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ワンダフルさんがまだ戻って来ないと知り、朝食の席で、ソウタがしょんぼりと言う。
「ワンダフルさんとここで別れることになるのかなあ」
「うん、」
ユリももそもそと朝食を口に運ぶ。
「そうとは決まったわけじゃないんだから」
ケッティは上手い慰めの言葉が出て来ず、そう言う。
いつもよりも時間がかかった食事が、それでも終わろうとしたとき、宿の食堂の扉が開いた。
「すまん、寝坊した!」
ワンダフルさんが慌てて急ぎ足でやって来る。
「「来た!!」」
ソウタとユリは顔を見あわせる。さっきまでしょげていたのが嘘のようにぴっかぴかの笑顔である。
「遅いよ!」
ユリは安心して、すねたようにへの字口を急角度にする。
「ワンダフルさん、いいの?」
「うん?」
「だってさ、あの、エレナさんのことを好きなんでしょう?」
「まあな」
言ってワンダフルさんが笑う。さっぱりとした笑顔は、ワンダフルさんに似合っていて、とても格好良かった。
「冒険者だからな。またどこかで会えるさ」
「冒険者だから、か」
そう言う生活も良いなと思うケッティに、ワンダフルさんが面白そうにする。
「冒険者になるか?」
「え? 妖精も冒険者になれるの?」
「ああ。ドワーフが冒険者をしているのをたまに見かけるぞ。」
「「ドワーフ!!」」
ドワーフは人族そっくりの姿だが成人しても身長が低く、その分横に伸びてがっしりしている。なにより細工物や魔道具の扱いに長けているソウタの憧れである。
「ケッティはさ、ケット・シーの村には帰らないつもりなの?」
「どうかな」
まだ決めかねている様子だ。
ケット・シーたちは楽しい気持ちのままステップを踏み、それで妖精の環を作り出す。けれど、ケッティはそれを不得手としていた。たぶん、できない。真面目なケッティのことだ。たくさん努力したのだろう。それでもできないのだ。いつかは諦めなくてはいけないのかもしれない。
「だったら、トムさんのところを拠点にしてあちこち行くのはどう? ニャントロフさんみたいに」
そう言うユリは、おそらくびっくりポーションシリーズをたくさん納品して妖精の環を繋げてもらおうと思っているのだろう。決然とへの字口を引き締めている。ケッティにもそれが分かったのか、少し口元を緩めつつ、やや戸惑う。
「ありがとう。どうしてふたりはわたしを気に掛けてくれたり、良くしてくれたりするんだ?」
ソウタとユリはきょとんとした。
「そんなの、ケッティがいっしょについて来てくれて、力を貸してくれるからじゃないか」
「わたしたちも役に立ちたいよ」
「そうか。わたしの魔法はふたりに良くしてもらう価値があるのか」
「当然だよ!」
「ケッティの魔法はすごいもん」
「それだけじゃないよ。ぼくたちはケッティを好きだからね」
「ね、」
ソウタモユリもさらりと気持ちを言葉にする。聞いているケッティの方が面はゆくなる。
「そうか。———ありがとう」
ひとり遅れて朝食を口に詰め込むワンダフルさんは、三人のやり取りを目を細めて眺めていた。
その日、冒険者ギルドに顔を出してベルナンドさんに挨拶をしてから街を後にした。
「エレナがみなによろしくと言っていたよ」
ギルドの職員に呼び出してもらっている最中、思い出したかのようにワンダフルさんがそう言う。
エレナさんは今ごろ眠っているのだそうだ。
「お寝坊なんだね」
「昨日、ワンダフルさんとたくさんお酒を飲んだからじゃない?」
ソウタとユリが話していると、ケッティはそっと目を逸らし、ワンダフルさんは苦笑する。ふたりはちょっと失礼なことを言ったかなと心配になった。
なお、同じ獣人族が事に及んだとしても、他の獣人族には気づかれにくいものである。
やって来たベルナンドさんが途中から話を聞いていたらしく、なぜかむせていた。
喉を鳴らして声の調子を整えたベルナンドさんがソウタとユリ、ケッティを見渡した。
「あのな。俺はワンダフルとニャントロフの友人でもあるが、それとは別に、君たちがとても気に入った。困ったことがあったらいつでも訪ねておいで」
「「「ありがとう」」」
ソウタとユリは弾む声で、ケッティは静かに礼を言うと、ベルナンドさんがにっこりした。
「仁楊村へ手紙を送っておいた。返事が届いたら、今度こそ必ず俺が保管する。あの女性の尋問についてはまだ結果は出ていない。そちらについてもなにか分かれば連絡する。それと、これはなにかあったときに使ってくれ」
そう言って、ベルナンドさんは封書をよっつ渡してくれた。
「これは?」
「紹介状みたいなものだ。リトラはシュラクでも力を持つ都市だ。その冒険者ギルドの副ギルド長が身分を保証するから、なにかと便宜を図ってもらえるだろう」
仁楊村の村長がくれた道中手形といっしょにソウタとユリの身分を保証してくれるだろう。また、ケッティが国境を越えるときにも役に立つという。検問などが敷かれていてもスムーズに通過することができるケースもあるのだという。
「それは有り難いな」
ケッティの魔法による擬態は高度で、身分証にも関与することができたけれど、いつ何時見破られないとも限らない。
素晴らしい価値あるものをベルナンドさんはくれたのだ。あとからワンダフルさんがこういうものは気に入った者や見込んだ者にしか与えないのだと言っていた。
「自分が保証した者が悪さをしたら、自分の評判にも関わるからな」
しかし、ソウタとユリはそれどころではなかった。
「え、ベルナンドさん、副ギルド長だったの?!」
「偉い人だったの?!」
ソウタとユリは仰天する。
「実際のところ、副ギルド長なんか雑用係さ」
そんな風に言うものの、ふたりの驚く姿にしてやったりとばかりににんまり笑う様子からしてみれば、わざと今まで黙っていたのだろう。最後の最後で驚かそうとして、成功した。
「わたしの分までありがとう」
「おう。もし気が向いて冒険者になるときは、ぜひうちを拠点に活動してくれ」
わりに本気で勧誘しているベルナンドさんは、もしかするとケッティの実力を見抜いているのかもしれない。
「ベルナンドがこんなものを発行するなんて、どんな風の吹きまわしだ?」
「そんなふうに言うのなら、お前の分は返してくれてもいいんだぞ?」
ワンダフルさんにからかわれたと受け取ったベルナンドさんが顔をしかめて片手を差し出す。それはベルナンドさんが自分でもらしくないことをしたという自覚があったからだが、ソウタとユリは思いもよらないことだ。
「いやいや、こんなに珍しいものを戻すなんて勿体ない」
ワンダフルさんはいそいそと仕舞った。それを見て、ソウタとユリもしっかりとリュックに納める。
そうして一行はベルナンドさんに見送られてリトラを後にした。
しばらく旅を続けるうち、ソウタとユリはすっかりロケットの紋章の図柄を描くのが上達した。今も街道の水場で休憩がいっしょになった商人に、土の上に描いて見せたら「ああ、見たことがあるよ」と言われた。
「え?! ほんとう?!」
「どこで?」
ようやく手に入れた情報に、ソウタとユリは目を丸くした。




