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 そこは朽ちかけた屋敷だった。ひたひたと端からにじりよってくる夕闇の中で薄気味悪く佇んでいる。

 穴が開いた門壁の向こうに、今も崩れそうな屋根が見える。門扉は開いており、なんとなく触りたくないので、それ以上広げることなく、その隙間から身を滑り込ませる。中へ進むと大きな建物の細部が目に飛び込んでくる。壁には亀裂が走り、窓枠はひしゃげている。


「行くぞ」

 ワンダフルさんはちらりと後ろを振り向いて、扉の取っ手に前足を掛けた。中の気配をうかがいながら開ける。扉がうめくように軋む音をたてる。

 いきなりなにかが飛び出て来ることはなかった。

 扉を大きく開くと、そこはエントランスで、左右に廊下が伸び、奥には階段がある。中二階の高さで左に折れて段差が続いている。


 入り口付近でランプに灯りをともそうとしたとき、ふ、といきなり明かりがついた。壁に魔道ランプが固定されている。と、消える。そして、すぐにまたつく。いきなり点灯と消灯を繰り返し始める。激しく明滅するのが、なにかわめきたてているかのようで、急き立てられる心地になる。

 先へ行け、ということだろうか。

 ふつ、ふつ、と中二階から上の左右に伸びる階段に合わせて設えられた灯りが明滅する。そちらの速度はまだ緩やかだ。


 ワンダフルさんはランプに灯りをともし、ケッティは杖の先を魔法で光らせる。ソウタとユリは双方の片前足を繋いで進む。

 壁はとこどころひび割れ、化粧材が床に破片を散らしている。その間から草が顔を出している。室内に草。滑稽だが、今は薄気味悪さを増す効果を発している。明り取り口の蓋が風が吹くたびにかたかた怨みがましい音を立てる。


 遠くから、ヒーッともヒィオォーッともつかない悲鳴のような高い音が聞こえる。

「あ、あれはなに?」

 ソウタがあえぐように聞いた。

「風が隙間を吹き抜ける音だろう」

 ケッティがいつも通りの冷静な声で答える。それがいくばくかの平静を取り戻させた。


 一階の廊下の奥は闇を塗り固めたようになにも見えない。

 ワンダフルさんは迷わず階段を上った。

「呼ばれているんだから、そっちへ行かなくちゃな」

 平然としたもので、いつもの通りのワンダフルさんだ。それがとても心強い。


「そ、そうだよね。ゴーストなんていないよね」

 ソウタは自分に言い聞かせるように呟いた。ユリに聞かれるとか、そういう体裁を整えることすらできないでいた。それでも、なにか起こったら今握っている前足を引っ張って逃げなくてはと考えていた。


