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「カタレアは危ないらしいわね」

「そうなのか? 俺は隣のラクーザがヤバいって聞いたけれどな」

「あら、そんな飢饉ききんなんて、一時的なことじゃない。カタレアなんて何度も———」

 女性は饒舌じょうぜつにカタレアの国力が落ちていることを話した。何度も流行り病が国に蔓延し、そのたびに人口を減らしていることは確かにワンダフルも聞いている。


 しかし、飢饉を一時的なものと断じるのはあまりにも乱暴である。女性がわざわざ他国の話を振って来たことからも、意図的なものを感じた。それでいて、ラクーザについて知っていることを聞きだそうとしている節も見える。


 これは情報操作をしようとしているのかな、と考えつつワンダフルが勧められるままに杯を重ねていると、次第に女性が焦れて来るのが見て取れた。

「強いのね」

 ねっとりとした視線に見せかけつつも、焦燥を隠しきれていない。あるいは、酒と混ぜ物によって覆い隠すことができるのかもしれないが、ワンダフルは冷静さを失っていなかった。


 ラクーザが動き出したか。

 ワンダフルはそう判断して、切りの良いところで引き上げることにした。


「なによ! このあたしを放り出すなんて、良い根性しているじゃないのさぁ!」

 最後の方では女性こそが呂律が回っていない。ワンダフルがさり気なく返杯を勧めたからだ。策士策に溺れるというほどの知略戦ではなく、自分が仕込んだ混ぜ物によって自滅したのである。


「しかし、シュラクにまで遠征して来るくらいだ。対岸の火事とはいくまい」

 シュラクはどう動くか。少なくとも、カタレアはなんらかの影響を受けずにはいられまい。

「流行り病だけでも手に余るというのに、国家間問題か。悩ましいな」

 権力を握って他者に頭を下げず好き放題できるかと言えば、そうでもないのだ。


 そんなことを考えていたワンダフルはすっかりラクーザの諜報員と目される女のことを忘れ去っていた。向こうも個別認識が容易ではない他種族のことなどどうでも良いだろうと思っていた。しかし、ワンダフルは自身の魅力に自信を持つ女の、なびかない異性への執念深さというものを分かっていなかった。




「懲らしめてやる! 絶対、痛い目を見せてやるんだから!」

 酔いを醒ました後、残るのは燃え盛る怒りだ。

 他国にまで派遣される度胸と腕の良さを発揮して、自分が陥落しそこねた犬族の男がワンダフルという名で、そこそこ有名な冒険者であることを探りだした女は、実に大胆にも、冒険者ギルドに潜り込んだ。


「犬族と直接ぶつかるのは上手くないわ。わたしはそんな悪手は取らない」

 それが言い訳めいたものであることに気づかず、女は躊躇なく行動する。忍び込んだ冒険者ギルドでワンダフルに関する記録を改ざんでもしてやって、評判を落とそうと思った。


 しかし、記録庫は強固な施錠がなされていた。物理的な錠前と魔法の二重の防衛がなされていた。

 自分の思いが遂げられず、苛立ちは募る。怒りが怒りを呼んだ。

「このままおめおめと帰れないわ」

 引き際を弁えず、女は冒険者ギルドを探し回った。そこで、小さな運が舞い込んできた。

「あった!」

 ワンダフル宛ての手紙を見つけ出したのだ。

 しかし、幸運はそこまでだった。


「誰だ!」

「動くな!」

 冒険者ギルドの警備員に見つかってしまった。血の気が引くと同時に、これだけはやり遂げなくては、と女は持っていたランプの小窓を開けて、手紙を曲げて突っ込んだ。

「動くなと言っている!」

 駆け寄って来る警備員だが、ひと足遅かった。手紙に火が付き燃え始める。

 女は捕まったものの、やり遂げた気持ちでいっぱいだった。そして、その浮足立つような達成感はすぐに冷える。冒険者ギルドの厳しい尋問に、けれど、口を割れば国元に消される。にっちもさっちもいかず、打つ手を失ったのである。




 翌日、冒険者ギルドに行ってみたいとねだられてワンダフルさんは一行を案内した。

「まさか、ケッティにおねだりされるとはな」

「おねだりとはなんだ。わたしは冒険者ギルドに興味を持っただけだ」

「ぼくも大きい街の冒険者ギルドに行ってみたい」

「わたしも!」

 もちろん、ワンダフルさんはソウタとユリのふたりだけで行動させる気はさらさらない。


「大きい街なだけあっていろんな種族が集まるからな。はぐれたら見つけにくい」

「わかった」

「ちゃんとケッティの前足を掴んでおくね」

 ワンダフルさんの言葉に、ソウタとユリはケッティの両側について各々さっさと彼の前足を握る。ケッティは子供ふたりに捉われた状況となり、微妙な顔つきになったが文句は言わなかった。

 ワンダフルさんは笑いをかみ殺しながら冒険者ギルドに向かった。

 しかし、到着した冒険者ギルドではそんなほのぼのとした空気とは真逆に殺伐として騒がしかった。


「なにがあったんだ?」

 ワンダフルさんはソウタたち三人を外で待たせて入り口付近で話し込む冒険者に声を掛けた。

「なんでも昨晩、冒険者ギルドに忍び込んだ者がいるらしい」

「人族の女だってさ」

 冒険者ギルドの扉は大きく開かれており、中の様子は外のソウタたちにも丸見えだ。

 冒険者ギルドには様々な依頼が舞い込む。秘密情報が満載だ。だからこそ、それらが漏えいしないように厳重に守られている。そんなギルドに忍び込むなど、とんでもないことだった。





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