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うららかな午後の陽射しがさんさんと降り注ぐ農場牧場に、悲鳴が響き渡る。
ソウタとユリは慌ててそちらへ向かった。農場の道具置き場の小屋からニャントロフさんが転がり出て来る。
「ニャントロフさん?」
「どうしたの?」
「ソ、ソウタ、ユリ、」
大柄な身体つきなだけあって、いつも泰然として見えるニャントロフさんが顔色を失っている。
「お化けだよ! お化けが出たんだよお!」
「「お化け?!」」
あわをくって訴えるニャントロフさんに、ふたりは素っ頓狂な声を出す。
「こんな真昼間から?」
「お前、もしかして酒でも飲んだ?」
牧場にいたケッティとワンダフルさんもやって来て、怪訝そうな顔をする。
「本当だよお。俺の身体にふわっと当たったんだよお」
ニャントロフさんは小屋から遠ざかり、片前足で指し示す。
ユリがそっと扉を細く開ける。
「ユ、ユリ」
ソウタが慌ててユリの片前足を引っ張る。
「なによ。確認しなくちゃ、話にならないじゃない」
「ユリの言うとおりだな」
そう言うワンダフルさんは、ニャントロフさんをべったり背中に張り付かせているので、動けない。ケッティをちらりと見るが、ソウタが求めるところを理解しておらず、なんなら、牧場の方に戻っていきそうだ。
仕方なく、ソウタは小屋の扉を開けた。えいやっとばかりに大きく開いた扉からさっと陽光が差し込む。
入り口付近から奥に向けて視線をさまよわせる。道具置きの小屋は壁に棚が架けられ、色んな道具や器具が置かれている。奥側には牛馬に牽かせるような大きな鋤まで置いてある。
と、それら道具や麻袋の影にかすかに動くものがあった。
奥の方は陽射しが届かず薄暗い。だんだん目が暗さに慣れて行き、様々な物の輪郭がはっきりし出す。
物陰にふるふると震える細長いいくつもの身体、それらを庇うようにして立つ、彼らよりも一回り大きな身体。丸い顔、半円の耳、つぶらな瞳、鼻の下のきゅっと引き締められたへの字口。
「あ、」
「ソウタッ!!」
ソウタの名前を呼んだのはユリたちではなかった。呼ばれると同時に、ソウタになにかが飛びついてくる。
「ソ、ソウタ?!」
「ほらあ、お化けだよお!」
「な、なんだ?」
「なにか獣が入り込んでいたんだろう」
ソウタの後ろから小屋の中を覗き込んでいたユリが声を上げ、ニャントロフさんがいまにも泣きだしそうにし、ケッティがさすがに驚き、ワンダフルさんが冷静に断じる。
結論から言えば、ワンダフルさんが正解を言い当てた。
「本物だ! 本物のソウタだ! 俺、ソウタだと思ったのに、でっかい変なのだったの!」
そう言いながらソウタの腹にきゅっと短い四肢でしがみつき、涙目で訴えかけてくるのはフェレット族のフェロだ。
「フェロ! フェレット母さんも、どうしたの、ここでなにをしているの?」
「フェロ? フェムもいるの?」
ユリがソウタの脇からぐいぐい頭を押し込んで小屋の中を見ようとする。ソウタは逆らわずに横へずれた。
そのころには、フェレット母さんのうしろからフェムやフェマ、フェンといったフェレット兄妹たちが出て来る。
「フェム?!」
「ソ、ソウタ? ユリも!」
「「「なんでここに?!」」」
「ユリちゃん」
「ソウタだー!」
「ソウタ君、ソウタ君」
ソウタとユリ、フェレット族兄弟が一斉に話し出す。
ソウタが物陰で目が合ったのは、フェレット族兄弟を守ろうとするフェレット母さんだった。
後ろで、ワンダフルさんがニャントロフさんに、「お化けの方でもお前に怯えていたようだな」などとからかっている。対するニャントロフさんはお化けではないと分かっていつもの調子を取り戻し、「変なのってなんだよお!」と憤慨していた。
「だって、猫族だからソウタだと思ったら、違ったんだもん」
フェロはへの字口を急角度にしながら言う。いくら同じ猫族とはいえ、大きさが違い過ぎるだろうというのは、涙で輪郭がぼやけたフェロの瞳を前にしては誰も突っ込むことができなかった。
フェロはてっきりニャントロフさんを気に入ると思っていたが、怖かったらしい。はじめてワンダフルさんを見たときも警戒していたから、大柄な者は怖いのかもしれない。単純にソウタだと思って飛びついたら全く別の猫獣人で、驚いただけなのかもしれないが。
フェレット族一家を居間に連れて入り、彼らの事情を聞いた。
「お、俺たちがソウタからもらったおもちゃをあいつが取ったんだ!」
フェロがしゃくりあげるのに、フェンも泣きべそをかく。
フェロたちが遊んでいたゼンマイ式ハムスターを有力者の孫に奪われ、返せともみ合いになった時、うっかり噛んでしまった。なにかに夢中になった獣人の子供にとってはままあることだ。だが、フェレット母さんは料理店をクビになり、家からも追い出されたのだという。
「一方的にフェロたちが悪いってことになったの?」
「そんな! それで家まで追い出されるなんて」
ソウタとユリは憤ったが、ワンダフルさんやニャントロフさんはさもありなんといった風情だ。ケッティは獣人族にもいろいろあるんだなと聞き入っている。
「あ、あのね、ハムスター、こわれちゃったの。ごめんね、ソウタ君」
そう言って、フェンはフェレット母さんに抱き着いてべそべそと泣き出した。
「料理店の店主は有力者に睨まれることを恐れたのだろうな」
「家の方も借りていたんでしょう? 家主も同じように思ったんだろうねえ」
ワンダフルさんとニャントロフさんに、フェムとフェマが頷く。
それで、あの町にも居づらくなって、行くところがなくなって、しばらく農場牧場に身を寄せようとなったのだという。
「その、誰も姿を現さないから、しばらく雨風を避けるのに、」
フェムが言いにくそうにする。
「わたしたち、濡れるのは得意じゃないの」
「おふろもあがったらすぐにかわかすんだよ!」
フェマが助け舟を出せば、分かっているのかいないのか、フェンが得意げに言う。
「構わないよ」
そう言ったのはカントさんに付き添われて居間にやって来たトムさんだ。
「農場妖精トムテのトムさんだよ」
「この農場牧場の持ち主なの」
「「「「「妖精!」」」」」
ソウタとユリが紹介すると、フェレット族一家は目を見開いた。首を長く差し伸べてトムさんの方を注視する姿がみんなそっくりで、こんなときなのにソウタもユリも微笑ましい気持ちになった。




