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『ようやく目覚めたか。調子はどうだ、アインス』
『マスター? いえ、マスターとは少し違う?』
ふわりと浮いて近づくディレクに、アインスと呼ばれた人族の青年の姿をしたゴーレムはとまどう様子を見せつつ起き上がる。ソウタとユリは動くどころかゴーレムを認識し、しゃべることに息を呑んで注視する。
『うん? 俺が分からないのか?』
「ゴーストになったからか? ああ、そうか。そっちのケット・シーの魔力が混じったからか」
ツヴェルクさんが顎を撫でながら考え込む。
『ツヴェルクさま、もしかして、さっきからふらふらしているのはマスターなのでしょうか?』
「ああ、そうだよ」
ツヴェルクさんは笑いをかみ殺しつつ答える。
『なんと、マスター、ゴーストになられたのですか。生前と変わらず足が地についておられないですね』
さらりと辛辣なことを言うアインスにディレクさんが渋面になる。
『驚くか嫌味を言うか、どちらかにしろよ、アインス』
『あいにく、ツヴェルクさまが謹製されたわたくしは性能に優れておりますれば、複雑な言動を可能にしております。ああ、それにしても、マスター、こんな変わり果てたお姿で! いえ、浮ついたマスターにはお似合いなのかもしれません』
『な? いつもこうなんだよ。世辞を言うなとは命令したが、辛口になれとは言っていない』
ディレクさんが腕組みしながらソウタとユリに視線を寄越す。
『おや、こちらの愛らしい猫族のお方たちは? 申し遅れました。わたくしはアインスという人形にございます』
「ご、ごていねいに」
いまだかつてないほど丁重に挨拶をされたソウタはいっしょうけんめいきちんと返そうとしてまごつく。
「わたしはユリ、こっちはソウタよ。もうひとりの猫族はケッティで犬族はワンダフルさんだよ」
『おや、こちらの猫族の方は妖精であらせられる?』
「そうだ。ツヴェルクはドワーフだからともかく、よく分かったな」
『感知能力も優れておりまして』
ケッティに目を止めて易々と正体を見抜いたアインスは、慇懃に微笑んだ。金茶の長い髪を右の耳下でひとつにまとめ、ジャケットにクラバットを身に付けた穏やかな風貌のアインスは有能な執事のように見える。歳は二十代半ばくらいの人族の男性の姿をしている。
「悪いな。隠蔽しているのを口にするなと教えておけ」
ツヴェルクさんはケッティに短く謝罪した後、ディレクさんに言う。
『アインス、感知能力を誇示するな。隠蔽しているのを暴き立てたら気を悪くさせる。無用な諍いをおこすんじゃない』
『かしこまりました、マスター』
隠すというのはそうする理由があってやっている。それを言い立てれば、気を損ね、悪くすれば攻撃される恐れもある。それをディレクさんは噛み砕いて教え、アインスはすんなり受け入れた。歯に衣着せぬ物言いはするものの、きちんと教えられたことを受け止めている。
ソウタとユリは拍手しそうなほど感心しているが、ワンダフルからすれば仮に攻撃されても迎撃できるが、要らぬ争い事は避けよと言っている風に聞こえた。作り物だからか、気配が読みづらく、それでいて存在感がある。仮に相対するとしたら。そう想像するとどこかうそ寒い心地になる。
「さて、次はフィーアとフュンフに取り掛かるか。ディレクは大人しく魔力充填に集中しておけ」
ツヴェルクさんはアインスが問題なく動くことを確認すると、二体目三体目のゴーレムに視線を移す。
『ほかのゴーレムたちは?』
『別の拠点にドライとアハトが眠っており、ツヴァイが守護しています。ゼクスとノインは人族に擬態して情報収集に当たっています』
そうか、とディレクさんは腕組みしながら頷いた。
ソウタとユリは目を白黒させながらそんなにたくさんのゴーレムがいるのかと驚く。ワンダフルとケッティはゴーレムたちの現状を聞きながら、足りないことに気づいた。
『それで、アインス』
『はい、マスター』
『ズィーベンはどこだ』
「ここにはいない」
アインスが口を開く前にツヴェルクさんが代わって答える。
ケッティは察した。ディレクは繰り返し、自分がマスターだと言っていた。そして、実際、先ほどきちんと説明したことを、ゴーレムは受け入れた。マスターに問われれば、アインスはごまかすことはできないのだろう。
『そりゃあ、見れば分かる。あのデカブツがここには入りきらないってことはな。でも、裏庭にはいなかった』
だから、ディレクさんは重ねてアインスに問う。
そこでソウタとユリは気づいた。ディレクさんは機嫌が良さそうに見えて、その実、不安を押し隠していたのだ。空元気というやつだ。不安があったから、それに呑みこまれないように上機嫌に振る舞っていた。
『答えろ、アインス。ズィーベンのデカブツはどこにいる?』
『はい、マスター』
「よせ、」
ツヴェルクさんが焦った声で制しようとするが、アインスはディレクさんの言葉に従う。
『二年前、ツヴェルクさまの作られた妖精の路を出たとたん、襲撃を受け、ズィーベンは連れ去られました。わたくしたちは追いましたが、戦闘不能に陥り、かろうじてツヴェルクさまが回収してくださいました』
とたんに、ゴーストが咆哮する。それは胸を刺すほど悲痛な叫びだった。




