップを踏んでおいたから、そうそう見つけられないのにゃよ。安心して使うと良いにゃ」
あまりの好待遇ぶりにそら恐ろしいほどである。
「ディレクのやつ、そのうち本当に噴霧器とやらを搭載させられるんじゃないかな」
ツヴェルクさんは呆然とそう呟いたものだ。
そうやってソウタが散水機にかかりきりになっているうちに、ユリは宝石姫と仲良くなった。フェマと三人でいっしょにお菓子作りをしたりもしたという。
なんでも、宝石姫は妖精攫いに遭いそうになったことがあり、ずっと家(彼女の場合、妖精の国の城のことだ)から出なかったのだという。だが、以前、妖精の国王夫妻にフェレット母さんが土産としてわたしたプチケーキやクラフティの美味しさにとりこになり、宴会の楽しそうな様子を妖精犬たちから聞いて、やって来ることにしたのだという。
「妖精の至宝がいるし、クッシィが守護をしていると聞いたので、きっと安全だと思いましたの」
そのクッシィを通じてトムさんに農場牧場に城から直通の妖精の路を繋げる許可を得たのだという。
「だったら、安全にここに来られるね」
妖精攫いに遭うなんて、と心配していたユリはほっと息をつく。その様子に、宝石姫も信用に足る獣人なのだと心安くなった。
「わたくしにはこの守護犬もおりますので」
「そう、宝石姫の専任の護衛なんだね。よろしくね」
「ああ、よろしく」
クッシィよりも、どの妖精犬よりも大きい守護犬は優しい瞳をしていた。彼もまた、フェレット母さんのお菓子が大好きなのだという。
「いっしょにベリー集めをしたこともあるのよ」
「みんなとても上手くて、わたくしにも教えてくれました」
フェマの言葉に、宝石姫もとても楽しそうにベリーのシロップ漬けを作ったのだと言う。
そんな三人と守護犬は、クリームチーズとジャムをクラッカーにのせた片手で食べられるおやつをソウタとツヴェルクさんが籠る小屋に持ってくれたこともある。
そして、閉じこもっていた宝石姫が外へ出て活き活きと楽しそうに過ごすことに安堵した妖精の国の国王夫妻は冷蔵庫という魔道具をプレゼントしてくれた。
「わあ、冷たい風が出る!」
「ケッティの氷漬けの魔法みたいね」
「魔力を注ぐ必要があるが、極限まで消費を抑えているな」
初めて見る便利魔道具に興味津々の一同は、ツヴェルクさんの言葉に感心する。
「こんな高価そうなものをいただいても良いのでしょうか」
「そりゃあ、そうだろう。しかも、二台ってことは、家屋と料理店に一台ずつってことだろうな」
フェレット母さんはまごつくも、トムさんは有り難くもらっておけという。
「冷凍庫という部分では凍らせることもできるみたいですね。氷嚢を簡単に作ることもできそうです」
カントさんも感心しきりである。
そこで、フェレット母さんは感謝の気持ちをこめてベリーのゼリーを作った。
「宝石みたいだね」
「お姫さまのおやつ?」
目を輝かせるフェマに、フェンが宝石姫を見やる。
「じゃあ、お父さんとお母さんにも持っていく?」
「いっしょに食べるのがいいよ!」
フェムの言葉にフェロが提案する。
「四人分ももてる?」
ユリが心配するのに、守護犬がバスケットに入れてくれれば自分が持ち手を咥えて運ぶというのでそうすることにした。ちなみに、宝石姫と国王夫妻と守護犬の分で四人分である。守護犬が快く運んでくれるのも当然である。
なお、この宝石のようなゼリーを国王夫妻はとても喜んだという。
その礼だと言って妖精の国のレシピを貰って、フェレット母さんは恐縮する。
「なんのレシピ?」
「あ、あいすくりーむ、だって」
フェレット族兄弟は興味津々でのぞきこむ。
子供たちの期待のこもった目に促され、フェレット母さんはさっそくアイスクリームを作ってくれた。
「「「「「「おいしーい」」」」」」
子供ばかりでなく、大人も喜んだ。ツヴェルクさんもこんなものは初めて食べると目を丸くする。
「俺は辛党だが、甘いのも良いもんだな」
「魔道具ってすごいよね」
心から言うソウタに、そうだな、と笑う。
フェムが後から、自分がカントさんという師匠を得たように、ソウタにとても良い師匠ができて良かったと喜んだものだから、面はゆくなる。
そのカントさんとトムさんはツヴェルクさんともあれこれ話しながら新作のおやつを楽しんだ。
ふだん大口のワンダフルさんは珍しくちびちび食べ、冷静なケッティは逆に匙を動かす速度が速くなった。
『マスター、あちらに移動しましょうか?』
「いや、そんな気を遣う必要はねえよ。ちっこいのが美味そうに食っているのを見るとこっちまで幸せな気分になる」
味わうことができないことを気遣うアインスに、ディレクさんは気負わずに言う。
『マスター、自分の方が小さいのに』
『度量はとても大きいです』
「お前ら、褒めるのかけなすのかどっちなんだ」
面白くなさそうに言うディレクさんに、フィーアとフュンフはそろって頭をひねる。
「迷うのかよ、コラ!」
「キキキュ」
アーミィがなぐさめるように、ぱふぱふとゼンマイ式ハムスターを叩いた。
「おう、ありがとうよ。お前さんも良い居場所を見つけたもんだなあ」
「キキュ!」
アーミィとディレクさんは仲良しになった。たまに追いかけまわされるけれど。ディレクさんの動きは加速度的に向上している。
「ねえ、フェレット母さん、宝石姫が来たら食べさせてあげたい!」
「うん、そうしたい!」
宝石姫も守護犬もそうしてごちそうになったアイスクリームを殊の外、気に入った。
そして、国王夫妻にその話をしたら、ぜひとも料理店のメニューに組み入れてほしいという要望があった。
「来店されそうだな」
トムさんの呟きはほぼ確定の予想でもあった。
そうして、料理店に新たに出現した「ベリーの宝石ゼリー」や「アイスクリーム」は、料理店の看板メニューとなる。




