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 いつからか、誰がそう言い出したのか、その一族の血は薬草に混ぜると効果を倍増させる効力を持つと言われている。

 訳知り顔で、「かの一門の者がうっかり指を切り、そこからしたたった血液ひとしずくが薬液に混ざりこんだ。そうとは知らずにそれを服用したものがみるみるうちに回復した」などと言う者までいる始末だ。


「本当のところ、どうか分からない。けれど、追いつめられてなんにでも縋りたい心情の者たちにとっては、喉から手が出るほどほしいのだ」

 その血を。体内をめぐる、生命活動に必要不可欠の血を欲するのだ。

「とんだ吸血鬼ならぬ欲血鬼だ」

 吐き捨てるように言うディレクさんもまた、珍しい物を追い求める権力者に、すぐれたゴーレム遣いとしてなにかとちょっかいをかけられたのだという。


「なにかの折に知ったその一族は格好の餌食にされそうだった」

 なんでも、錬金術や薬作成に様々な素材が用いられ、魔獣の身体の一部から始まって、妖精の身体の一部などまで使われるに至ったのだという。

「それで、特殊な血を持つ人族に焦点が当てられたってわけさ」

「そんな、」

「そういった理由から妖精攫いが横行するんだ」

「そうだな」

 ソウタが絶句すると、ケッティがモノクルの奥の瞳を冷たく光らせ、ワンダフルさんは妖精の国での一件を思い出してか頷いた。


「あ、そう言えば、カントさんにそんなことを聞いたことがある」

 ユリは穏やかな垂れ目のカンガルー族がそのときばかりは厳しい表情をしていたのを思い出す。

「カントってのは? ああ、薬師なんだ? そうそう。そうやってある種の職業に就く者にも暗黙の了解というか、そうそう口に出せない事柄ってやつで知られているんだ」


 そこで、ディレクさんは稀血の一族の人にそういった事柄を伝え、特定の権力者に関わらないように助言したのだという。なお、村の近くに石碑を建てたのはディレクさんなのだという。

「なにかあったらここへ逃げて来いという印にな。俺も相当不審に思われたのだろうけれど、まあ、それでも表面上は感謝していた」


 そこで、ソウタとユリは仁楊にゃん村で見つけた手記のことまですっかり事情を説明した。

「そうか、やっぱり、追い込まれて逃げ回っていたんだな」

 自分も同じようなものだった。だが、ツヴェルクはここへ籠ってしまえば手出しができなく、自分は多くのゴーレムが守ってくれた。だが、稀血の一族は集団だ。老人や子供を人質に取られたら、弱い者が足手まといの立場に立たされたら。

「たまったもんじゃないだろうな」

 ディレクさんの言葉に、一同は声もなく、室内はしんと静まった。


「いっそ、ゴーレムたちを全部捜しだしたら、俺が消滅する前に彼らを助けようか」

 消滅。

 これほどはっきりと意思疎通ができる者がきれいさっぱり消えてなくなるという。

 アインスはこれほどまでに情感豊かな高度知能を持つ存在だ。それでも、自身が責任を負いきれないのであれば、というのだろう。

『マスター、わたくしはマスターの存在が消滅するまではいっしょにいたい』

 とても丁寧な言葉を操るアインスが、このときばかりは少々たどたどしい物言いとなった。それは切々とした懇願だ。


 結論が出ないまま堂々巡りで、それを打ち切ったのはワンダフルさんだ。

「子供はもう寝る時間だ」

 そんな風に言われてソウタとユリはむくれたものの、あふっと出てきたあくびに、みなが同意した。




 客間はないからと言って、アインスが居間に毛布を敷いてくれた。そこに潜り込み、まぶたを閉じるとじんと眼球が痛み、その痛みは頭の芯まで続いた。と思うといつの間にか眠っていた。気が付いたら昼近くになっていた。


 ソウタとユリが目が覚めると、アインスが洗面所へ案内してくれる。

 ワンダフルさんとケッティは厨房を借りて料理をしているという。


 起床したソウタとユリをツヴェルクさんが裏庭に誘う。

 以前はうつくしく整えられていただろう庭は、今は好き放題に伸びている。

「なあ、ソウタ。俺にゼンマイ式ハムスターをひとつ作ってくれ」

 ツヴェルクさんはいつか自分が作ったゴーレムにディレクさんを憑依させたいのだという。そして、ソウタが作ったハムスターに憑依したのだから、できればソウタにも手を貸してほしいと頭を下げた。


 ソウタは慌てふためいた。人族そっくりなオートマタとゴーレムとを融合させたドワーフだ。自分の方こそいろいろ学びたい。ソウタも分かっている。昨晩アインスが言っていた通り、ソウタが作ったゼンマイ式ハムスターに憑依した因果関係を知りたいのだろう。


