44
柔軟な身体は複雑に絡まり合い、刻一刻と寝相は変わった。
柔らかい毛、温かい身体を寄せ合っているとほこほことどんどん温度が上がって行く。少々上がりすぎて、冷たい空気を求めて、アーミィは半ば無意識に、フェロとフェンから抜け出た。
いまだかつて味わったことがないほど、穏やかな暮らしをしていた。
妖精の常でアーミィは長い生のうちに何度も別れを迎えた。けれど、ソウタとユリが旅立つに際して美味しい保存食を作って渡そうという。別れをあっさりやり過ごすことなく、旅立つ者が少しでも安らかであることを願っているのだ。
妖精の至宝などと呼ばれ、追いかけまわされてきた。そして、捕まえて閉じ込めておこうとする者もいた。中には、保護という形で大きな屋敷と広大な敷地を自由に過ごさせてくれる者もいた。
けれど、このフェレット族兄弟たちは違う。同じように美味しいものを食べ、同じように遊び、同じように手伝いをした。特別扱いするのではなく、丁寧に接しつつ、いろんなことをいっしょに楽しんだ。その仲間にいれてくれた。似たような身体を寄せ合って眠る、蕩けるような心地よさはなにものにも代えがたい。
それをこの上なく好ましく思うようになったアーミィはこの暮らしを続けたいと思った。だから、当然のように彼らを、ひいてはこの農場牧場すべてを守ろうとした。
どこか不安そうにするフェレット族一家を見たとき、トムは彼らとの同居をすんなり受け入れた。そして、いつの間にか紛れ込んでいた妖精の至宝は、そのフェレット族一家と姿が似通っているからか、違和感なくともに行動し、この暮らしを楽しんでいた。
妖精の至宝が居つくなど、農場妖精にとってはこの上ない幸運である。さらには、なんとなく、強固な守護に守られつつあることを感じていた。
それは悪いものであるはずがなく、子供たちが元気に過ごしていられるのだから、トムとしても願ったり叶ったりである。
生産物を作ったら作った分だけ、フェリィが料理してすばらしい料理に生まれ変わらせ、多くの者たちに提供する。美味しいといって喜ぶ様子を目にすることができる。
トムはカントという妖精のレシピや素材に並々ならぬ興味を持つ薬師カントの協力を得ることによって、どんどん作物をつくり、乳製品を加工した。同居者が増えたから食料が必要になったこともあるが、カントのおかげでいろんなものを作る格好の機会を得たというのもある。
「これが妖精の至宝のもたらす幸運というものかな」
厨房では食事の支度を手伝うフェレット族兄弟のにぎやかな声が聞こえてくるのを聞きながら、トムは自然と顔をほころばせた。
「ううん、タマネギの皮がはりついちゃって取りにくいわ」
「キキュ!」
フェマに自分がやると言ったのはアーミィだ。
「アーミィが剝いてくれるの?」
「キュ!」
「わあ、じょうず!」
「スルスル剥けたな」
「すごい!」
フェンやフェロ、フェムも感心する。それに応えるアーミィの自慢げなこと。
「キキキュ!」
トムが厨房に顔をのぞかせると、フェレット族兄弟がフェレット母さんを手伝って、混ぜたり生地を伸ばしたりなにか物を取ったりなどちょろちょろしている。
「あら、トムさん」
「今ね、キッシュを作っているの!」
「キキュ!」
フェレット母さんが気づき、フェンとアーミィがやって来て嬉しそうに言う。
キッシュは噛めばさくっとした歯触りの後、とろりとした生クリームと牛乳、バター、チーズ、卵の豊かな風味にタマネギとベーコンの甘みと旨味がやわらかく絡まり合う。乳製品をたっぷり使った贅沢な味わいだ。
この地方でよく作られるみなから愛される総菜だが、フェレット母さんは以前の街にいたころから、農場牧場の乳製品や野菜を使っていたという。
「もうね、ここのを使ったらよそのじゃあ、物足りなくて」
「フェリィのキッシュはとても美味しい」
自分が丹精したものを美味しい料理にしてくれるのだから、トムとしても大歓迎である。
「うん、あっちの街の料理店でも特別なキッシュだって言われていたんだよ」
「名前をつけよう! 「フェレット母さんのキッシュ」!」
誇らしげなフェムに、フェロが妙なことを言い出す。
