71
農場牧場に戻った翌日、ソウタとユリが台所に顔を出すと、フェレット母さんとフェマがすでに朝ごはんの用意を済ませていた。
「フェムはまだ眠っているの?」
「最近、カントさんの手伝いをしていてね」
「夜までかかって作業していたみたいだから」
ごくまれにふたりしてお昼前に置きだして来ることもあるのだという。トムさんは早々に朝ごはんを食べた後、畑仕事をし、フェロとフェンはアーミィといっしょに遊んでいるという。
朝食と片付けを済ませた後、洗濯物はすっかりフィーアとフュンフが片付けてくれたと聞いて、お礼を言うためにふたりを探しに外へ出た。
「お前ら、なんで追いかけて来るんだよ! こっち来るな!」
フェロとフェン、そしてアーミィがきらきらした笑顔でゴースト・ハムスターを夢中で追いかけまわしている。
それを見てフィーアとフュンフはゲラゲラと笑い、アインスは微笑まし気な表情で、ツヴェルクさんはあきれ顔である。
ソウタとユリはフィーアとフュンフに近寄って礼を言った。
『そんな、大したことはしていません』
『そうです。わたしたちはノインほどには家事には長けていませんから』
「妖精の至宝がいるなんて、どういうことだ? しかも妙に馴染んでいる」
ツヴェルクさんはソウタとユリの予想とは違うことに驚いていたようだ。
「もうずいぶん前からいっしょにいるように見えるよね」
「アーミィはもうフェレット族一家の一員だもんね」
ソウタたちの言葉が聞こえていたのか、アーミィが近くを通りかかった際、「キキュゥ!」とこちらを向いて声を上げた。
「え?」
ツヴェルクさんが目を丸くする。
「ツヴェルクさんもアーミィの言葉が分かるんだね」
「なんて言ったの?」
ソウタとユリが口々に言う。
「このゴースト・ハムスターを守護するとおっしゃっている」
ソウタとユリはアーミィに対する敬語に、少しばかりまごついた。
「アーミィ、本当に気に入ったんだなあ」
「ディレクさん、かじられなければ良いんだけれど」
ユリの呟きに、アインスが身じろぎする。フィーアとフュンフがすすす、と彼から距離を取る。
「だ、大丈夫だよ、アインス。ぼく、アーミィ用のゼンマイ式ハムスターを作るから。ね?」
『ご配慮ありがとうございます。ソウタさまは本当にお優しいですね』
「そ、そんなことは、」
恭しく礼をしながら言うアインスに、ソウタは妙に照れ臭くなって視線をさまよわせたとたん、初めて見る姿を見つけた。
農場牧場を散歩しているらしく、悠然と歩いている。自然体で、闖入者という風情ではない。現に、気づいたフェンたちがそちらに近寄って行き、親し気に会話を始めた。
「あれ、誰だろう?」
「きれいな妖精だね」
すらりとした姿の少女の傍らにはクー・シーが従っている。
「宝石姫だ」
呻くようにツヴェルクさんが言う。
「「宝石姫?」」
ソウタとユリの声が揃う。
身体が角度を変えたら、宝石姫の背から蝶のような翅が飛び出しているのが分かる。半透明で陽光を浴びてきらきら輝く。
「きれいだな。宝石みたいだ」
「だから宝石姫って名付けたのかしら」
ソウタとユリに、ツヴェルクが教えてやる。
「妖精の国王陛下と女王陛下のご息女だ」
「お姫さまだったのか」
なるほど、それでクー・シーを伴っているのかと思ってソウタが見ていると、ユリが聞く。
「ソウタはああいうのが好み?」
「ユリ?」
そちらを見れば、ユリが不機嫌そうな顔をしていた。なのに、ソウタにはなぜか今にも泣きだしそうにも思えた。
「いや、女王陛下がとてもきれいな方だから、やっぱりその娘さんはきれいだなって思っただけだよ」
「ふうん、そう」
なんとなくそれでユリの機嫌が上向いたのが分かり、内心安堵する。
「宝石姫は城から出てこないと聞いたが」
ツヴェルクさんは誰もが欲しがる妖精の至宝と、妖精の国の深窓の姫君がフェレット族の子供たちといっしょになってきゃっきゃとはしゃぎながら遊んでいるのを見て仰天する。
トムさんがソウタたちに気が付いてやって来たので事情を聞いてみた。
「最近はよくここへ通っているんだ。フェレット族兄弟といっしょにベリーを集めたり、ジャムを作ったりしている。妖精の至宝にいたってはもう、フェレット族兄弟の末っ子となっている」
さもありなんと頷く。溶け込んで馴染んでいる。
『トムさん、わたしたちも水やりを手伝うよ』
『できれば、フィーアにはまず初めに手本を見せてやってください。加減を知らないから』
「そりゃあ、ありがたいな」
手伝いを申し出たフィーアとフュンフに、トムさんが実に嬉しそうにする。広大な畑の手入れは中々骨が折れるのだ。そこで、ソウタは思い出す。
「あ、そうだ、リトラで散水機の部品になりそうなのを見つけて来たんだ」
「ケッティが支払ってくれたの」
早速取り掛かると言うと、こちらもトムさんは顔をほころばせる。
「どれ、それなら、俺も手伝うか」
ツヴェルクさんが言う。
「え、いいの?」
「わあ、すごい! 良かったね、ソウタ」
憧れのドワーフ、しかもアインスたちのような素晴らしいゴーレムの製作者であるツヴェルクが手を貸してくれると言うのに、ソウタはほほを紅潮させ、ユリは我がことのように喜んだ。
アインスはフェレット族兄弟が宝石姫と話し始めたのを見て、そっとディレクを回収する。
「もっと早く助けろよ!」
アインスの両手の上でディレクががっしゃんがっしょん憤る。
『それは失礼しました。追いかけっこをとても楽しんでいらしたかと思いましたので、手出しを控えておりました』
「嘘を言え! 傍観を楽しんでいた、の間違いだろう!」
『まあまあ、そう怒らないでください。妖精の至宝がマスターの守護を申し出てくださったのですよ』
「なにを言う。あいつは守護される方だ。幸運が欲しいからってあんなちっこいのを捕まえようなんて、ふてえやろうどもから守ってやるんだよ! ああいう動物は自由であるのが当然なんだ」
『さようでございますね。マスターがそんなだから、きっと妖精の至宝も守護を約束してくださったのですよ』
アインスが穏やかに微笑んだ。