「ディレクは拒むだろう」

 ツヴェルクさんの言葉にふたりは息を呑んだ。

「後々ならばいざ知らず、まずはゴーレムたちを探すというだろう」

 だったら、好きにすればいい。自分は自分でディレクが憑依できるゴーレムを作るまでだとツヴェルクさんは笑う。

 ゴーレムを探し出し、処分したら心残りがなくなって消失するかもしれない。

 けれど、ツヴェルクさんもディレクさんもそのことについては触れない。


「ディレクがゴーストにまでなって現世に留まるほどの強い願いだ。ならば、それをなせば良い」

 そして、たぶん、ディレクさんもまた、ツヴェルクさんのしたいようにすればよいと思っていることだろう。ソウタとユリがそう言うと、こわばっていたツヴェルクさんの顔がかすかにほころんだ。


「あいつは見てくれが良い上に魔力量も操作技術もあって才能もあった。金も持っていた。だから、とんでもなくもてた。シュラクだけじゃなく周辺諸国でも人気者だったよ。でもな、寄って来る者みな、なにかして欲しがるばかりだってうんざりしていた。要求ばかりするって」

 だから、ゴーレムたちにおもねることはしないように命じたのだという。

「そうしたら、あけすけにしゃべるものだから、しょっちゅう丁々発止とやり合うようになったよ」

 ツヴェルクさんはまぶしそうに空を見上げた。すがめる目は在りし日のことを懐かしんでいるかのようにも見えた。


「俺みたいな偏屈な妖精にあっさり資金を出して「お前の腕を見込んだんだ、気にせず好きに使え」なんて言うんだぞ? 「一度や二度の失敗がなんだ。簡単にできることをするんじゃ面白くない」ってさ」

 ツヴェルクさんは技術はあっても口下手で営業下手だったため、必要な物品を揃えることができず、仕事をすることすらできない時期もあったのだという。しかし、そのころすでにゴーレムマスターとして名を馳せていたディレクさんはより優れたゴーレムを創ろうとしており、それに手を貸してほしいとツヴェルクさんを訪ねてきたのだ。


 ディレクさんのゴーレムを見て、ツヴェルクさんは一も二もなく頷いた。そしてふたりでああでもないこうでもないと構想を練り、何度も失敗を重ね、そして、ゴーレムを創りだした。


「ふたりで制作したゴーレムが動いてしゃべったとき、俺もディレクも泣いたよ。あんなに心を動かされたことはない」

 そうしてふたりはどんどん改良を重ね、あるいは多様性を持たせてゴーレムを創った。何度もバージョンアップさせた。

 ディレクさんの魔力を動力源にするから、小型化するのは苦も無く成功した。ゴーレムたちは怪力だったり、あるいは魔法をく用いたり、あるいは非常に器用だったりした。


 ゴーレムマスターのディレクさんの名声はいよいよ高まり、つられるようにして共同制作者のドワーフも名工として尊敬のまなざしが向けられた。

 人の手では行えない仕事を、ゴーレムたちは易々とこなし、相応の報酬を得た。必要経費を差し引いた残りは山分けした。潤沢な報酬のお陰で充実した設備を持つ隠れ家を得ることができた。

 なにより、仕事ができることが嬉しかった。しかも、評価されるほどにまでなった。


 才能ある友はしかし、人間だった。寿命は妖精と比べてとても短い。

「あいつ、口が悪いだろう? でも、俺が老け込んだことについては、なあんも言わない。あんなに歯に衣着せぬゴーレムたちも素知らぬ振りを決め込んでいる。ありゃあ、マスターに似たんだな」

 そんなふうに言うツヴェルクさんは、たぶん、仕事のパートナーであると同時に大切な友であるディレクさんを失って、一気に老け込んだのだろう。


「うん、口喧嘩しているのを見るとそっくりだよね」

「マスターの言動から学んでいるんだね」

 親子みたいである。ならば、子がだまされ操られて悪いことをさせられたら、責任を持って止めようとするだろう。


「昨日も言っていたが、あいつは生前、不老不死を求める権力者に追い回されたことがあってな」

 もともと、甘い言葉で近づいて来て良い目を見ようという者たちが大勢いて辟易していた。そこへ、居丈高に知識と技術を提供しろと言われた。


「ゴーレムたちを物のように見なすのも許せなかったのだろう」

 そう言うツヴェルクさんも同意見である様子で吐き捨てる。

「ゴーレムたちを解体しろだの、仕組みを伝授しろだの言った。もちろん、金に糸目は付けないという姿勢だったが、どうだかな」

 すでにツヴェルクさんもディレクさんも潤沢な資産を持っていた。だから、提示された高額の報酬には興味を示さずのらりくらりとかわした。それに業を煮やした権力者が強引にゴーレムを奪おうとしたから、ディレクさんは行方をくらますことにした。


「そんな時にあの一族の者に出会ったんだ」

「稀血の一族だね」

 ソウタとユリは顔を見あわせて頷いた。ようやく、駄菓子屋のおばあちゃんが会った人が逃げつづけていた理由が判明した。

「そうだ。ディレクと同じようにあの一族に手を貸そうという者が現れるなんてなあ。奇縁ってものだな」

 ツヴェルクさんの言葉に、まさしく、旅はさまざまな縁を結ぶものなのだとソウタとユリは後々思い知らされることとなる。





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