30
顔色が青から白へと変わりつつある迷子の保護者は、クッシィから上着を受け取りそこねて取り落としそうになった。そのとき、ポケットからぽろりとなにかが落ちた。
「なにか落ちたぞ?」
クッシィに言われて拾い上げた迷子の保護者が手にしたものに、ソウタとユリは見覚えがった。
「あ、それ、ランプ茸!」
フェレット族兄弟の長女フェマに教えてもらったキノコだ。
「上着のポケットにたくさん詰め込んである」
「どれどれ?」
ソウタとユリが近寄って見ようとすると、迷子の保護者は顔をしかめた。
「君たち、なんなんだ? よそ者だろう」
そう言われて、先ほどワンダフルさんとケッティが話していたのを思い出す。妖精の国では妖精攫いが横行している。部外者の自分たちは怪しい者だとみなされる。
今まさに、ワンダフルさんの予想通りの態度を取られている。
「彼らはわたしが入国を許可した。トムテの病を治すためにわざわざ訪ねて来たのだ」
「そうだったのか。それは済まないことをしたな」
驚いたのは、クッシィの言葉であっさり懐疑心がなくなったことだ。それだけ、妖精犬は信用されているのだ。妖精の国を守る番犬だからだ。
ソウタとユリはワンダフルさんとケッティに促されてその場を立ち去った。しかし、妖精たちの信頼厚いクッシィが自分たちをかばってくれたことに報いたいという気持ちがあった。
「ねえ、上着にたくさんランプ茸を詰め込んでいたってことはさ、」
「うん。もしかして、服のポケットにも詰め込んでいるかもしれない」
そして、ランプ茸は暗闇でぼんやり光る胞子を放出する。
「地下道を通ったのなら、光をたどっていけば、追いかけることができるかもしれない」
ソウタとユリの言葉に、ワンダフルさんとケッティはそうだとは限らないと言った。
「上着のポケットだけに詰め込んでいたのかもしれない」
「ソウタとユリは実際に胞子が暗い所で光ったのを見たのではないのだろう? それに、仮にそうだとして、進んだ道すがらに胞子が残っているとは限らない」
ふたりの言うとおりだ。
「でも、行くだけ行ってみようよ」
「お願い!」
ソウタとユリはなにも自分たちのために我がままを言っているのではない。迷子の妖精のことを思って言っているのだ。ワンダフルは元々、ふたりのそうした気性を好ましく思っていた。
「どうだろうな。行ってみる価値はあると思うが、俺は妖精の国には不案内だ」
言いながら、ワンダフルさんはケッティに視線をやり、意見を求めた。
「いいだろう。行ってみよう。まずはそれからだ」
推測だけで決めつけず、実証を行う。頷いたケッティのモノクルが残照を浴びて光り、より一層理知的な印象を深めた。
「ソウタとユリの読みが当たったようだな」
クッシィの言葉に喜ぶ余裕もなく、ソウタとユリはごくりと喉を鳴らす。
クッシィに地下道の場所を聞くために広場に戻ったケッティは、なぜか、妖精犬を連れて戻って来た。
「ちょっとわかりにくいんだ」
そう言って、クッシィは一行を案内してくれた。
クッシィは迷うことなく路地を進み、角を曲がる。そして、行き止まりがあるように見えるところで立ち止まり、とんとん、と軽く地面を叩いてなにかつぶやく。
すると、すう、と地面に穴が開いた。穴は斜め下に伸びている。
「あ、あれ!」
「光っている!」
穴の先の方がぼんやりと光っている。
ケッティが杖の上部をくるりとひと巡りさせると、てっぺんがぽうと光った。杖をさっと前を差し伸べるようにすると、光はふわふわと飛んでいく。
その光が近づくと、ぼんやりとした光はすう、と消えた。そして、通り過ぎるとまたくらがりを薄く照らす。
「これは当たりだな」
「行く先々に上手く胞子が落ちていてくれると良いが」
言いながら、クッシィは先に進もうとした。ソウタとユリが当然のように後に続こうとすると、ワンダフルさんに止められた。
「ふたりはここで待っていろ」
「でも、妖精たちはクッシィの言葉は信用しているけれど、ぼくたちのことはまだ疑っていると思う」
「だったら、みんないっしょに行動する方が危険は少ないよ」
「なにをしている。先に行くぞ」
入り口付近でやり取りしていると、焦れたクッシィの声が届く。もう大分進んでいるのを感じ取ったワンダフルさんがケッティに視線をやる。
「やれるか」
「わたしは妖精のステップを踏めない代わりに魔法はかなり使う」
「それは頼もしいな」
ワンダフルさんは杖の先が光ったままのケッティをクッシィの後につけ、その後ろにソウタとユリを歩かせた。自分は一番最後だ。
斜面は階段状になっているので歩きにくいことはないが、慎重に降りていく。ひんやりと湿った匂いがする。
「ここは妖精の国で一番大きな樹の根の中だ」
ようやく追いついた一行にクッシィが言う。
「え、ここって根っこの中なの?」
「そう。一番大きな木の根は妖精の国の隅々にまで届いている」
樹が大きいと根も獣人が通れるほど大きくなるのだろうか。
しばらく木の根の中を歩いた。脇道が多く、時に斜面は登りにもなった。
とても幸いなことに、胞子は道のところどころでぼんやり光って進む先を教えてくれる。それでも、どちらを曲がるか分からず、しばらく進んでは引き返す、といったことをした。
そして、選び間違えた先に行き止まりがあったり、妖精がいたりした。
「誰だ?!」
先行する光の塊とは別の灯の元、針仕事をしていた小人がいた。靴の修繕をしていたらしい。
クッシィが迷子を捜していると言ったが、彼らは仕事に夢中だったので、なにも見聞きしていないと答えた。
忙しい中、邪魔をしたお詫びとして、トムさんの果物を渡しておいた。トムさんより少し小柄な小人は喜んだ。
「農場妖精が丹精した果物じゃないか! 納期に追われていたんだ。これを食べて頑張るよ」
「間に合うと良いね」
納期に追われるという言葉に、仁楊村で道具屋に品物を納めていたソウタとユリは心からそう言った。その心からの言葉に、小人ははにかんだ。
「お礼にこれをあげるよ」
小人の妖精が差し出したのはまさかの昆虫だった。ソウタもユリも、あまり虫は得意ではない。とっさに前足を出すことができなかった。
小人の妖精は器用に虫に紐を括りつける。その紐の端をソウタがこわごわ受け取った。
「この虫が探し物まで導いてくれる」
それを聞いたクッシィが預かった迷子の妖精のリボンを虫に近づけた。虫はリボンに止まった後、飛び始めた。
小人の妖精にお礼を言って、一行は虫についていく。
途中に出会った妖精が連れたペットに昆虫を食べられそうになったりといったハプニングもあった。なんとかやりすごす。
そして。
「どうやら、単なる迷子ではないようだな」
クッシィが立ち止まって曲がり角の方へ首を伸ばしてしきりに匂いを嗅ぐ。
「誰かいる。リボンの持ち主と、そのほかにも匂いがする」
ソウタとユリは息を呑んだ。噂で聞いた妖精攫いだろうか。




