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 魔獣の肉は食べられる。しかし、捌いて血抜きをして薄切り肉にしないと、なかなか火が通らない。

「魔獣の肉は大抵、生で食べると腹を壊すからな」

「幻獣は平気で食べるらしいぞ。中には炙って食べる者もいるそうだが」

 魔獣の皮をはぐのを手伝っていると、モノクルのケット・シーはとんでもないことを言い出し、ソウタとユリを大いに驚かせた。


「やっぱり幻獣はお腹の中も頑丈なんだね」

「幻獣って火を扱うの?」

「幻獣の中にも知能が高かったり器用な者もいるらしい」

「「へえ!」」

 ソウタとユリの声が揃う。心の中も「見てみたい!」と同じことを考えた。


「知能や魔力が高い獣を幻獣と言うのなら、ケット・シーも同じようなものじゃないか?」

 ワンダフルさんが片目を大きくしてからかうように言う。ケッティはこだわらずに淡々と頷いた。

「まあな。線引きは難しいが、ケット・シーたちは妖精の国の民だ。その国法に準じている」

「なるほど。どこに所属するか、なにに縛られるかによって違うのか」

 つまりは、幻獣は自由な存在なのだ。

「幻獣も群れを作る種ともなれば、彼らの規則にのっとってはいるだろうな」


 そんな風に話しながらも、ケッティは手際よく骨を外し、内臓を取る。ワンダフルさんに教わっていた旅の当初はまごつくこともあったが、今では阿吽あうんの呼吸で手分けしてあっという間に済ませる。


 血抜きはケッティの独擅場だ。魔法でするすると行う。ソウタとユリは穴を掘って血や内臓など不要なものを埋める役目だ。ワンダフルさんはふたりにも皮の剥ぎ方、肉を骨から外すやり方を教えてくれた。


 肉を火で炙るととんでもなく美味しそうな匂いが漂ってくる。肉から旨みたっぷりの油がしたたりおち、炎の中に落ち込むじゅうじゅうという音もまた、空腹を刺激する。

 たまに通り過ぎようとした旅人がふらふらと引き寄せられることもある。そういう時は、手持ちの香辛料や情報などと交換に、いっしょに食べる。


「いやあ、一日歩いた後には堪えられない匂いですなあ」

 その日もそんな風に言いながらやって来た狼族の商人のおじさんと夕食を取ることになった。おじさんなんと、パンを提供すると言った。しかもふかふかなのだという。


「今朝焼いたのを手に入れることができたんです。まだ柔らかいですよ。このパンの間に肉を挟んで食べたら———」

 ソウタとユリはごくりと喉を鳴らし、ワンダフルさんは商人が提案する肉とパンの交換を快諾し、ケッティもまたいそいそと火の傍にひとり分座れるスペースを作る。


 ソウタとユリは目配せして、リュックサックから小瓶を取り出した。

「おや、それは?」

 狼族の商人のおじさんは目ざとく聞く。

「この前に、通った村でもらったルンルンバーブのジャムだよ」

「甘酸っぱくてシャキッとしていて、とても美味しいの」


 泣き止まない赤ん坊に難儀するおかみさんに、ソウタとユリが子守りを請け負ったお礼にもらったジャムだ。猫族のこどもふたりの柔らかい毛並みに、赤ん坊はすぐにすやすやと眠った。泣き声が止んだとたん、おかみさんもぐっすりと眠ったのには驚いた。仕方がないから、ワンダフルさんとケッティは宿屋に戻り、ソウタとユリは交替で眠る子供に付き添った。


 翌日、目の下の隈が薄くなったおかみさんにとても感謝され、お礼にルンルンバーブのジャムをもらった。

 しょっちゅう大泣きするのでなかなか眠ることができないのだというおかみさんに、道端に生えているコロコログサを一本摘んで渡した。

「このコロコログサはね、ぼくたち猫族で「赤子あやし」と言われているんだ」

 ふわふわの長ぼそいブラシのような長い穂がついた草だ。


「振るとかすかにコロコロという音がするからこの名前がついたんだって」

 ユリが教えると、ソウタから受け取ったコロコログサをおかみさんが振ってみると、子供の目がその動きに合わせて移動し、小さな手を動かす。

「ええ、ええ、聞こえるわ。それに、この子も気に入ったみたい」

 本当にありがとうね、と言うおかみさんはふたりにたっぷり美味しい朝食をごちそうしてくれた。


「なるほど。お陰で、俺もご相伴に預かれるってわけか」

 おじさんが出したパンは細長く、縦に切れ目を入れてそこにジャムをぬってこんがり焼けた薄切り肉をぎっしりと挟んだ。

 ソウタとユリは大口を開けてかぶりつく。種族柄、熱々の食べ物は苦手なので、はふはふと口の中の熱を逃しながら咀嚼そしゃくする。


 ジャムがパンにしっとりと水分を与え、そこに肉の脂が絡む。三者の各々の歯ごたえの違いも楽しい。

 結構なボリュームで、ソウタとユリはひとつで十分にお腹いっぱいになった。


 しかし、ワンダフルさんとケッティはまだ食べられそうだ。特に大柄な犬族のワンダフルさんはソウタとユリが半分も食べないうちになくなっている。

「ふかふかのパンは旅の中では得難いものだけれど、そればかりがたくさんあっても仕方がない」

 そう言って、おじさんはもうみっつパンを取り出す。ケッティはふたつめでお腹がいっぱいになったが、ワンダフルさんと狼族のおじさんはその後も薄切り肉を食べた。


 余った肉は氷といっしょに箱に詰めて密閉する。氷はケッティの魔法で作り出したもので、定期的に魔力を送ってやると溶けない。

「そんな魔法の使い方、初めて見た!」

「そうだよなあ。贅沢な使い方だ」

 おじさんは目を丸くし、ワンダフルさんも苦笑する。


「魔力切れを起こさないのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 いっぱい疑問はあるけれどもどれから聞いたら良いかわからないというふうな商人のおじさんに、ケッティはこともなげに言う。あまりにも淡々としているので、おじさんは口をつぐんでしまう。代わりに、ワンダフルさんが言う。