「あらあら、でも、トムさんの丹精したものが美味しいからよ」
自分の料理を誇ってくれるのは嬉しいものの、フェレット母さんはトムさんに遠慮した。
「じゃあ、トムさんのキッシュ?」
フェマが小首を傾げる。そののち、ああでもないこうでもないと話し合い、「キッシュ・トムテ」となった。農場妖精トムテが丹精した生産物をたっぷり使った滋味豊かなキッシュという意味をこめたのだ。
料理店でも「キッシュ・トムテ」は定番メニューであり、人気を博した。
カントはこれまでにない充実感を覚えていた。初めて見るレシピや素材でどんどん初見の薬を作る。さらには、それらはすぐに効果のほどを目の当たりにし、多くの者の役に立っている。カントもまた美味しい料理を食べることができている。
運動不足を解消するためにも、積極的に畑や家畜の世話をしたり、子供たちといっしょにピクニックに出掛けたりもした。その際、妖精犬が護衛についたので安全だ。聞くところによると、妖精の至宝がいれば大抵のことは大丈夫だというが、いちばん小さくて愛らしい姿をしているので、カントには今ひとつぴんとこない。仔牛ほどの大きさがある黒い妖精犬はクッシィと言って、ケッティと同じくソウタとユリが名付けたのだという。
トムさんもそうだが、妖精たちはことごとく、ソウタとユリと仲良くなる。
ふたりはいつも誰かのために動き回っている。そして、それに心動かされた者たちがこぞって彼らの手助けをしようとする。
うらやましかった。
カントはいろんなことを学んだが、のんびりした性格が災いして軽く扱われがちで、どの施療院でもどの薬師工房でも、雑用にこき使われるばかりだった。このままでは経験をつめないと思い詰めて飛び出してきた。
細々と取引をしていたニャントロフさんから妖精の農場牧場のことを聞いて一も二もなく協力を承諾した。
ここでは、誰もがカントを粗雑に扱わないどころか、頼りにされた。ポーションを作るまでに至らないというユリに教えたところ、妖精のびっくりシリーズの野菜を用い、妙ちくりんなポーションを生み出した。
「びっくりシリーズの野菜を使ってできたから、<びっくりポーション>と呼びましょうか」
「それ、いい!」
しょげているユリにそんな風に言ってみたら、ぱっと明るい顔をする。落ち込んだり笑ったり、怒ったり。ユリもソウタも表情がくるくる変わる。それでいて、他者をむやみに傷つけるようなことを言わない。自然と相手を尊重し、ていねいに扱うことが根付いている。素晴らしい気性だと思う。
ユリのびっくりポーションシリーズは、なんと、ケット・シーの気持ちを掴んだらしい。
驚いた。あの妖精の中でもアクが強く、付き合いづらいという種族の関心を得たのだ。
「カントさんのお陰だよ」
ユリはそう言うけれど、これも一種の彼女の才能というものだろう。カントは素直にそれを認めることができた。そうすることができる自分に、少しばかり安堵した。
びっくりシリーズの野菜を素材にした者は過去にいた。ポーションにも料理にも使用されたことはある。けれど、とんでもない効果に、売れることはほとんどなく、販売できないものに価値はないとみなされ、その後手を出す者はいなかった。
「カントさんはわたしがびっくりシリーズの野菜を使ってみると言っても驚かないね」
「薬師と錬金術師はなんでも使ってみようと思うものなんですよ」
行き過ぎた者たちは実になんでも素材にする。知性あるものでさえも。つまりは、人間も獣人も、妖精も身体の一部を素材にし得るのだ。
失敗続きであると、どうしても「結果」に固執するようになる。そうなると徐々にモラルが欠如し、どんな手段を使ってでも、という考え方になりがちとなる。結果、一般とはかけ離れた手法を使うこととなるのだが、その「実験」にとりつかれている間は気づかないものなのだ。
カントの話を聞き、ユリが恐ろしさに青ざめたものだから、慌てて口をつぐんだ。そこで話を中断してしまったが、もっと詳細を話していれば、その後に起きることは違った結末を迎えていただろうか。もしくは、もっと異なる経緯をたどっただろうか。




