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トムさんの農場牧場を出発し、ケット・シーの村へ行って妖精の国へやって来た。まだ半日も経っていないけれど、なんだか、ふつかもみっかも過ごした気がする。それだけ濃密でいろんなことがあった。
三番目の樹木を出て少し行くと広場があり、その上に広がる空の端は茜色と紫紺色がまじり合っていた。そこへ妖精の国の三本の巨木からきらめく粒子が舞い、いつまでも見ていられる幻想的な景色を作り出していた。
そんなうつくしさとは裏腹に、慌ただしく妖精たちが動き回る。徐々に勢力を増していくだろう夜の到来が彼らの焦りをより加速させている。
「あの、トムさんの病を治す薬のレシピが分かったし、でも、まだ素材を買ってはいないのだけれど、」
「うん。薬を作るのにどのくらい時間がかかるか分からないけれど、でも、」
「そうだな。しかし、俺たちは部外者でこの場所について不案内だ」
いっしょうけんめい伝えようとするソウタとユリの言わんとすることを察したワンダフルさんがいったんは受け取り、現状を伝える。
「そうだ。妖精の迷子に関しては我ら妖精犬クーシーに任せると良い」
クッシィはするりと元の大きさに戻ると、大きく首をのけぞらせて遠吠えした。夕闇に吸い込まれるように、クッシィの声が響いて行く。
と、地響きが聞こえてきた。続いて犬の鳴き声がする。複数だ。大勢の妖精犬たちに、ソウタとユリが一歩後退し、ワンダフルさんの両脇につく。
「もしかして、みんな、クッシィの友だち?」
「そうだ。俺たちほど探索に打ってつけの者はいないだろう?」
「頼もしいね」
ユリが目を丸くし、クッシィは得意げに顎を上げ、ソウタがその背に片前足を載せる。
「おや、珍しい。クー・シーが同族でもなく妖精でもない者に気安く触れさせるなんて」
集まって来たクー・シーのひとりがそう言うのに、ソウタは慌ててクッシィの背から前足をどけた。
「構わんさ。ソウタは俺に呼び名をくれたのだ」
「なるほどなあ」
クッシィは彼らを引き連れ、保護者から迷子の特徴などを聞き出した。
「なにか直前まで身に着けていたものなどはないのか?」
「ああ、このリボンを着けていたんだ」
言って差し出しながら、集まった犬たちを見渡す。
「も、もしかして、妖精犬たちが探してくれるのか?」
「ああ、そうだ」
「「「「「わん!」」」」」
クッシィに賛同するようにクー・シーたちの鳴き声がそろう。
「ありがたい」
妖精犬たちはリボンの匂いを嗅ぎ取った後、次々に駆けて行く。
「彼らにかかったら、すぐに見つかるだろう」
そう言って、ワンダフルさんはソウタとユリを促した。ソウタとユリは後ろ髪を引かれつつも、自分たちにもトムさんの薬の素材を探すという大切な用件があると気持ちを切り替える。
クッシィと別れ、レシピに書かれていた素材を探す。
暗くなる通りで小走りになる。閉める間際の店に滑り込み、なんとか素材を手に入れることができた。店でトムテの病を治す薬を作るためだと説明し、トムテの育てた野菜や果物を持ってきたら交換してもらえるかと聞いたら、今度で良いと言ってすぐさま渡してくれた。彼ら妖精たちは同族の危機には敏感なのだ。
「ケット・シーでさえそうなんだものな」
重くなったリュックを背負い直しながらソウタがそうつぶやく。
急く気持ちのままに足を速めて広場に戻る最中に不穏な話を耳にした。
「また妖精攫いの仕業じゃないか?」
「最近増えているらしいからな」
迷子の子のことだろうか。それにしても、誘拐が増えているだなんて物騒だ。
「どうせ、外の者の仕業だろう」
吐き捨てる忌々し気な声音にびくりと肩が跳ねる。
ワンダフルさんがさりげなく道端で噂話をする妖精たちと、ソウタとユリの間に移動する。
「妖精を「素材」として利用しようという者もいるんだ」
ケッティがぼそりとつぶやいた。
ソウタとユリはぽかんと口を開いてケッティを見つめる。
「そんな、「素材」って」
「薬の材料みたいじゃない」
信じられない様子のふたりに、ケッティが首を左右に振る。
「なんの根拠もなく、ただ新しいものを作り出すための実験だと言って、錬金術師や薬師たちは妖精の体の一部を用いるんだ」
「「そんな、」」
「妖精の翅などとてもうつくしいといって高値で取引されるそうだ」
ケッティの言葉に声も出なかった。
魔獣は他者に敵対的で言葉も通じず攻撃してくる。でも、妖精たちは意思を持っている。コミュニケーションもできる。実際、ケッティもクッシィも話し合いをすることで旅の同行者になったり、協力してもらえることができた。
「ケッティ、迷子の件で妖精攫いのことが持ち出されたということは、そんな時にこの国にやってきた俺たち部外者は怪しいか?」
ワンダフルさんがケッティに質問するのに、ソウタとユリははっと息をのんだ。彼の危惧するとおり、自分たちはいかにもあやしいではないか。
ケッティも同じように考えたらしく、難しい顔をしてためらいがちに頷いた。
「クッシィから正式に許可されたものの、大半の妖精たちはそうとは知らない」
妖精の国に潜り込もうとする者が増えたのだという。だから、クー・シーたち妖精犬は妖精の国へ訪れる者を警戒しているのかもしれない。
「なら、クー・シーたちにがんばって迷子を探してもらわないとな」
近づいてくる広場に目を向けながら、ワンダフルさんは言った。
広場の片隅に陣取るクッシィを目指して、続々と妖精犬たちが入っていったり、出ていったりする。クッシィはほかのクー・シーたちが探索した結果を受け取り、次にどこを重点的に探すようにという指示をしている。
「素材は手に入ったのか?」
ソウタたちに気づいたクッシィが尋ねる。
「「うん」」
「捜索はどうだ、クッシィ」
「ああ、大分絞り込めてきた」
「おかしいな。あれほど大人数のクー・シーたちをして未だ発見できないとは」
「そこなんだ」
クッシィは低く唸り声を漏らす。
「どうも、地下に入り込んでいるようなんだ」
「地下?」
妖精の国は地下道が通っているのだろうか。
しかし、疑問を口にすることはできなかった。クー・シーのひとりが口に上着を咥えてやって来たのだ。
広場で陣頭指揮を執っていたクッシィに渡す。多少汚れているが、大きく破れているということはない。その上着を見た迷子の保護者が顔色を変える。
「そ、それは、」
「迷子の子供妖精が着ていたものか?」
「そうです」
広場に残っていた者たちからざわりとさざめきが起きた。




