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先がとがって縁がくるんと内側へ巻いた耳、細い顔の先に大きな黒い鼻がある茶褐色の毛並みをしたカンガルー族のカントさんはとてもやさしそうな雰囲気があった。
「ニャントロフがこの地方に来てくれていて良かった」
「それを言うなら、カントさんとちょうど取引きをしているところだったのが僥倖というものだねえ」
ニャントロフさんは大きな身体を揺すってだみ声で言う。語尾は間延びしているというよりは少しねっとりとした感じだ。
「こちらのカントさんは妖精の薬草に興味を持っていて、病にかかった農場妖精と聞いて一も二もなくすぐさまついて来てくれたんだよお」
毛並みの水分を拭き取り、お茶を飲んだ後、カントさんはすぐさまトムさんの診察を行った。
ソウタとユリがトムさんにカントさんを引き合わせ、薬師が来てくれたのだと話す。カントさんはトムさんの顔や首、胸などを触り、症状を聞き取った。
「地下の貯蔵庫に色んな植物があるから、それを使うと良い」
と言って、トムさんはカントさんに大きな鍵を渡した。
「良いのですか?」
「ああ。知り合ったばかりのフェレット族のために農場牧場の魔獣退治をした上、おいらや家畜の世話を焼いてくれるソウタとユリが連れてきた獣人だ。それに、薬師なら植物の扱いに長けているだろう」
「なるほど。それで、ソウタ君とユリ君には立ち入らせなかったんですね」
「取り扱いが難しいものもあるから」
薬草とひと口に言っても毒を持つものもある。また、別の疾患を抱えるものや幼児や老人、妊婦には処方できない薬もある。
トムさんはソウタとユリの方を見て言った。
「ずっとここにいてそろそろ手持ちの食料も乏しくなっただろう。貯蔵庫に乳製品も果物もあるから、好きなように食べると良い」
ソウタたちがひとまず居間に戻って行くと、話し込んでいたワンダフルさんとニャントロフさんがトムさんの具合を尋ねた。
「あまりかんばしくないですね。わたくしの手持ちの素材では心もとないですが、トムさんの栽培した植物を使って良いそうですから、貯蔵庫のものを見てから薬を調合しようと思います」
カントさんの言葉にワンダフルさんが頷く。ニャントロフさんがううんと唸り声を上げる。
「さてはて、農場妖精なんていう珍しい相手に見合う薬の調合だあ。カントさんへの報酬はどうしようねえ」
「そのことでしたら、トムさんは貯蔵庫のものを好きに使って良いと言っていたので、わたくしへの報酬はそれで結構です」
「まだ見てもいないのにい?」
ニャントロフさんが猫目を丸くする。
「なにをおっしゃる! 妖精の、しかも栽培に長けた農場妖精の育てた素材ですよ!」
やさしげなカントさんがこのときばかりは後ろ足よりも短い前足を握りしめて力説した。
「カントさんは妖精の育てた素材を扱ってみたかったの?」
ぴんときてソウタが尋ねる。ソウタ自身も仁楊村とその周辺だけじゃなくもっとあちこちで素材を探したいと思っていたクチである。
「そうなんです! わたくしは以前から妖精の素材に興味を持っていたのです」
「なあるほど。だから、ワンダフルのムチャな要求にもほいほい乗ったのねえ」
カントさんがやって来る三日間の間、ソウタとユリはやきもきしながら待っていたが、ニャントロフさんはワンダフルさんからの連絡を受けて相当急いで駆け付けてくれたらしい。
「トムさんはわたしたちじゃあ、取り扱いが難しい素材があるから、カントさんだったらということで貯蔵庫の鍵を渡してくれたの」
中の食料も食べて良いと言っていたとユリが話すと、ワンダフルさんもニャントロフさんも嬉しそうにした。
「じゃあ、あたしも報酬はトムさんに交渉してみようかねえ」
