55
「ベルナンドさんはニャントロフさんも知っているんだね」
「あいつなあ、この街へ寄ったらいっつも俺ん家に泊まるんだ」
宿代を浮かせやがってとぶつぶつ言うものだから、ソウタとユリはくすくす笑って、トムさんのところにもよく宿がわりにやって来て、フェレット族兄弟のふとんになっていると教えてやると、腹を抱えて笑った。
「寝心地良さそうだもんなあ」
「すっごく、気持ちよさそうだよ」
「ね!」
ベルナンドさんに見送られて冒険者ギルドの入り口にまでやって来たとき、またワンダフルさんを呼ぶ声がした。
「ワンダフルじゃない! 久しぶりね」
「おお、噂をすれば」
「なによ、ベルナンド。ふたりでわたしの悪口でも言っていたの? あら? そちらの可愛らしい猫族三人兄弟は?」
ソウタとユリ、ケッティがワンダフルさんの同行者だと察した女性は犬族で、冒険者のような恰好をしていた。ちょうど先ほどベルナンドさんがにやにや笑いながらワンダフルさんの好きな犬族の女性のことを話していたから、すぐにエレナさんなのだと分かった。
「こんにちは。ぼくたちは兄弟じゃないよ」
「初めまして。わたしたちはユリとソウタ、こっちがケッティよ。お姉さんがエレナさん?」
「こんにちは。そうよ、わたしがエレナよ」
ソウタとユリに優し気な微笑みを見せた後、エレナさんはきっとワンダフルさんとベルナンドさんを見据える。
「ちょっと、こんなに可愛い猫族ちゃんたちに、わたしの悪口を聞かせていないでしょうね?」
仲良くなる前に嫌われたらどうしてくれるのだと詰め寄る。
エレナさんにさすがのワンダフルさんもベルナンドさんもたじたじと防戦一方だ。
エレナさんはワンダフルさんよりも少し小柄な程度で、犬族の中では大柄な方だろう。ふわふわの茶色と白の毛並みで、優しそうな垂れ目をしていて、耳が垂れている。活発そうでもある。
「ワンダフルさんは彼女がいるから誘惑されなかったんだ」
次第に、エレナさんの文句は長いご無沙汰についてに移り、拗ねる彼女をなだめるワンダフルさんの表情はとてもやさしい。
「そうだね。彼女が好きなんだろうね」
ユリも同じ感想を持ったらしく、ケッティも先ほどベルナンドさんから聞いたことを思い出して納得した。
「なるほど。より魅力的な存在を知っていたら、さほど欲は湧いてこないか」
「どういうこと?」
ワンダフルさんとベルナンドさんと話していたものの、ソウタたちの会話も聞こえたらしく、エレナさんはきょとんとした顔つきになる。ワンダフルさんは苦笑しつつも、取り繕う必要性を感じず、こだわらずに事情を話した。
「じつは、これこれこういうことがあって」
冒険者ギルドに忍び込んだ女性とワンダフルさんの関わりにエレナさんは驚いたが、話の最後の方になると次第に唇の両端が持ち上がる。
「ふーん、わたしのおかげってこと?」
「まあ、そうなるのかな」
少し斜めから見る(流し目だというのだそうだ)エレナさんに、ワンダフルさんが苦笑する。
「じゃあ、酒をおごってよ」
「まだ朝だぞ」
「だったら、夜になるまで、わたしがソウタ君とユリちゃんに、リトラの街案内をする!」
見送ってくれたベルナンドさんと別れて、エレナさんは市場のお買い得商品や掘り出し物をよく出すお店に連れて行ってくれたり、どの屋台がどんな味の料理を出すのかなどと教えてくれた。
大きな街の市場には色とりどりの布を日よけにした露店がぎっしりと集まって、いろんな物が売られていた。野菜、果物、日用品、服、靴、かばんと様々だ。
「違う国からも商人がやって来るのよ。ほら、この織物なんか、この国の織り方じゃないわね」
エレナさんの説明にソウタとユリ、ケッティは驚いたり感心したりした。
木箱を並べてその上にかばんを陳列する店で、ユリはポシェットに目を止めた。木箱から飛び出した釘に紐を引っかけてぶら下げている。
ソウタは木箱に書かれたポシェットの値段を見て財布の中身と比べる。手持ちのお金がこの先の路銀以外のほとんどなくなってしまうが、昨日ケッティが部品を買ってくれたから良いだろう。
「ユリ、どの色が良いと思う?」
ポシェットはいくつかの色がある。紐の長さは調節すれば良いだろう。
「ソウタが使うの?」
ソウタの言葉に足を止めたユリがを眺めながら言う。
「ううん、ユリが」
「えっ、いいの?」
「うん。好きなのを選んで」
「う、うん」
おずおずと選び始めたユリに、こっちの色は、とソウタが意見を述べる。
エレナさんは口元を両前足で覆って、垂れ目を潤ませた。
「ちょっと、ちょっと、すっごく良い子! 男前なことをするのね!」
「ソウタはてらいなくやってのけるからな」
「恋愛感情があった方が照れが出て来るかもしれないな」
エレナさんが小声で訴えかけるのに、ケッティはソウタはこんなものだと淡々とし、ワンダフルさんはもっと長じれば生々しくなるのではないかと分析する。
「もう、ふたりとも! ソウタは紳士なのよ!」
すぐに打ち解けて君付けをやめたエレナさんは見習いなさいよね、と頬を膨らませたかと思えば、屋台を指さしてポシェットを選び終えたソウタとユリを誘う。
「ねえ、ふたりとも、あっちの屋台からとっても良い匂いがしてくるの! 行こう!」
言って、ふたりの片前足をそれぞれ両前足で取って駆けて行く。そこは串焼きの店で、確かに脂が乗って美味そうである。
大きな肉がいくつも串にささっているから、ソウタとユリは一本を分け合って食べた。エレナさんはあっという間に一本食べ終える。熱々の肉を、種族柄、すぐに食べられないふたりがひと口ずつ齧ったかどうかのころである。
後からやって来たケッティが二本買っていると、ワンダフルさんが人数分のジュースを買って来て配る。
「あら、ありがとう」
「ソウタを見習ってみたよ」
素直なワンダフルさんに、エレナさんは目を見開いて笑い声を上げた。
エレナさんはよく食べよく飲み、よく笑い、よく動く、生命力に富んだ女性だ。ソウタもユリもすぐにエレナさんのことが好きになった。たぶん、ケッティも好ましく思っているだろう。
だから、その日は日が暮れるまで街をひと巡りするのをみなが楽しんだ。
約束通りエレナさんにお酒をご馳走して来ると言って連れ立って行ったワンダフルさんがその晩、宿に戻って来なかった。ワンダフルさんが好きな人といっしょにいられるのだ。ソウタもユリも残念に思っても祝福すべきことなんだと思おうとした。




