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「シュラクは今の王さまになってから、平穏そのものだよ」

「誰かが人を探しているって話はそこいらに転がっているが、一族全体をねえ。聞かないな」

「十数年前のシュラクのお偉いさんが追っかけまわしていたのはなんだっけか。ああ、あれはゴーレム遣いか。確か、そう、シュラクどころか周辺諸国でも有名な人気者だったよな」

「最近、ラクーザからの荷が減って来た気がする」

「メサニアで評判の歌姫はとてもうつくしいらしい。一度ステージを見てみたいものだな」


 情報屋や世事に長けた商人などを訪ね歩き、話を引き出したワンダフルは、日が落ちた後にひときわ華やかな灯火が灯される紅灯の巷に足を向けようとして、方向を変えた。


「べつにいいんだがな」

 誰にともなく言い訳する自分に苦笑する。子供とはいえ鼻が利くから、ふたりは異変に気づくかもしれないと思った。実際に事に及ばなくても、花柳界の女たちはどこか独特の匂いが染みついていて、近寄ってしばらく話していれば移り香がつくだろう。

 そうなると、あのなんにでも興味を示すまさしく猫族の特徴をそなえた子供たちに無邪気な瞳でなんの匂いかと尋ねられるだろう。どう答えれば良いのか分からない未来が簡単に予想できる。


 ふたりは酒場の匂いは知っていた。

「ユリのおじいちゃんからたまに匂ってくる」

「おじいちゃん、酔っぱらうといっつもわたしとソウタをいっしょくたに抱き締めるんだもん」

 ユリがへの字口を急角度にしたのは、酔っ払いの匂いが嫌だったからか、懐かしい匂いを思い出して寂しくなったからか。


 思えば、まだ成獣の儀の作法も教わっていないような子供たちだ。独立心が強い猫族だとしても、まだまだ家族といっしょに過ごすのが当たり前の年頃だ。そろそろ心細くなり始めるころだろう。


 旅を初めてすぐにトムの農場牧場という拠点に滞在するようになり、フェレット族一家やカントも加わってとてもにぎやかに暮らしていたから、新しい環境や同居者に慣れるのに気持ちがいっており、仁楊にゃん村のことを思い出している暇もなかったことだろう。


 その賑やかさから遠ざかり、今度は旅に慣れることに精いっぱいだった。ソウタもユリも弱音を吐かずに足手まといにならないよう、そして、興味が惹かれるままにあれこれ見て回った。


「そろそろ、夜中に泣きだすかなあ」

 案外、今ごろ、宿屋でケッティに両側からくっついて鼻をぐすぐすいわせているかもしれない。あのモノクルをしたケット・シーらしからぬ落ち着いた妖精は冷静な表情の下でさぞかしあわをくっていることだろう。


 自分の想像に、ワンダフルは笑いをかみ殺した。かつてケット・シーには苦い思いをさせられたが、ソウタとユリのお陰でその記憶は新しく塗り替えられた。そして、ケッティによってもだ。彼はとても付き合いやすい性格をしている。


 さらに言えば、ケッティもまたソウタとユリを気に入っている様子だ。どちらかと言えば、自分もケッティも無駄を省いて目的に一直線に向かおうとするが、ソウタとユリはあっちへうろうろ、こっちへちょろちょろする。そうして、いろんな者と接し、様々な物を発見する。

 自分はいつしか失っていたものであり、ケッティはおそらく元々持っていなかった性向だ。知性ある動物は、他人から強いられるのを好まないものだが、あのふたりに付き合うのは心楽しいものだった。


 ケット・シーに気に入られ、ついに妖精の国へ足を踏み入れ、果ては妖精を助け、妖精の国の女王に感謝され妖精の友とまで称されるに至ったことからも、ワンダフルの考えが間違っていなかったことを証明している。まさか、自分が妖精の住処に滞在してそこの稼業を手伝うなど、想像だにしなかった。


「今じゃあ、妖精の農場牧場で妖精の至宝なんてものといっしょに住んでいるんだからな」

 そして今、旅に出た先でソウタとユリが探し求めるもののために情報収集にいそしんでいる。


 いくつか酒場をめぐるうち、空腹になったので煮込み料理を頼んだ。牛肉とベーコン、タマネギがバターやエールで煮込まれている。クセになる苦味と、バターの豊かさやタマネギの甘さが複雑な味わいを出している。付け合わせのジャガイモやピラフといっしょに食べても美味しい。


 ボリューム満点である煮込み料理に舌鼓を打っていると、ステージで踊っていた女性が身を寄せてきた。きつく香る香水の匂いに思わず腰が引けそうになる。ワンダフルこそが鼻が利く犬族だ。以前はこういった匂いを好んだ時期もあったが、今は妙に鼻についた。それに、せっかく美味い料理を食べているのに、という思いもあった。


「見事な踊りだったな」

 女性に酒を勧めると殊更声を上げて笑う。妙に大ぶりな仕草と大仰な笑い声は演目を終えたばかりの高揚のせいか、それとも男を誘うものなのか。

 女性は人族だったが、異種族でも事に及ぶことがあるし、特定の獣人族を好む人族もいる。

 ユリなどは長じれば大勢の人族の男の目を惹くだろう。


 余計なことを考えていたのを見抜かれたのか、「あら、褒めたと思ったら他所ごとに気を取られるなんて。思わせぶりなのね」と言って流し目をくれる。

 どうも妙だなと思い始め、それが確信に変わったのは、酒に混ぜ物をされたときだ。もともと鼻が利く犬族だからこそ、酒という感覚を鈍らせる液体に入れたのだろう。その手際は鮮やかなもので、ワンダフルにはそれと気づくことはできなかった。しかし、トムの丹精した食材を食べていたことから、どうも耐性ができていたようだ。しかも、ちりちり、と舌に刺激があってさり気なく警告までもしてくれる。


 ワンダフルは内心にやりと笑って逆に女性から抜けるだけの情報を得ようとした。






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