46
青空に一筋雲が横切り、風がときおり草を揺らす。空気は清らかで穏和だ。
荷馬車のへりに座ったソウタとユリは、車輪ががたがたするに合わせて後ろ足をぶらぶら揺らしていた。
ワンダフルさんは荷馬車を牽くロバの傍にいる人族のおじさんと話しながらのんびり歩いている。荷馬車の横側についたケッティは旅の初めに被っていたフードを、ぽかぽか陽気のために脱いでいた。
ケット・シーたちがもたらした情報をもとに、ソウタとユリ、ワンダフルさん、ケッティはトムさんの農場牧場を出発し、旅を始めた。
フェムとフェマ、フェロが泣きそうな顔をしていたが、今ひとつ分かっていないらしいフェンが片前足をぴっと上げて大きく左右に振っていたのが対照的だった。アーミィにこっそりフェンが寂しがったらなぐさめてくれるように伝えてきたけれど、家族がいっしょなのだから、杞憂というものだったかもしれない。
ワンダフルさんから借りたガイドブックをしっかり読みこんだふたりは、水場の場所や大まかな集落の位置を覚えた。ケッティは一度読んだだけでほとんど記憶したらしい。
「わあ、頭が良いんだね」
「つくづく、ケット・シーの一族からしたら異色ね」
ソウタの褒め言葉はともかく、ユリの遠回しな称賛に、ケッティは苦笑する。
「ああ見えて、知能は高いんだぞ」
「きっとそれは自分たちが興味があることに突き抜けているんだろうね」
ユリの言葉は的を射ていたらしく、ケッティはしみじみと頷く。
「知性がもっと別方向に向けられたらなあ」
「無理だよ。だって、きっと関心を持つからよく考えたりよく調べたりするんだろうから」
ユリのボヤキをソウタが否定する。ユリとケッティは顔を見合わせて、さもありなんと心をひとつにした。
ことケット・シーのハチャメチャさに手を焼くユリとケッティは気が合う様子だ。ソウタからしてみれば、ケット・シーたちはユリの突拍子もない発明を気に入っているのだから、突き詰めればケッティも種族として心揺さぶられるものはいっしょなのかもしれないと考えた。でも、ふたりにそう言うと嫌な顔をされそうなので黙っておくことにした。
農場牧場を出た後、向かう先はしばらく集落がなく、最初の晩は野宿をした。
「ニャントロフとカントが来たときは強行軍で押し切ったらしい」
街道を進んだ方が歩きやすいし、魔獣も現れにくい。それでも時折街道を逸れ突っ切ったのだという。しかも、ふたりが農場牧場を訪ねてきた日は雨が降っていた。たいていの獣人は獣ほどではないけれど毛並みが濡れるのを嫌う。乾くときに体温が奪われ、悪くすると病気になったり身体が弱るからだ。
「だから、少々遠回りしても街道を歩いた方が良いんだな」
ケッティはなんでもない会話からでもどんどん学んでいっている。
ソウタとユリはワンダフルさんほど速く歩けないから、ゆっくりとしたペースで旅をすると聞いていた。
「そもそも、雲を掴むような話しだ」
だから、急ぐ必要もないという。
「駄菓子屋のおばあちゃんも見つからなくても良いって言っていたもんね」
それでも、一度はしっかり探してみたいとも言っていた。
「夕ごはんを作ろう。ケッティ、湿気ていない枝を探してきて。ソウタは食べられそうなキノコね」
ユリはしんみりした空気を吹き飛ばそうとそう言う。それは良い。しかし。
「ちょっと待て。ユリが作るのか?」
ワンダフルさんは指示を出すユリに恐々と聞いた。魔獣が占拠する農場牧場へ単身で乗り込んで行ったワンダフルさんがこのときばかりは恐れおののいていた。
「そうだよ」
言いながら、ユリは足の速い食料から先に食べようとみんなにリュックから出すように言う。
ケット・シーではないのだから、<サプライズディッシュ>のような料理を作られてはたまらんとばかりにワンダフルさんが言う。
「あー、料理は俺とソウタでやるから、ユリはキノコを探して———」
「待って!」
ワンダフルさんの言葉をソウタがさえぎる。
