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子供の姿が見えないという。大勢の村人が集まって来て、捜すことになった。
慌てているのは親で、ほかの村人たちは「どこかで遊びほうけているんだろう」というのんびりしたものだった。
それを見て、ワンダフルさんは苦笑する。
「これはあれだな。大事になって出るに出て来られなくなるやつだ」
「ああ」
思い当たる節があってソウタの口から思わず声が出る。
「ソウタもそんな経験があるのか?」
ケッティが不思議そうなのがありがたい。ソウタはそんなことはしなさそうだという感じだったからだ。
「あいつらね、ハチワレ三人組み」
ユリが前脚を組んでにゃふふふんと鼻を鳴らす。
「いっつも悪さをして先生にゲンコツをもらっていたよ」
ソウタもよく絡まれていた。ただ、彼らは構ってほしくてまとわりついていたのであって、それがソウタの事情にお構いなしだっただけである。
「設計図の上に寝られてくしゃくしゃにされたりしたなあ」
「なんでまたそんなものの上に」
「猫って他者が見ている紙の上で寝たくなるんだって」
「ああ、猫妨害の一種か」
そんなふうに悠長に話していられるのも、長い間のことではなかった。
その子供の兄や姉は「あいつのことだから、ゴーストハウスに行ったんだ」「きっとお化けの噂を流して人を寄せつけなくして財宝を隠しているんだって言っていたもの」「肝試しだよ」と言い出したのだ。
とたんに、集まった村人たちが息を呑み、ざわめく。ざわめきはすぐさま広まっていき、うねりとなった。
「どうする?!」
「どうするもなにも、すぐに連れ戻さにゃあならん!」
「しかし、」
「お、俺は無理だ。養って行かなくちゃならん家族がいる」
「そりゃあ、誰にだっているさ。だがな、」
「そ、そうだ、親が行けば良いじゃないか」
村人たちにあるのは戸惑い、ためらい、なにより最も色濃く表れていたのは恐怖だった。
「そんなこと言ったって、あいつ、親のいうことなんざ、ひと言も聞きゃあしないんだ。行くなって口が酸っぱくなるほど言っているのに!」
いまや、親の心配や不安は怒りに取って代わっていた。
そうして、ふと、とある家の前にいる見慣れない一団に目を止める。
「そうだ、なんでも、冒険者がこの村にやって来たって言うじゃないか。依頼を出そう。連れ戻してくれってさ」
「おお、そりゃあ、まあ、その、」
顔見知りばかりの中で旅人が訪れれば目立つ。噂はすぐに回る。そうしたことから、ソウタたちのことを知っていたのだろう。もしかすると、獣人であるということも話していたのかもしれない。しかし、その半分が子供であるということには気づかなかったようだ。
「いや、でも、ふたりは子供じゃないか」
「だったら! 大人だけで行けば良いじゃないか」
どうあっても自分たちは行きたくないという態である。そんな様子を見て取って、ソウタとユリはにわかに不安に駆られた。
「ねえ、ゴーストハウスって本当にお化けが出るの?」
「もっと怖いものが出るとか、」
ソウタとユリがお兄さんを見上げる傍ら、不穏な空気にケッティが奥さんに子供を寝かせてくるように言って家に入るように促す。ほとんどその場から逃がすようなもので、奥さんは感謝と申し訳なさをないまぜにした表情で中へ戻って行った。
「それがなあ、実際に見たってやつが何人もいるんだ」
そう言えば、最初に会ったときもお兄さんは声を潜めて訳ありそうにそんなことを言っていた。
「しかも、見たら呪われるんだ」
「呪い?!」
「ど、どんな?」
お兄さんの話す内容と沈痛な表情に、ソウタとユリが震え上がる。
「ゴーストを見た恐怖で腰が抜けて這う這うの体で逃げ出して来た者はそのあとすぐに死んじまったり、なんとかふんばったものの、身体の中を突き抜けられた者は、帰って来たら髪が真っ白になっていたり、驚いて気を失って目が覚めたらろくに喋ることができなくなっていたりしたんだとさ」
「度を越えた恐怖を味わうと髪の色が抜けることもあるときいたことがあるが」
ケッティが言うのに、ソウタはふと、獣人だったら全身の毛の色が真っ白になるのだろうか、などと思ってついユリの方に目をやった。ユリは真っ白い毛並みである。
「なあに?」
