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本日、二回目の投稿です。
「ワンダフルさん、これはなに?」
旅の準備をするワンダフルにソウタが居間のテーブルに置いた本に興味を示す。
「ああ、それはガイドブックだ」
「ガイドブック?」
ユリがオウム返しする。
「そうだ。巡礼者たちの旅行記なんかをもとにした巡礼の手引書、指南書というやつだな」
いくつかある巡礼ルートの近くにある町や、果ては街道上の水場などが記されているのだという。
「中には注意点も書かれていて、これがなかなか役に立つんだ」
巡礼者だけではなく冒険者も活用しているというと、ソウタとユリは感心する。読んでみるかと言うと、ふたりは頬を寄せ合うようにしてガイドブックを開いた。
「ええと、」
「ううんと、」
いちばん最初のページの地図をいっしょうけんめいに見るふたりに、ワンダフルさんは左の端を指し示す。
「そら、ここ。このシュラクという国を目指す」
そして、少しずつ右側へ指を移動させる。
「この街道を通って、この街を抜けてメサニアという国の手前まで行くんだ」
ケット・シーたちはシュラクとメサニアの境にあるモーノートという集落でロケットの紋章と同じ紋様を見たという。模様が刻まれた石碑は魔力を通すと発動する魔道具の一種ではないかということだ。しかし、発動させるには特定の魔力に限られるらしく、ケット・シーが試してみたがうんともすんともいわなかったのだという。
とにかく、そこへ行ってみようということになった。
「仁楊村は?」
「ここら辺だな」
言って、ワンダフルさんは指を左へ移動させ、とんとんと叩く。そこはガイドブックの地図からはみ出ていた。
「載っていないのかあ」
「じゃあ、その間にフェムたちがいた街やトムさんの農場牧場があるのね」
「そうだ。まあ、大まかな道や街が描かれた程度のものだからな」
ワンダフルさんはユリの言葉を肯定しつつ、がっかりするソウタになぐさめるように言う。
ちなみに、ケッティはすでに借りて熟読したらしい。
「いろいろ学ぶことが多かった」
モノクルを外して布で拭きながらそう言うケッティは、トムさんやカントさんから植物や薬のことについても教わっている。どんなものからでも情報を得ようとする姿勢はいっそ見上げたものである。そう思えば、モノクルを拭く姿もどこか知的な感じがしてくる。ほかのケット・シーがやれば、なにか細工でもしているのかと警戒するのに、大した差である。
「あ、本当だ。水の浄化の仕方というのが載っている」
「こっちは特定の地方でかかりやすい病について書かれてあるよ」
「どこの街を出て次の街まで何日掛かるとか、その間水の補給ができないとかいうのは、重要な情報だからな」
ワンダフルさんの言葉に、ふたりは本から顔を上げる。
「そうだった。あのね、フェムたちがフェレット母さんに教わってショートブレッドをたくさん作ってくれたの」
「それでね、これは四人で分けて持つ方が良いだろうと思って」
それで、持って来たのだという。
「これがショートブレッドか」
ケッティがまじまじと見つめる。
「保存食で噛めば歯が折れそうなほど硬いクッキーであることもあるそうだな」
「船乗りなんかは長い間補給できないことに備えてそんな歯欠け乾パンを持っていったんだそうだ」
そんなふうに聞いては試しに食べてみたくなる。各々、自分の袋からひと欠片取り出して口に放り込む。
「「「「美味い!」」」」
フェレット母さんとフェムたちが作ってくれたショートブレッドはたっぷりのバターといろんなスパイスの味がした。これを旅の合間に食べられるのだから、楽しみができたと喜んだ。
ソウタとユリが旅立つという。
「寂しくなるなあ」
オーブンを温めながらフェマが言うのに、カルダモンの殻を取っていたフェムも頷く。
「うん。帰って来ないというわけじゃないんだけれどな」
それがいつになるかは誰にも分からない。なぜなら、ふたりはなかなか込み入った事情がある探し物をしているらしいからだ。
思えば、ソウタとユリと出会ったときから、運気が上昇したような気がする。
「ぼくたちにとってはソウタとユリが幸運の担い手だな」
「シナモンとジンジャーと、あとはなんだ?」
