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本日、二回目の投稿です。
魔力が吹き荒れる。棚に置かれた部品がかたかたと揺れ動く。うねる魔力に押し流されるようにして部屋の中の物が動き出す。
場所が悪すぎた。工具類や部品がたくさん置かれた工房の、ありとあらゆるものが飛び散った。
とっさにワンダフルさんがソウタとユリに覆いかぶさり、ケッティが杖を構える。ワンダフルさんの腕の隙間から見えたことにソウタはあんぐりと口を開ける。なんとケッティは結界などの守護魔法を居合わせた者にかけるのではなく、舞い上がり奔放に飛び交う物品を壁際に押さえつけたのだ。
ソウタとしても、ここは宝の山だ。なにひとつ破損してほしくはない。
「あ!」
ユリのアイテム玉はゴーストに有効だろうか。そう思ってリュックを下ろして口を開けるのももどかしく片前足を突っ込む。ごそごそやっていると、ワンダフルさんが苦笑する気配がした。止められないことを良いことに、ソウタは掴んだものを引っ張り出す。
ソウタはいろんな出来事が立て続けに起きたことから、とても慌てていた。だから、ろくに確認もせずにリュックから取り出したゼンマイ式ハムスターをディレクさんに向かって放り投げた。リトラで虎族の店員にいくつかもらった部品で、従来のものより強化されたものだ。慌てているというのに、どうしてか緊急時に役に立たない情報が頭の中を駆け巡る。
「にゃわわっ」
しまった、と思わず声を上げる。けれど、ゴーストを通り過ぎて床に落ちると思った。
だが、どうしたものか、靄はするするとゼンマイ式ハムスターに吸い込まれて行く。
「「「「「え?!」」」」」
居合わせた者たちは、ツヴェルクさんですらも、ひと声発しただけで絶句する。
「な、なんだァ?!」
ゼンマイ式ハムスターがしゃべった。
「「えぇっ?!」」
「重い! 身体の重みを感じるぜ!」
五人とゴーレムの目がちょろちょろ動き回るゼンマイ式おもちゃに釘付けになる。
そう、ゴーストはハムスターにインしていた。ハムスター型おもちゃに憑依したのだ。
ソウタとユリはさっと視線を交わす。ユリが下ろしたリュックから鏡を取り出し、ハムスターに突き付ける。
「な、な、なんじゃこりゃァァァァッ!」
可愛い外見にそぐわない野太い声が響き渡った。
久々の友との再会、そして死してなお心残りであったゴーレムを見つけ出し、けれど、もっとも巨大な一体が持ち去られてしまっていた。
べつの拠点にいるという三体のうち、二体に対しても懸念がぬぐえない。もっとも設備が整っているこの工房で作業をする方が効率が良いだろう。そうしないのは、動かすことができないからではないのか。それで、守護に一体つけてそのままにしている。
ゴーストとなったディレクさんの心労はいかほどばかりか。極めつけは、ゼンマイ式ハムスターに憑依してしまったのである。
「ソウタのおもちゃと相性が良いらしい」
『ますたー。ナンテ、ナンテスガタニ! トテモカワイイデスヨ。ぷぷぷ』
「わざと片言で話すの、ヤメろ!」
ケッタクソ悪い、とディレクさんは口の悪さを存分に発揮した。
「アインスたちが歯に衣着せぬのってディレクさんを見習ったんじゃないの?」
「ユリまでそんなこと言って! 俺は傷心なの!」
『ますたー、モノイイハソンダイナノニカラダハチンマリ。ははは』
「ここぞとばかりに、好き勝手言いやがって!」
『ますたーのドリョウナミニチイサイ!』
アインスの両手にちんまり載ったハムスターは湯気を吹き出さんばかりだが、対する穏やかな物腰のゴーレムは辛辣だ。
「アインスも動揺しているんじゃないか?」
「え、そうなの? だったらすごいね」
ディレクさんとアインスのやり取りにワンダフルさんが言い、ソウタが目を丸くする。
すばらしい高度知能を持つ存在である。