 廊下を進むと、扉が勢いよく開く。

「ひっ」

 しかし、なにも出てこない。

 ワンダフルさんが慎重に進んで部屋の中をうかがう。その隙間からソウタもこっそり見た。


 こごった闇にぽうとうっすら光るものがただよっている。一瞬、もやに思えた。広がったそれが集まり、凝縮され、ふらりと人型をとる。と、すぐに霧散する。

「ゴーストだ」

 獣人じゃなくて人族なんだな、などとぼんやり思った。

「本当にいたね」

 ユリの囁き声は小さかったが、ちょっと興奮しているみたいである。


 ゴーストは本当にいた。

 だから、村人たちはあんなに恐れ、ここに来たがらなかったのだ。でもゴーストはおどろおどろしくない。かすかに漂っているだけだ。


「なにか喋っているな」

 ケッティの言葉に、ソウタとユリは全神経を耳に集中させる。

『どこへ行ったんだ』

「「あっ」」

 声を拾い上げ、それに意味があることに二重に驚く。


『どこだ、どこだ、』

「なにかを探しているのか?」

「もしくは、誰かを、か?」

「ここに肝試しに来たという子供かな?」

 ワンダフルさんの言葉にケッティが考え込み、ソウタが小首を傾げる。


「聞いてみる?」

「「「え?」」」

 ユリの言葉に、三人は呆気にとられる。

 ユリはいつの間にかソウタの片前足を放して一歩前へ出た。止める間もなく、二歩、三歩と進む。


「ユ、ユリ!」

 ソウタは慌てて後を追う。ゴーストへの恐怖よりもユリが襲われるかもしれないという恐ろしさの方が上回った。


「ねえ、なにを探しているの?」

『どこへ行ったんだ。探さないと』

「なにを探しているの? もしくは誰かを?」

 ゴーストは問いかけに応じないけれど、ユリはめげずに質問を重ねる。そうしながら、ゆっくりと位置を変え、ゴーストに認識されるように動こうとする。


「わたしたちも子供を探しているの。知らない?」

『もし、あいつらが、』

「あいつら?」

「複数を探しているのか、それとも、」

 とぎれとぎれの言葉をみなで拾い上げる。


 そんな中、一番初めにケッティが気づいた。

「あれは、なんだ? 魔力を帯びている」

 ケッティが杖を向けると、その先から灯りがふわりと舞い上がる。そして、部屋の奥へ漂って行く。

 そこには台座があった。

「魔道具だ」

 見事な細工のもので、家具としても一級品に見えた。しかし、ケッティは魔道具だという。


「おそらく、ドワーフの名工が作ったものだろう」

「ドワーフ!」

 ソウタが思わず歓声を上げた。慌てて口をつぐんだが、なんと、ゴーストがそれに反応する。

『ドワーフ。友よ』

「え? ゴーストの友だちがドワーフなの?」

「生前にドワーフの友がいたんだろう」

 ゴーストから聞こえてくる言葉に、ユリが目を丸くし、ワンダフルさんが推測する。


「それにしてもケッティはいろんなことを知っているね」

 ソウタはドワーフが作った魔道具というのに気を取られながらも、そんなことを見出したケッティに感心しきりだ。

「書で得た知識ばかりだから、実際に見聞きすることができてうれしい」

「わたしもケッティが旅を楽しんでいてうれしい」

 ソウタの心からの褒め言葉にまんざらでもなさそうにケッティが心内を語り、ユリが旅に誘って良かったと言う。

 猫の姿をした三人が微笑み合う。なぜかゴーストもにこやかな表情を浮かべる。

『仲が良くてなによりだ。俺のゴーレムときたら、口が悪くてならん。歯に衣着せぬように、と言ったけれどあれほどまでとは』

 今まで一番長く言葉を連ねる。


「生前の記憶が戻って来たのかな」

「え、ゴーストって心残りとか怨みとか強烈な感情が残っているからなるんじゃないの?」

 ソウタとユリのやり取りを聞いて、ケッティがゴーストに向き直る。

「どうなんだ?」

「おいおい、」

 ワンダフルさんが吹き出しそうになるのを堪える。

「会話が成立するのなら、当の本人に聞いた方が速い」

 分からないこともあるだろうが、とケッティは平然としたものだ。


「こりゃあ、大分、ソウタとユリの影響を受けているなあ」

 ケット・シーがなあ、とワンダフルさんは実に面白いという顔つきになる。

「ぼくたち、ケット・シーを変えるような力を持っていると思う?」

「まさか。ケッティはケット・シーの中でも真っ当な部類だよ。旅の間、ずっといっしょにいるんだもん。お互いに影響を受けるのは当然!」

 驚くばかりのソウタに、ユリがさっくりと言ってのける。


「それに、君のゴーレムと言うのは? 口が悪いということは君と会話をしていたのか?」

『そうだ。俺のゴーレムを知らないか?』

「そうか。君はゴーレムを探しているんだな」

『そうだ』

 ソウタもユリも感心した。ケッティは断片的に言葉を発するばかりだったゴーストと会話をしている。


「あ、じゃあさ、その友だちのドワーフが知っているんじゃない?」

 手がかりだけでも得られればと続けるソウタに、ゴーレムが向き直る。

『行けない。俺は妖精の路(フェアリー・ロード)を潜ることができない』

 心なしか、その瞳は哀しみが滲んでいるように思われた。





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