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フェレット母さんに料理を習ったユリはトムさんが育てたびっくりシリーズの野菜を使ってみることにした。
「ケット・シーたちはびっくりポーションシリーズを気に入ったから」
その考えから、試しに使ってみたのだ。
出来上がったのは<サプライズディッシュ>だ。見た目は一級品でいかにも美味しそうだ。しかし、どんな味がするかはその時々によって違い、美味しいときもあれば、とんでもなく辛かったり、苦かったり、酸っぱかったりする。
「ユリはどうして、」
「なによ」
あきれ顔をするソウタに、ユリはとっさにそう言い返したものの、情けなさそうに眉尻を下げた。
大々的に宣伝し、それを受けてケット・シーたちはやって来た。ユリは平然とした顔を取り繕いながら、「どんな味かはお楽しみ」と言って出した。ものは言いようである。
さすがに、<サプライズディッシュ>は不評だろうと覚悟をしていたユリの予想は外れ、「シェフの気まぐれー!」とケット・シーたちは大興奮だ。ここでも、ユリは彼らの心をがっちりと掴むにいたった。
ユリは以前言ったように、ケット・シーたちに新たな妖精の環を作ってもらおうと思った。
「あ、でも、わたしたち、まだほとんど旅をしていない」
「本当だ」
その割には、一日でケット・シーの村へ行ったり、妖精の国へ行ったり、そこで妖精攫いと対峙したりもした。だが、すでにケット・シーの村と妖精の国へ通じる妖精の環は作ってもらっている。
「じゃあ、お家を大きくするにゃ!」
「料理店も大きくするにゃ!」
「家具も入れるにゃよ!」
「内装は応相談にゃよ!」
「「「「ええ?!」」」」
驚いたものの、とにかく家主のトムさんに相談しようとソウタは走った。いきさつを聞いたトムさんは笑って受け入れた。
「いいじゃないか。同居者が増えたんだから、部屋数もいるし。料理店の方も今の小屋も風情があって良いけれど、フェリィはどういった店を持ちたいという理想はあるの?」
「さっすが、トムさん、分かっているにゃ!」
「またびっくりシリーズの野菜を作って欲しいにゃよ」
「それでユリにゃんがびっくりポーションシリーズや<サプライズディッシュ>を作るのにゃ!」
「村の方でも来たいという者は多いのにゃ」
ちゃっかり自分たちの希望を差し込んでくる。
「クッシィが妖精の国で宣伝しているから、妖精も来るのにゃ」
「料理店の設備やら食器やらカトラリーなんかはそっちと交渉すれば良いにゃよ」
あれよあれよという間に家屋も料理店も立派なものに造り変えられた。ケット・シーたちの魔法は家畜小屋にも及んだものだから、トムさんも苦笑しつつ、彼らの要望をむげにすることはできず、びっくりシリーズを丹精した。
部屋数も増えた。ソウタとユリはワンダフルさんやフェレット族一家といっしょに居間で眠り、カントさんとケッティが客間を使っていたのが、ソウタとフェム、フェロでひと部屋、ユリとフェマ、フェンでひと部屋を使えるようになった。ユリはフェマとフェンと楽しそうにカーテンやベッドのシーツを選んでいた。
フェレット母さんは狭いながらもひとり部屋をもらって戸惑っていたが、ワンダフルさんやケッティ、カントさんもひと部屋を使うことになったので、ありがたく受け入れた。
「いつもフェレット母さんと呼ばれていて、確かにそうなのでしょう。でも、「フェリィさん」自身をも大切にしなければいけませんよ」
カントさんがフェレット母さんの片前足を取って、労わるように包み込みながら、ひとり部屋でなら、そうすることができるだろうと穏やかに言うのに、素直に頷くことができた。
いつでも「フェレット母さん」だった。血の繋がらない子供たちを四人も育てるのだから、それが当然だし、子供たちがそう呼んで慕ってくれるのが嬉しかった。そうだとしても、自分自身を大切にしなければならないとカントさんは言う。フェレット母さんはいつでも「フェレット母さん」だが、カントさんがそう言ってくれるので十分に満たされる気がした。
なお、これを後から知ったニャントロフさんが「なんで、俺の部屋はないのお?」と大騒ぎをしたが、それはまた別の話だ。
フェロは大好きな兄と大好きなソウタといっしょの部屋で嬉しい。いつ行っても誰もいない農場牧場は、実は農場妖精トムテの持ち物だったと知って驚いた。今はここに住めて良かったと思っている。美味しいものを腹いっぱい食べられる。前にいた街でいつも疲れた顔をしていたフェレット母さんもちょっとゆるやかな感じになった。
なにより、ソウタはニャントロフさんから部品をもらってゼンマイ式ハムスターを作ってくれたのだ。しかも、フェロたちにひとつではなく、フェレット族兄弟にひとつずつくれたのである。
自分だけのもの、というのは今までなかなか持つことはできなかった。たいていが共有して使っていたのだ。兄弟が多いと寂しくはないが、不便なときもある。兄と同じように、けれど違った風に穏やかで辛抱強いソウタのことを、フェロはいっそう好きになった。
女子三人も仲良くしている。しょっちゅう集まってはくすくす笑っている。ちょっとあの中に男子は入って行けない独特の雰囲気がある。
フェレット母さんは子供たちが楽しそうにしているのに、心から安堵していた。しかも、お腹が減っても十分に食べさせることができる。トムさんが言ったことは、フェレット母さんが常々思っていたことだった。
宣伝効果のお陰で客足は伸びていたが、ことごとく妖精たちだ。初めは戸惑うばかりで、用意したメニューの他に、客たちのリクエストをどんどん取り入れて行った。妖精たちはどんなものが好みでどんなものが食べたいかと伝えると、フェレット母さんは彼らの望む料理を作って見せるものだから、「すばらしい!」「まるで新種の魔法のようだ!」と感心した。
そして、ケット・シーたちが言ったように、妖精たちは食事代に代えて料理店の設備やら食器やらカトラリーを充実させた。フェレット母さんは自分たちの要望をいかんなく叶えてくれたのだからと言って、店主の希望に沿ったものを揃えてくれた。
そうして、フェレット母さんは理想の店を持つにいたった。当然のことながら、自分の身体に見合った厨房がある。店内は温かみのある雰囲気となった。
特に喜ばしいのが仕入れに頭を悩ませずに済むことだ。農作物や卵や乳製品、加工肉などはトムさんから得られる。肉はワンダフルさんとケッティが農場牧場の周辺の魔獣を間引きする目的も兼ねて定期的に狩りに出かけて手に入れた。冒険者稼業をしていたワンダフルさんは見事に獲物を捌いたし、ケッティは魔力が高い上に、扱いにも長けており、細かな操作もお手の物であれこれ手伝ってくれた。
街を追い出されたときは、先の見えない不安で押しつぶされそうになっていた。それでも、子供たちだけはなんとか食べさせなければと気を張っていた。
今、大勢の者が手を差し伸べてくれ、力を貸してくれる。それはフェレット母さんの料理の腕を見込んでのことでもあった。それが嬉しかった。慈悲の心や施しもあるが、それだけではない。自分の能力や技術を評価してくれている。
感心し、惜しみない称賛をくれること、安住の地で子供たちが元気にしていること、理想の店を持つことができたこと、そして自分自身も大切にするようにと言ってくれる者がいること。
フェレット母さんは幸せでいっぱいだった。