「ディレクは存在が安定したようだな。言葉が明確だし、魔力も周囲から取り込むことができているようだ」
「ああ、まあなあ、依代を得ることによって存在が安定し、整然と考えられるようになったみたいだ。ソウタのお陰だな」
どこか安心した様子のツヴェルクさんに、ディレクさんは怒るのを止めて、自分の内部を探るように魔力を巡らせる。
しばらくして落ち着いたディレクさんはツヴェルクさんに言って残るゴーレムもすべてメンテナンスして起動するように言った。
「追うのか?」
「ああ。権力者たちの欲得づくで、俺の可愛いゴーレムたちを好き勝手使われるのが気に食わん」
明瞭な声が聞こえてくるのは愛らしいゼンマイ式ハムスターからであり、そして、内容は重い。
「自分たちの欲を満たすためだけにばらばらに解体されるかもしれない。それこそ、組み立て直すことができないくらいに。あるいは、操られて他者を害したり、他者の物を壊すことに使われるかもしれない」
甚大な力は使い方によっては悪い事態を招くこともある。
「こうなるのならいっそ、俺の手で破棄するべきだった」
それはまるで喉の奥から血の塊を吐き出すような言葉だった。
ディレクさんは死してなお、強い力を持つゴーレムを残していくこと、残さざるを得ないことを悲しんでいる。心残りは強く凝り、ゴーストになるまでに至った。今日初めて会ったソウタとユリですら、胸をつかれる思いだ。長年共に在ったツヴェルクさんやアインスの気持ちはいかほどばかりか。
さて、ツヴェルクは常ならば、その日初めて会った者を信用するなどできない。なのになぜか、ソウタとユリは信頼に値する者のように思われた。ここへ来る経緯からして、生前のディレクの隠れ家のひとつ、小さな村はずれの屋敷でゴーストになった彼と会話し、迷い込んだ人族の子供を助ける代わりに自分たちが妖精の路に転がり出ることになったのだという。
なにより、その妖精の路を潜り抜け、正しく自分の家を訪ねることができたことがすでに彼らが妖精に認められる者である証である。
彼らがなんらかの異能を持ってして、ゼンマイ式ハムスターをディレクの言動に沿って動かしているのではないことは、アインスの反応を見ても明らかだ。ゴーレムはハムスターの指示に忠実に従う姿勢を見せている。正確に言えば、おもねる必要はないという命令に。
『ソウタさま、どうかマスターとわたくしをお連れください』
「え? どうして?」
『こちらのゼンマイ式ハムスターはソウタさまが作られたのでしょう? もし故障したらすぐに直せるのはソウタさまを置いてほかにはございません』
「でも、」
安住の地であるここを出てもついて行きたいという。
「ツヴェルクさんも直せるんじゃない?」
『素晴らしい知識と技術をお持ちのツヴェルクさまならあるいは。しかし、必ずしもそうとは言い切れません。マスターの魂が憑依された因果関係が判明していない限りは、ソウタさまが手掛けられるのが最も良いかと存じます』
だから、いっしょに行動したいという。
「ちょっと待て。俺はデカブツやらほかのゴーレムを探しに行くぞ」
『マスター、我がままを言わないでください。それでも我を通すというのならば、ソウタさまがたの同道を願い出て下さい』
「お前な!」
どうあっても、アインスの行動原理はディレクさんの存続が第一であるらしい。
ソウタとユリは顔を見合わせ、ワンダフルさんにアイコンタクトを取ってから旅の目的を話した。ロケットを取り出して紋章を見せる。
「うん? この模様を見たことがある」
「本当?!」
「どこで?」
飛びつくようにして尋ねるソウタとユリは、そう言えば、ゴーストハウスのある村の近くにこの紋章が彫られた碑があったな、と思い出す。
ディレクさんはあやふやな記憶を整理し、懸命に考える様子を見せる。ふたりは口をつぐみ、見守った。
「どこだっけかなあ。————ああ、そうだ、思い出した稀血の一族だ」
「「マレチノイチゾク?」」




