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「こんなにうまい果実を育てるトムテなんだから、早く回復すると良いな」
「ね、トムさんの果物ってジューシーで甘くておいしいよね」
ケッティがしみじみとそう言うものだから、ソウタは嬉しくなって同意する。
「まだあるよ」
ユリはみんなにひとつずつ果物を渡す。喉の渇きもいえて元気いっぱいになって妖精の国の門をくぐった。
黒い毛並みのクー・シーはフェムの弟妹たちのように四つん這いで歩く。そのクー・シーは自分がいた方があれこれ詮索されずに済むだろうと同行してくれた。彼もまた名前を持たないというので、呼び名をつけた。
「ケット・シーのケッティだから、クー・シーのクッシィ!」
「よろしくね、クッシィ」
ソウタとユリはクッシィを真ん中に挟んで歩く。ふたりは後ろをついて来るワンダフルさんが肩を震わせて笑いをこらえていたり、ケッティが「あのクー・シーに」とか言っているのには気づかなかった。
「そうか。ふたりは旅を始めたばかりか。それにしても、後ろのケット・シーはおぬしたちの同行者か? 珍しいこともあるものだな」
クッシィがケッティを振り向いて目を細める。黒い顔の中で輝きを放つ目がすぼまると光が凝縮された。
「わたしはケット・シーの村に馴染めなかったから、外の世界を見てみようと思ったのだ。ふたりにいっしょに行かないかと誘われたから」
なるほど、とクッシィが頷く。
「良い同行者を得たな。彼は魔力が高い。相応に魔法を扱うだろう」
「ケット・シーたちもそんな風に言っていたなあ」
ひと目でケッティの力量を見抜いたクッシィに感心する。
「ケッティをさそって正解ね!」
ユリがうれしそうにするが、一体どんな難敵と戦おうというのだろうか。
門をくぐると、中心に大通りが走っていて、店が並んでいる。様々な物が売られている。三角屋根に、漆喰に斜交いの渡し板をしたカラフルな色あいの建物が建っている。煙突からぼっすんぼっすん煙が吹き出ていて、なにが起こっているんだろうと、わくわくさせる。
道行く者たちの中にはてのひらに乗るサイズの翅が生えた妖精がいた。ひらひらと飛ぶ妖精に目がくぎ付けになる。
のんびりあちこち見て回りたい誘惑にかられるけれど、それどころではない。だから、ワンダフルさんが言うのにソウタとユリは頷く。
「用事を済ませてすぐに帰ろう。ここは妖精の国で、獣人の理の範疇から外れている。長居は無用だ」
「うん。それにトムさんが待っているもの」
「カントさんとニャントロフさんもね」
きっと、やきもきしながら待っていることだろう。
クッシィに連れられてさっそく三番目に高い樹に向かった。
クッシィたちクー・シーは妖精の国の中では大きな身体が邪魔になるからといって大きさを変化させるのだという。クッシィはふつうの犬くらいの大きさに変化してみせた。
「「わあ!」」
どうだ、とばかりにソウタとユリを見ながら小首を傾げる。垂れた耳が片方が垂れ下がり、もう片方が持ち上がる。
「「可愛い!」」
ふたりは両側から抱き着いた。
そんな風にしてたどり着いた三番目の樹木はぽっかり空いたうろの中に入ることができた。樹木は大人十数人が腕を回すほどの太さがあるが、内部はもっと広々していた。
入ってすぐにカウンターがあり、耳の先がとがったきれいな女性が佇んでいる。
「農場妖精トムテの病を治す薬の作り方を知りたくてやって来たのだ」
クッシィが言うと、女性の視線がソウタやユリ、ワンダフルさんに向く。
「こんにちは」
「よろしくお願いします」
「我ら妖精のためにはるばるお越しいただき、ありがとうございます」
女性はていねいに礼を述べて、二階の閲覧室の桜のエリアへ向かうようにと教えてくれた。
ケッティがなにかを渡そうとすると、女性がにこやかに断る。
「我ら妖精のためのご尽力です。わたくしどもがお願いする方です」
ケッティはひとつ頷いて引っ込める。一行はクッティの後をついてらせん階段を上る。
「ねえ、さっきなにを渡そうとしていたの?」
「ああ。妖精の国の通貨だ」
