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 ケット・シーの村を経由して妖精の国へ行ったはずのソウタとユリ、ワンダフルは夜半を越えても返ってこないので、カントとニャントロフはやきもきしながら待っていた。


 いや、気を揉んでいたのはカントであり、ニャントロフはうつらうつらしていた。そのニャントロフが長椅子にだらりと寝そべってぽりぽりと腹をかいていたとき、一行が戻って来たものだから、うっかり爪をたててしまって「みぎゃっ」と跳ね起きる羽目になった。


「ああああ、み、みなさん、よくご無事で」

 垂れた眦にうっすら涙をためたカントさんは同行者がいることに目を見開いて驚く。ソウタとユリはこっそり、「カントさんは案外大きく目を開けることもできるんだなあ」などと思っていた。


「こ、こちらは、も、もしかして!」

「ケット・シーのケッティだよ」

「ケット・シーの村を出て旅をしようとしていたから、いっしょに行こうって誘ったの」

 一番後ろから入って来たケッティを見てカントさんは言葉にならないことを言い、ソウタとユリが簡単に説明する。


「な、なんですってぇぇ!」

「わあ、すごい。ソウタもユリもとんでもないことを言い出したものだねえ」

 カントさんだけでなく、もはや眠気はどこかへ飛んで行ったらしいニャントロフさんが呆れたように言った。


「ケッティの魔法はすごいんだよ!」

「それに、ケッティはケット・シーとはぜんぜんちがうの。真面目だからとても付き合いやすいの」

 ソウタとユリは力説した。ワンダフルさんは苦笑しながら頷き、ケッティは同族たちの突き抜けた陽気さを思い出して微妙な顔つきになる。


「それよりも、カント。トムテの薬のレシピが手に入ったぞ」

 それまで新たな妖精の存在に興奮していたカントさんがす、と冷静なたたずまいになる。

「トムさんの病は赤熱病ではないですか?」

「知っていたのか?」

「確証は持てないでいました」

 ワンダフルさんとカントさんのやり取りに、ソウタとユリはこのカンガルー族の薬師に任せれば大丈夫だと、そう思うことができた。


 ソウタたちが薬を作るための素材を妖精の国で集めてきたことに、カントさんは感謝し、ニャントロフさんは感心する。

「この素材たちはちょっとやそっとじゃ手に入らないからねえ。お手柄だよ、みんなあ」

「ニャントロフなら、少々手こずっても確保しそうだけれどな」

 ニャントロフさんとワンダフルさんの声を聞きながら、ソウタとユリはカントさんの薬作成の手伝いをする。


「わたしは農場牧場の各所で魔力が切れそうになっているところを補てんしてくる」

 魔法の扱いに長けたケッティはそう言い、ワンダフルさんは様子を確認しがてらつきあうと言う。

 ニャントロフさんはなにはともあれ、お湯やリネン類が必要だろうと厨房へ向かった。


 カントさんは妖精の国でみつけた妖精の薬のレシピを見た当初こそは興奮を隠せずにいたものの、落ち着いて薬作成をした。そして、出来上がった<ヒーリングポーション>をトムさんに飲ませると、次第に呼吸が落ち着き、顔の赤みも取れてきた。

「効いたようですね」

「あとは熱が下がると良いんだけれど」

氷嚢ひょうのうを変えようか」

 カントの言葉にほっとしたソウタとユリは、頬を緩めてそう言い合った。


「あとはわたしが見ています。ソウタ君もユリ君も、今日はいろいろあって大変だったでしょう。ゆっくり休むと良いですよ。明日、なにがあったか聞かせて下さい」

 カントに勧められるまま、ソウタとユリは客間のベッドにもぐりこむとあっという間に眠ってしまった。




 翌日の昼頃、ふたりは互いの腹がぐうぐう鳴る音で目覚めた。

「「お腹空いたぁ」」

 部屋を出ると、良い匂いが漂ってくる。それに引き寄せられるようにして、ふたりが厨房を覗くと、隣に立つ大型の犬族のワンダフルさんと、彼よりもどうかすると大きい猫族のニャントロフさんがいた。人間の子供くらいの背丈しかないトムさんに合わせた厨房で、ふたりは背を丸めながら作業していた。