「母体が大きいから少々の消費量では大したことはないらしい」


「だとしても、回復が追いつかないんじゃないのか? 俺の知っている魔法使いなんざ、いざってときに温存するんだって言い続けていたぞ。そのいざはいつなんだって、よく言われていた」

「そういうもんだよなあ」

 ようやっと気を取り直して疑問を口にするおじさんに、ワンダフルさんは苦笑しつつ返す。苦さよりも信頼の方が勝る笑い方で、魔力をふんだんに持つ妖精というよりは、ケッティという個人に対する信用がありありとしている。


「お陰で肉を無駄にせずに済む」

「ケッティのお陰でいつも美味しいものが食べられるね」

「食品が長持ちするよね」

 ワンダフルさんの言葉にソウタとユリも賛同する。ケッティは役に立っているのなら良かったと気負いなく笑う。そして、呆然とする狼族のおじさんに向けて言う。

「ふつうに行動していたら、いつの間にか、魔力は回復しているものだろう?」

「ははあ。そういうものなのかねえ」

 おじさんが分からずとも納得しようとしていたのは、ケッティが心底そう思っている風であり、特に誇る様子はないからだ。


「自然回復が速いのかもしれないな」

「というと?」

「周囲から魔力を吸収する能力が高いんだろう」

 ワンダフルさんの説明に、なるほどなあとおじさんは頷いた。


 狼族の商人はあちこちへ旅しているのだという。

「子供が生まれたばかりだから、俺もしばらくは落ち着いて子育てをしようと思うんだ」

 ソウタとユリがルンルンバーブのジャムをもらったいきさつを聞いて、より一層そう思うという。


 ふたりにコロコログサの形などを質問するから、ソウタは地面に絵を描いてやった。

「ああ、あれか。俺も自分の子供に試してみるよ」

 奥さんが夜泣きで隈をこしらえていたら大変だという。

「遅くに出来た子供だからな。子育てには体力がいる」


 ソウタはついでとばかりに、ロケットの紋章も描いておじさんに見たことがないか質問した。そうすると、狼族のおじさんは見たことがあるという。

 ふたりは飛びつくようにもっと詳しく知りたいとねだった。情報は値千金となることがある。あからさまに欲しいという姿勢を見せたら、その分、値は吊り上がる。けれど、狼族の商人はこの猫族の少年少女に、もう十分な対価をもらっていた。だから、懸命に思い出そうとした。


「ええとなあ、会ったのはこのシュラク国だが、どこか遠いところから来たって言っていたなあ」

 シュラクの隣国メサニアとの国境にほど近い街で商取引きをしたのだという。ソウタとユリはどきりとしたが、がんばって表情を変えないようにした。ケット・シーが見つけてきた石碑も、狼族のおじさんが言う隣国との国境近くなのだ。


「どうも一族で手広くやっているようだったよ」

 はっきりとは言わなかったけれどね、と続けた。

「おそらく、信じられるのは一族だけなのだろう」

 ワンダフルさんが言うとおり、紙束には裏切られたと信じられないと書いてあった。信じていた者に裏切られたことから、一族の結束は固くなったのだろう。


「商取引きかあ」

 物品のやり取りをして生計を営んでいるのだと知り、なんだか嬉しくなった。ひとところに落ち着いて、生活することができているのだ。手記で読んだように、いつも追われ、疲弊していないのだと分かっただけでもなんだか嬉しい。


「モーノートにも近いから、そちらに行った後に回ってみるか」

 ワンダフルさんが取り出したガイドブックの地図をみなで額を寄せ合って、ここだからそこからああ行ってと指さし話し合う。

 ようやく、見つけた手がかりだ。

 ソウタとユリの心はわくわくと高揚した。

 しかし、結論から言うと、一行はそこに到達することはなかった。


 旅ではいろいろあった。良くしてもらったことも多いが、酷い目に遭いそうになったこともある。

 歩き疲れてソウタとユリだけでなく、ケッティの後ろ足もまめがつぶれてカントさんが持たせてくれた軟膏なんこうの世話になったときのことだ。

 本来の予定ではもう少し先の集落に到着しているはずだったが、思うように距離を稼ぐことができずにいた。悪天候でもないのにと気が急くソウタとユリに、ワンダフルさんは今日はここに泊まろうと言った。街道から少し離れた木立の中にひっそりとある小さな宿屋だ。

 ソウタもユリも、ケッティも、心から賛成した。とても疲れていて、なにより足が痛かったのだ。


 後になって、ワンダフルさんは三人のために間違った選択をしたのだと悔やんだ。あまりにも三人が辛そうだったから、正しい判断をできなくさせてしまったのだと。

 その日の晩、一行はまさしく命からがらその宿を逃げ出す羽目になったのだ。





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