妖精の国では外の世界とは別の貨幣を用いるのだとケッティが教えてくれる。
「あ、わたしたち、妖精の国のお金を持っていなかった」
「だが、不要らしいから、構わんだろう」
ユリとワンダフルさんの会話を聞きながら、ソウタはいつかまたここへやって来て、プロペラ飛行機に使う部品を探したいなと考えた。幸い、ケット・シーたちが妖精の環を繋いでくれたから、その機会はあるだろう。大通りにあったいろんな店を思い出す。
クッティは迷うことなく進む。二階にはたくさんの本があった。まるで、木でできた迷路で、壁はすべて書架だ。立派な革の背表紙や紙束を紐で綴じたもの、辞書のような分厚いものや薄いものまでいろんな本がある。中には巻物まである。
書架の迷路を進むうち、ユリがあっと声を上げる。
「もしかして、この本棚が桜の木でできているということ?」
「そうだ。さあ、着いた。この辺りに探すものがあるはずだ」
クッシィが足を止める。
けれど、ソウタやユリからしてみれば、どこからどこまでなのかが分からない。
取りあえず、本を一冊手に取って見る。妖精の国の本なのだから、もしかすると読めない文字で書かれていることも考えられる。
「ええと、トムテが育てた果物で作るお菓子レシピ? こんなものまであるの?」
危惧したものの、文字は読める。しかし、意外な内容にソウタが面食らっていると、ユリがどれどれ、とのぞきこんでくる。
ワンダフルさんもケッティも手分けして本を探し始めた。のんびりしている場合ではない。関係のない本は仕舞って次々に背表紙に視線を走らせる。
「クッシィ、ここの本は分類されていないのか?」
ケッティがクッシィに尋ねる。
「分類とは? 種類別に分けているということか?」
「そうだ。その法則がわかれば、製薬に関する本が見つかりやすいのではないか」
「係りが定期的に整理しているが、閲覧者が元の棚に戻さないこともあるから、意外な所から見つかることもあるんだ」
しばらく、ああでもないこうでもないと調べた。
「あったぞ、製薬レシピ。妖精・中の、農場妖精の、」
「「妖精・中」って?」
「トムテはそちらに分類されるということかな」
いち早く製薬レシピが固まる書架を見つけたケッティに、ソウタが首を傾げ、ワンダフルさんが近寄って来る。
「ということは「妖精・小」もいて、「妖精・大」もいるってこと?」
「あ、来るときに見たてのひらサイズの翅がついたのが「妖精・小」じゃない?」
「きっとそうだね。じゃあ、「妖精・大」って?」
ソウタとユリが顔を見あわせて瞬きを繰り返す。そのとき、ケッティが声を上げ、ふたりの疑問は棚上げとなった。
「これか?」
ケッティがすいすいと二冊、三冊と本を抜き取る。
渡された一冊をソウタとユリが頬を寄せ合ってページを繰る。
「あ、あった! <ヒーリングポーション>のレシピ!」
「ええと、異常状態を回復する、とある」
ほかの本をめくっていた者たちが顔を上げる。
「症状はどんなものなのだ?」
「高熱が続いてたまに嘔吐するって」
トムさんはおそらく、赤熱病ではないかと言っていた。
「なるほど。高熱で顔が紅潮すること、吐しゃ物に血が混じることから赤熱病と言われているんだな」
ソウタとユリは息を呑んだ。血を吐くなんて、どれほどつらいだろう。
ソウタから本を受け取ったケッティが読み上げる。
「ふむ。この<ヒーリングポーション>なら赤熱病の治療薬となるらしいな。しかし、ううむ、」
ケッティが唸るのに、ソウタとユリは良くない兆候を読み取る。
「なにかあったの?」
「いや、素材はここで見つかるだろうが、少々高額でな」
「妖精の国の通貨か」
「なにか、対価となるものを売るしかないな」
「じゃあ、トムさんの農場に戻って売っても良いものをもらってくる?」
「そうだな。幸い、ケット・シーたちがあっちにも通じる妖精の環を繋いでくれたから」
喧々諤々、話し合いながら一行は図書の迷路を出て外へ向かっていた。ようやく掴んだ手がかりに、気が急いていた。
『だれか! わたしの子供を見なかったか?!』
人間と同じ大きさの耳の尖った妖精が一行の脇を走りすぎながらあわてた様子で叫んでいた。
ソウタとユリは顔を見あわせた。