「ええと、カルダモン?」
「キキュ?」
「そうよ。それと砂糖とオールスパイスと塩ね」
フェレット母さんの指示の元、年少組はスパイス類を混ぜ合わせている。
旅立つ四人になにかできないかと思い、保存食を渡そうとした。
「なるべく美味しいものが良い」
旅の下では毎回美味しいごはんを食べることは難しい。
ユリがフェレット母さんに料理を習ったとき、フェマもいっしょにいた。前に住んでいた街でも、フェレット母さんに教わっていたので、ユリが苦手とすることをすぐに察してあれこれ教えたら、ユリは大いに感謝してくれて、逆に照れ臭かった。そんなユリはケット・シーがひと口食べていっぺんに気に入る<サプライズディッシュ>なんてものを作り出すのだから、本当にすごい。
「フェマはお母さんの手伝いをよくしているのね」
「うん」
「将来はお母さんみたいな料理人になるの?」
「将来かあ」
ユリに聞かれてフェムは将来を思い描く。
先のことなど考えたことはなかった。その時その時を生きるのが精いっぱいだった。もっとはっきり言えば、いつだってお腹が空いていて、それに気づかないふりをしたり、食べるものを探しに行ったり、フェレット母さんの手伝いをすることで精いっぱいだった。
けれど、トムさんの農場牧場へやって来て、生活はがらりと変わった。フェンとユリといっしょにひとつの部屋をもらえたのも嬉しいし、なによりもフェレット母さんの料理をたくさんの妖精たちが喜んで食べにくるのが誇らしい。その料理の腕を高く評価してくれて、フェレット母さんが扱いやすい調理器具やすばらしい内装などを整えてくれた。
「そうだなあ。フェレット母さんのような料理人はわたしの理想かしら」
「じゃあ、がんばって、追い続けなきゃね」
「うん!」
今までは単なる手伝いだったし、生きるためのことだった。でも、これからは目的意識を持って積極的に目指そうと思う。
そんな風に考えさせてくれたユリとソウタがお腹が空いて辛い思いをするのは悲しい。
フェレット母さんに相談したら、ショートブレッドをたくさん作って渡すことになった。
「ショートブレッドって乾パンのこと?」
「そうよ。卵や牛乳を使わないから長持ちするのよ」
「卵も牛乳も入れないのかあ」
あまり美味しくはなさそうだなというフェマの考えを読み取ったかのように、フェレット母さんはくすりと笑う。
「バターをたっぷり使って、いろんなスパイスを入れるから、ずっしりとしていて美味しいわよ」
そこでフェマはフェレット母さんといっしょにトムさんにスパイスをもらいに行った。スパイスは高級品であり、貴重品だ。でも、旅立つユリやソウタたちに持たせてやりたいのだというと、トムさんはフェレット母さんが挙げるスパイスをどんどん出してくれた。塩もバターもカレントレーズンもあり、材料が山盛りとなったが、いつの間にか集まって来たフェムたち兄弟と手分けして運んだ。
ユリたちに渡すのだからと言って当然のように手伝い出す。ユリとソウタがそうするように、みんながふたりのためになにかしようとする。なんだか、それがフェマをくすぐったい気持ちにさせた。
しかし、それも少しの間のことだ。なにしろ、殻を取ったカルダモンの実をすりつぶしたら、強烈な香りがするのだ。たいていの獣人は嗅覚に優れているので、慣れるまでが大変だ。
「キシュッ」
「アーミィ、くしゃみするときは材料から顔をそむけてね」
フェレット母さんの言葉に、鼻をムズムズさせていたフェロとフェンが慌てて別方向を向く。
フェレット母さんがそのカルダモンを加えたスパイス類を台の上で中力粉と混ぜ合わせる。バターを加えてこれをこねる。フェレット族兄弟とアーミィが小さな両前足を駆使してまんべんなくやる。
それを型に入れて食べやすいように切れ目を入れ、フォークで穴をあけておく。
上からカレントレーズンとスパイスをふりかけ、オーブンで焼く。
「さあ、焼けて冷ましたら完成よ」
冷ましたのを味見したら、フェレット母さんの言うとおり、とっても美味しかった。
「うん、これならちょっとでもお腹にたまるから、保存食として優秀だ」
フェムがそんな風に言う。兄もまた、寂しいけれど、それ以上にソウタたちの無事を祈っているのだ。旅先の出会いが幸運をもたらしますように、と願っている。