「それはトムが回復してからだな。まずは貯蔵庫へ行ってみよう」
五人もいっぺんに入れるかという心配は杞憂だった。
それぞれランプを手に持って行ったが、どうしたものか、誰かが入って来たらぱあ、と明るくなる。
壁に沿って何段も棚が架けられており、そこに箱や籠、麻袋、革袋などさまざまな形態でいろんなものが置かれている。突き当りの壁には木箱が床に直置きで積まれている。中央には作業台がある。人間の子供ほどの背丈の農場妖精に合わせているので、ソウタとユリにちょうど良い高さである。
それらがあってなお広々とした空間があった。
「これ、石蛍が入った魔道具のランプだあ。すごいなあ」
壁際の上部に等間隔で並んだ虫かごのようなものを見てニャントロフさんが感心する。
「本当に、すごいね! ううん、熱量を感知して灯りがつくのかな?」
ソウタも興味津々で、ひとりでに灯りがついたことについて推測する。
「そうだよお。よくわかったね、ソウタ」
「ソウタはね、魔道具いじりが得意なのよ」
ニャントロフさんが驚くのに、なぜかユリが胸を張る。
「そうみたいだねえ。居間に出しっぱなしにしていた道具箱を見たけれど、なかなかの品ぞろえだったじゃないか」
そう言われてみれば、ニャントロフさんとカントさんがやって来てタオルや茶を渡したりするのに忙しくてろくに片付けていなかったと思い出す。
そんな風に猫族同士で話している間にも、カントさんは棚を見て感嘆の声を上げている。ワンダフルさんは食べられそうな果物や野菜、バターやチーズ、ハムといったものを開いた籠に詰め込んでいる。
「魔道具のランプ、ほしいなあ。でも、報酬にもらうには大分おつりがいるなあ」
虫かごのような魔道具を見上げながら物ほしそうな顔つきになるニャントロフさんを促して、一行は貯蔵庫を後にした。
「トムが忠告してくれた通り、カントといっしょでなければ貯蔵庫には入らないようにしよう」
ワンダフルさんの言葉に頷いた一行は、トムさんに鍵を返そうとしたが、断られた。
「好きな時に使うと良い」
そう言っておっくうそうに目を閉じるトムさんに、ソウタとユリはにわかに不安がこみ上げてきた。まるでもう自分には必要ないとでも言っているようではないか。平気そうに見えて実はとても具合が悪いのではないか。
カントさんが薬作りをするのを、ソウタとユリも手伝うことにした。
「ユリはアイテム玉を作るのが得意なんだよ」
「お母さんも薬師なの。うちが道具屋をしていてね。でも、わたし、ポーションはまだ作れないんだ」
ソウタが褒めるのに、ユリが面はゆげになる。
「十分ですよ。おや、ソウタ君も手慣れていますね」
微笑ましく目を細めながら、今度はカントさんがソウタの手つきを褒める。
「ユリの手伝いをよくするから」
「ソウタはね、魔道具いじりが得意なの」
ユリはニャントロフさんにしてみせたようにカントさんにも顎を上げて自慢げにする。
「カントさん、これ蒸留器だよね? 管のところの手入れをした方が良いよ」
「面目ない。なかなか難しくて」
「細長い上に途中で折れ曲がっているものね」
言いながら、ソウタは藁を使って器用に管を掃除した。
「なるほど! そうやるんですね」
「あ、そ、そうじゃなくて、こんな風に」
ソウタはそれでは藁のかけらが管の真ん中に残ってしまうという言葉を呑みこんだ。 カントさんは薬作成の手際はスムーズで手早いが、器具の掃除はちょっぴり覚束ない。
「カントさん、そっちはソウタに任せると良いよ。テキザイテキショっていうんだって」
おじいちゃんに聞いたことをあやふやな口調でユリが言う。
「そ、そうですね。じゃあ、ソウタ君、そちらはお願いします」
「うん」
そうして三人で薬を作る間、ワンダフルさんとニャントロフさんが食事を作ってくれた。