ユリがソウタの視線に気づいて小首を傾げる。
「ああ、うん、その、前にも同じようなことがあったと思って」
「あ、そうだね。妖精の国でのことだね」
とっさにそう言うと、ユリは思い出したかのように頷く。
「うん。あのときは迷子だと思っていたけれど、」
妖精攫いに連れて行かれそうになっていたのだ。今は妖精の国ではない。人族の子だ。しかし、凶事に巻き込まれたのではないと誰が保証できるだろうか。
ふたりが話すうちに、子供の親がワンダフルさんに依頼を持ちかけていた。
「家に帰って来ない子供がいるんだ。たぶん、肝試しに出かけたんだと思う」
「いや、そうじゃないだろう?」
お兄さんが都合の良いことだけを話す親に憤慨する。
「冒険者に依頼を出すのなら、ギルドを通してもらわないと受けられない」
ワンダフルさんが言うと、こんな小さな村にそんなものがあるかと親が声を荒げる。
「早くしないとうちの子になにかあったらどうしてくれるんだ! お前もお前だ。こんなよそ者の味方をしようっていうのか!」
子供が心配だが、さりとて自分も行きたくない。恐ろしい目に遭いたくない。強い者がいるのだから、その力を頼ってなにが悪い、という風である。こういう考え方をするものはどこにでもいる。
ソウタやユリも魔道具いじりやアイテム玉作成を頼まれることがあるが、きちんと対価をもらってきた。
しかし、今直面している出来事はどんな危険が待ち受けているかを伏せ、そこへ向かわせようとしているのだ。見ず知らずの者がどうなっても自分には弊害はないからだ。
「お前だって自分の子供があそこへ行ったら気が気じゃないだろう?」
「そうだが、」
「じゃあ、お前が行ってくれるのかよ!」
「なんで俺が! おじさんが行けよ。自分の子供だろう」
まったくもって正論であるが、それをやりたくない村人はのらりくらりと言い逃れようとする。
「そ、そうだ、お前んとこのばあさんの葬式、うちも手伝ったじゃないか!」
「今、それは関係ないだろう!」
「あんな冬の寒い日に手伝ったんだぞ!」
とんでもないことまで持ち出したことから、ワンダフルさんはもはやこれは受けるほかは収まるまいと諦めた。
「じゃあ、ぼくも行く」
「わたしも!」
「ソウタとユリは留守番だ」
「でも、もしワンダフルさんがゴーストハウスで動けなくなったら、」
「大丈夫だ。わたしも行くから」
ケッティが言う。
そんなふうに同行者を気遣うソウタたちの姿は、子供を探しに行くのを嫌がってあらゆる話を持ち出して抗った親とは実に対照的であった。さすがにばつが悪い表情を浮かべるも、そんな風な気持ちにさせられるのが業腹で黙っていられなくて口を開く。
「大人がゴーストの注意をひいているうちに子供がうちの子を連れて逃げればいいじゃないか」
そんなことを言うものだから、あちこちから「誰の子供なんだ」「他者に、しかも子供に行かせるなんて!」と非難轟々だった。
結局、ソウタとユリは行くと押し切った。
子供の親が「うちにはもう五人も子供がいるんだ」と言ったからだ。
フェレット母さんは自分の子ではないフェムたち四人を食べさせるために懸命だった。それを知っているからこそ、フェムは後ろ足立ちできたとたん、どう見ても早すぎる成獣の儀を受けた。フェマもいつもフェレット母さんを助けて家事をしている。
街を追い出され、せめて風雨をしのげる場所でと隠れた小屋で、見つかって必死になってその細い身体で子供たちを隠そうとしていた。
さらには、ひとり増えても同じねと笑ってアーミィを受け入れた。そんなフェレット母さんに育てられているフェムたちだからこそ、妖精の至宝だと言われるアーミィは彼らと共に過ごすことを選んだのだとソウタは思う。フェロもフェンももうずっと前からそうしているように、アーミィといっしょに遊んでいる。
妖精の至宝は「居ついた場所に幸福をもたらす」のではなく、「幸福な場所でいっしょに過ごす」ことを望んでいたのかもしれない。そんな場合ではないのにふとそんな考えが浮かんだ。
ここで子供の親の「もう五人も子供がいる」という言葉を否定しなかったら、アーミィを含むフェレット族一家をも否定するような気持ちになったのだ。
ワンダフルさんにいっしょうけんめいにそう話したら、なんとか連れて行ってくれることになった。