「それだったら、不思議なキノコを見つけちゃいそうだよ。ほら、ケット・シーが喜びそうな」
「「ああ」」
ワンダフルさんとケッティは声だけでなく、表情も揃っていた。ちょっと遠くを見つめているようなそんな感じだ。
「どういう意味よ」
「ユリはぼくと枝とキノコを探そう。ね?」
「えぇ」
ソウタが誘うも、ユリは不満そうな顔つきだ。
「ついでにトムさんやカントさんに教わった食べられる野草とかも探してみようよ」
「あ、そうだね。トムさんもカントさんも知識と同時にフィールドワークも重要だって言っていたものね」
百聞は一見に如かず。トムさんやカントさんに色々聞いて、どんなものだろうと想像したり絵を描いてもらったりした。トムさんの絵はちょっと分かりにくかったけれど、カントさんはとても上手だった。ふたりとも、実際にどんな風に生えているかを見るのも重要なんだと言っていたから、ユリはソウタの誘いにすぐさま飛びついた。
ユリはワンダフルさんとケッティに、干し肉やチーズ、木の実、硬いパンに燻製にした魚といった保存が利くものは旅の後半に取っておこうと言い置いてソウタと食べられる野草を探しに行った。
そうして第一日を終え、ソウタとユリは足手まといにならないようにといっしょうけんめいに歩き、ガイドブックに載っていた集落を見つけて顔を輝かせてワンダフルさんやケッティに指さして訴えかけた。
そんな風に旅をする道すがら、荷馬車で荷物を運んでいるおじさんが魔獣と戦っているのを見つけて助けることにした。
まず、ケッティがウサギなどの小動物の幻影を魔法で作って魔獣を誘導して荷馬車から引き離し、そこへソウタがユリのアイテム玉をクロスボウで放って行動阻害する。ワンダフルさんがあっさりと倒した。
「いやあ、見事なもんだな。助かったよ」
おじさんはロバも荷馬車も失わずに済んだことを喜び、ソウタとユリを乗せてくれた。ふたりは少しばかり足が疲れてきていたところだったから、有り難く荷台に座った。ロバが牽く方向とは逆に向いているから、野原と道がゆるゆると遠ざかって行くような不思議な感じがする。
猫族の兄弟と護衛の犬族の一行だと思っている風なおじさんは、ソウタたちが向かう街へランタンキンギョソウを運んでいるのだという。
おじさんは荷台にやって来て、ひとつ花を手に取る。それをソウタとユリの方に差し伸べて見せてくれる。ソウタはその細長い指に、フェレット族一家を思い出して、少しばかりさみしいようなしんみりした気持ちになる。でも、すぐにおじさんの続く言葉に気分が上向いた。
「祭りにこいつは不可欠なんだ」
近くの街でランタン祭りがあるから、持って行けば行くだけ売れるのだという。
ランタンキンギョソウの花びら中に小さなろうそくを灯し、それが最後まで燃え尽きたら、願いが叶うと言われている。だから、この街ではこの時期、細く小さなろうそくがあちこちで売られているのだという。
「長持ちした方が良いと言われるろうそくも、この時ばかりは、すぐになくなってしまってくれた方が良いって寸法よ」
「わあ、お祭りだって!」
「見てみたいね」
ソウタとユリはわくわくと顔を輝かせる。
「そら、好きなのを選びな。ひとつずつやるよ」
「ありがとう、おじさん!」
「ありがとう!」
荷台にこんもり載せられたランタンキンギョソウは花びらがぷっくり膨らみ、すぼまったあたりがひらひらとした面白い形をしていた。いろんな色があるので、ソウタとユリはあれがいいこれがいいと言いながら選んでいる。
「あっちの猫族さんはちびさんたちのお兄さんかい?」
「ううん。ケッティだよ。とても魔力が高いんだ」
「それにね、魔法の使い方も上手いんだよ!」
「へえ! 確かに、あのウサギは本物そっくりだったなあ」
おじさんは売り物やロバという大切な相棒をあわやというところで失いかけたのを助けてくれた魔法をよくよく覚えていた。
ケッティの魔法を褒められて、ソウタとユリはへの字口を緩めた。




