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ワンダフルさんがさらに質問しようとしたとき、職員らしき人族の男性が声をかけた。
「ワンダフル! 良いところに来た。お前、こっちに戻って来ていたのか」
「おお、久しぶりだな」
「ニャントロフから聞いているよ。事後報告で仕事をするなってあれほど言っているのに、お前らは!」
言いながら、ワンダフルさんは奥へ連れて行かれた。
「ワンダフルさん、冒険者ギルドの人族と仲が良いみたいだね」
「うん。それにしても、冒険者ギルドにこっそり入り込んだってすごいね」
「ああ。しかも人族の女性か」
獣人族ほど身体能力に優れていない人族が、そういった無茶なことをしたと聞くと驚く。
三人はあちこちで集まっては噂話をする者たちの声に耳を傾けた。
女性はなにかを探っていただとか、なにかを燃やしただとか言っている。
「あれかな、き、き、ひみつじょうほう」
「機密情報? まあ、同じようなものだな」
定義する者の違いだ、などとケッティが言っていると、ワンダフルさんが戻って来た。
「ちょっと来てくれ。職員に紹介するよ」
言って、中へ招じ入れられる。
一階は広く、吹き抜けとなっているエントランスは広々としていた。そこに掲示板やテーブル、イスがある。今は席がすべて埋まり、冒険者たちが額を寄せ集めて話し合っている。
奥にカウンターがあり、その向こうには職員が忙しそうに行き来している。
ワンダフルさんは迷うことなくカウンター横の階段を上る。二階は廊下に沿っていくつも扉が並んでおり、その一番奥に入る。廊下の手すりの向こうから吹き抜けを見下ろすことができる。
物珍しくて周囲を見渡していると、いつの間にか小部屋に座っていたソウタとユリである。
「いやあ、騒がしくてすまないね。君たちがソウタとユリ? そっちがケッティ? 俺はベルナンドだ。よろしくな」
そう言って少し遅れて入って来たのは先ほどワンダフルさんを連れて行った人族の男性だ。お兄さんとおじさんの中間くらいの歳に見えた。
ベルナンドさんは驚くことを話し出した。
「実は、仁楊村からワンダフル宛てに手紙が出されていたんだが、ここいらじゃいちばん大きなこの街の冒険者ギルドに届いていたんだ。立ち寄りやすい場所だからな」
その手紙が、昨晩忍び込んだ女性によって燃やされたのだという。
「冒険者ギルドの仕事はわんさかあるから、職員たちは忙しさにまぎれて忘れてしまうだろうが、俺が手紙を目にしていたからさ、ワンダフルが姿を現したら渡そうと思っていたんだ」
「それで、その女性はなんと言っているんだ?」
ケッティの問いにベルナンドさんは肩をすくめた。
「今、質問中だ。でも、妄言ばかり言っている。「このあたしが誘いをかけたのに」「断りやがって」「ざまあみろ」「やってやった」だってさ」
「ああ、そいつはラクーザの諜報員かもしれん」
ワンダフルさんがあっけらかんと言うと、ベルナンドさんが目を剥いた。
「はあ?! ワンダフル、お前、なにか知っているのか! 吐け!」
そこで、ワンダフルさんは昨晩あったことをかいつまんで話した。
「なんだよ、自分の魅力になびかなかったからって、天下の冒険者ギルドに忍び込むか? ちょっと、どうかしているんじゃないか?」
「まあなあ。諜報員向きの性格じゃないな」
「だからこそ、自国から離れた国に送り込まれたのでは?」
ベルナンドさんが椅子の背もたれに上半身を預け呆れた顔をして、ワンダフルさんが苦笑し、ケッティが持論を述べる。
「なるほど。そういう見方もできるか」
ベルナンドさんは身体を起こして考え始めた。
「あの女性がラクーザの情報員と確定しないことには何とも言えないが」
「逆に、そうと分かれば、ラクーザが動くということが確定するということだな」
はっきりと意味は分からないものの、なんだか不穏な気配をひしひしと感じるソウタとユリは思わず身じろぎした。
「おっと、ソウタとユリには退屈な話だったな。すまんすまん」
それなりに世界を学びつつあるのほほんとしたソウタとユリとは逆に、少しずつピースが嵌っていき、徐々に不穏が姿を現しているような気がした。
ソウタはそんなことは口に出さずに、ほかの気になることを言った。
「ううん、その、仁楊村からなんて内容の手紙が来たのかなって思って」
「お父さん、お母さん、おじいちゃん、元気にしているかなあ」
ソウタに続いてユリが漏らした言葉に、大人たちは顔を合わせた。
ワンダフルが昨日心配したことが今目の前で起きていた。しかも、予想よりも妙な形で。
「そ、そうだ、手紙が行き違いでなくなってしまったから、どんな内容だったのか、という手紙を出したら?」
「村になんの手紙を送って来たのかという手紙を送るんだね」
「混乱する! 黒山羊族と白山羊族みたい!」
ベルナンドが慌ててした提案だったがしかし、ソウタとユリはぱっと顔を輝かせる。ふたりの気分が上向いたのを見て取ったベルナンドはほっと胸をなでおろした。
ワンダフルさんはほかに、自分にしきりに勧めてきた酒に混ぜ物がしてあり、それを返杯し返したから、そのせいで少々精神に異常をきたしているのかもしれないと言った。
「おいおい、お前は大丈夫なのか?」
「最近、とても健康的な生活をしているからな。ちょっとやそっとじゃ酒に呑まれないさ」
「そう言う意味じゃあ———」
言い差して、ベルナンドさんはソウタとユリを見て言い替えた。
「まあな。ワンダフルには好きな女性がいるから、誘惑はされんか」
「「えっ!?」」」
ソウタとユリはまんまとベルナンドさんがにやりとして言った言葉に食いついた。




