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ある日の朝、フェレット族兄弟の長女フェマが家事を手伝う姿を見て取ったカントさんが「調子が悪そうですね」と言って、すぐさま薬を処方した。居間で症状に見合った素材を調合していると、今度はフェロだ。
「フェロがケガしたの!」
フェンがべそべそ泣きだし、アーミィがおろおろその場をくるくる回る。細長い身体は柔軟に円を描いた。
フェムに抱えられてきたフェロを、カントさんは手早く手当てした。
「大丈夫ですよ。少し熱が出るかもしれないので、眠くなくてもベッドに横になっていましょうね」
カントさんの言葉に、みんな安堵する。先に診察を受けていたフェマでさえも表情を明るくした。
「フェマ君も念のため、安静にしていましょう。よく水分を取ってください。白湯が良いでしょう。薬はなるべくお茶にしますので。ハチミツを入れて飲みやすくしましょうね」
「俺もそっちが良いなあ」
フェロがぼやくと、カントさんが顔をほころばせた。
「食欲があるのなら大丈夫ですね。じゃあ、フェロ君も熱さましのお茶を出しておきましょう。もちろん、ハチミツ入りですよ」
「やったあ!」
痛みをこらえつつべそをかいていたフェロが元気な声を上げるのに、フェレット母さんがほっと息をつく。
「フェロ君はともかく、フェマ君には消化の良いものを食べさせてください」
カントさんの言葉にフェレット母さんが頷く。
「トムさんと同じお粥?」
「そうですね」
粥を好むトムさんのために、フェレット母さんはひとりだけ別メニュを作っており、それをいっしょに食べられるのかとフェマは楽しそうな顔をするものだから、カントさんも釣られて顔をほころばせる。
「ねえねえ、カントさん、あたしとアーミィもおちゃがのみたい! ハチミツいりの!」
「こら、フェン。病気も怪我もしていないだろう?」
姉と兄が構われるのが羨ましかったのか、おねだりするフェンをフェムがいさめる。
「構いませんよ。じゃあ、元気になるハチミツ入りの薬草茶を出しましょう。フェム君もみんなもいっしょに」
「わーい!」
「キュー!」
カントさんはついでとばかりに、フェレット族兄弟とソウタとユリの健康診断をした。
「ねえ、カントさん、あの、」
「どうしました? 成獣の儀を受けたとはいえ、それは大分早い時期に行ったものだから、成長過程は順調ですよ」
フェムが深刻な表情で言いにくそうにするものだから、カントさんはてっきりまだまだ大人とは言い難い身体つきを気にしているのだと思ってそう言う。
「ううん、あのね。お母さんの健康診断もしてほしいんだ」
いつも働きづめで自分のことよりもまず子供たちのことを優先しているフェレット母さんだ。フェムにはフェレット母さんにこそ、健康診断が必要ではないかと思えた。
「なるほど。そうですね」
フェムの頼みに、大いに頷くところがあったカントさんは「では、全員の健康診断をしましょう」
妖精の健康診断などしたことはないが、アーミィもフェレット族兄弟にするようにした。大まかなところは似たようなものだろうと、診断した。今までならばしない大胆な判断だった。
結果、フェレット母さんは疲れがたまっているので、健康に良いお茶を、トムさんは腰の痛みを訴えるので、シップの処方をしておいた。ソウタとユリ、ワンダフルさんとケッティは健康そのものである。
「旅の前の健康診断というのは、良いな」
「そうだな。旅は知らず知らずのうちに疲れがたまる。そうなると、弱っていた部分から体調を崩すものだ」
ワンダフルさんとケッティは準備万端で旅立てると喜んだ。
そんな風にしてカントさんは全員の健康診断を行った。
フェレット母さんはフェマとフェロの薬代を支払おうとしたが、トムさんから素材を貰っているからと言って断った。
「それはいけません。カントさんの知識と技術によって症状に合った薬が作ってもらったのだから」
「じゃあ、今度おやつを作ってください。わたくしもフェリィさんの料理のとりこになっていまして」
カントさんはフェマとフェロに、元気になったらベリー集めをいっしょに手伝うから、ジャムを作ってお母さんにおやつを作ってもらおうねと言った。フェマとフェロだけでなく、子供たちは全員歓声を上げる。どんよりしていた空気が嘘のようだ。
そんな風にして、カントさんは子供が感じる薬が苦いということに真摯に対応してくれた。今回はハチミツだったけれど、そのうち砂糖やベリーなどでシロップ状にしてくれるようになった。それもまた、元気な子供もほしがるものだから、薬の成分を抜いてシロップのみをお茶に入れてやった。だから、みんなカントさんが大好きだし、とても頼りにしている。
フェムはいつからかカントさんの手伝いをするようになった。
「フェレット族は指が細長いから、細かい作業が得意なんですね」
カントさんはそんな風に褒めてくれる。
「薬の素材の下処理って料理の下ごしらえに似ている」
「そうですよね」
ふたりはおだやかでどこかおっとりしているから気が合う様子だ。
フェレット母さんはフェムがカントさんにくっついて薬を作るようになったとき、邪魔をしていないかと気をもんだ。ふたりが熱心に薬草のことを話しているのを見て安心した。
そして、健康診断という事前に不調を見つけ出すという発想はすごいと思った。
「そうなんですよ。ちょっと痛いなとかだるいなというのは身体が発するシグナルですから。なんでも早めに対処すると治りは速いんですよ。獣の体というのは自己回復能力が備わっているんですけれどね、治るスピードを不調が越えてしまったらいけません。一度決壊したものを戻そうとするのは並大抵のことではありませんから」
だからまだ身体が元気にがんばっているうちに薬でその手助けをしてやるのだという。
「薬師ってすごいね」
フェムが目を輝かせてカントさんを見上げる。
「料理もそういったものがありますよ」
「料理で? じゃあ、母さんもできるの?」
フェムが素っ頓狂な声を上げ、フェレット母さんはそちらの方にまず驚いた。後からカントさんが言った事柄が追いかけて来る。
「もちろん。同じく未病という考え方の薬膳というものがありましてね」
カントさんが言うには、要は身体の働きを助ける素材とその組み合わせによって心身を整えるのだという。
「ああ、そっか。母さんもよく身体を元気にする野菜があるって言っていたもんね。ぼくは母さんの料理が美味しいからみんな元気になると思っていたけれど、使う素材も役割を持っていたんだね」
フェムがそうだったのかと感心する。
「さすがはフェリィさん。経験則からもうすでに薬膳をご存じだったのですね。真の賢者はつけられた名称ではなく、本質を見抜くものなのですね」
にこにこと笑って自然とそんな風に褒めるものだから、フェレット母さんは心がほこほこと温まった。
そして、せっかく教えてもらったのだから、料理店でもそれをコンセプトにしたメニューを考案してみようと思うのだった。
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