「目が覚めたか」

「昨日はご活躍だったらしいねえ。もうすぐごはんができるから、食堂に座ってなよお」

 料理をしながら、ニャントロフさんはワンダフルさんから昨日のいきさつを聞いていた様子だ。

「ありがとう」

「トムさんは?」

 寝坊したのに労ってくれるのにソウタが礼を言い、ユリはもどかしげに尋ねる。

「大分良くなったらしい」

「今、カントが具合を診にいっているよお」

 それでようやっと安堵したふたりはそろって食堂に向かう。そのときちょうど外から帰ってきたケッティと合流する。ケッティは家畜の世話をしていたのだという。

 みんなちゃんと起きてひと仕事を済ませていたのだと知り、ソウタとユリは気まずげに視線を交わす。

 しかし、そんなばつの悪さも空腹の前には吹き飛ぶ。


 レッドボアの肉のシチューは味わい深く、肉がとても柔らかく、ジャガイモやニンジン、タマネギがごろごろと入っている。そのまま食べても美味しいし、パンを浸しても良い。

 ソウタとユリはもちろん、みんながお代わりをした。

 レッドボアの肉はワンダフルさんとケッティが狩ってきたのだというから、ふたりは朝早くから活動していたのだろうか。


「トムさんには後で粥を持って行きます」

「カントさんも料理ができるの?」

 病み上がりのトムさんにはもっと食べやすいものが良いだろうというカントさんに、ソウタが首を傾げる。

「薬の素材の処理というのは料理の下ごしらえと相通じるものがあるのですよ」

「じゃあ、わたしもできるかな?」

 カントさんの説明に、ユリが聞く。ソウタは朝ごはんを口に詰め込むことで、答えを避けた。なんてったって、びっくりシリーズの野菜をポーションに組み込んでしまうユリである。料理であってもとんでもない味付けになりそうだ。


 食後、ソウタとユリが片づけを買って出て、カントさんと共に厨房へ向かう。ワンダフルさんとケッティは放牧している家畜の様子を見に行った。

 トムさんが食事をしている間、ソウタとユリは互いの言葉を補うようにして妖精の国であったことを話した。妖精の国へ行ったことがあるトムさんよりも、カントさんの方が「ほう!」「な、なんてことだ!」「それで?」「おお!」と相の手を入れる。粥を咀嚼そしゃくするトムさんの口元が緩んでいることから、カントさんの妖精への並々ならぬ関心について好意的に受け入れている様子だ。


 妖精の国で薬の素材をくれた妖精にトムさんは大いに感謝し、きっと農産物を届けると言った。そのときばかりは、カントさんは患者の具合を見定める薬師の顔になって「まだ自分で行くのは駄目ですからね」と待ったをかける。


「それにしても自走する噴霧器とは便利なものだな。これがあれば畑の水やりができたら楽になる」

 トムさんはソウタがカントさんやニャントロフさんに教わってゼンマイ式ハムスターを単なるおもちゃではないものへと変化させたことを大いに感心した。

「それが無理なんだ」

「というと?」

 粥をすっかり平らげたトムさんが小首を傾げる。ユリが食器の乗ったトレーを下げ、カントさんがトムさんをベッドに横たえる。

「障害物があったらすぐに止まっちゃうんだよ」

「なるほど」

 短く返しながらも、トムさんは残念そうな顔をした。


「それに、撒くほどの水を入れる大きさはないんだ」

「だったら、大きいものを作っては? それなら、障害物にもまけないホイールをつけることができる」

 それにはまず、各種部品が必要だ。仁楊にゃん村にいては手に入らないそれらを見つけるために、ソウタは旅に出たのだ。

「ニャントロフさんだったら部品調達ができるんじゃない?」

「そうかもしれないけれど、問題はニャントロフさんが喜んで部品調達してくれるような報酬だよ」

「ああ、そうだよね」

「そうですね」

 ユリの言葉にそう返すと、ユリばかりではなくカントさんまでもがしみじみ頷くものだから、ソウタはしょんと耳を倒すのだった。





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