22
ワンダフルさんは牧場と農場の周囲をぐるりと回り、魔獣たちが固まっているところへ、<すやすや玉>を投げ入れたのだという。
「すごい威力だな」
そして、眠っているうちに次々に仕留め、残る魔獣も倒したのだという。
「最後の魔獣は<びりびり玉>に警戒しているところを切り伏せた。ユリのアイテム玉のおかげで楽なものだった」
そんな風に言うが、たったひとりで複数の魔獣を倒してしまうなんて、ソウタとユリは唖然とした。
「ワンダフルさん、強いんだね」
「あ、またアイテム玉を渡しておくね」
ワンダフルさんは料金を払おうとするものだから、ふたりがかりで押しとどめた。
魔獣は灰色の狼の姿をしていた。
「やっぱり、畑は荒されているね」
「ねえ、家畜とか、ここの人たちは、」
ソウタが周囲を見渡し、ユリが言いにくそうにする。
「いや、家畜小屋はしっかり施錠されていて、中から鳴き声がするから無事のようだ」
ワンダフルさんの言葉にソウタとユリはぱっと明るい表情になる。
そこへ声がかかる。
「うちの家畜の心配をしてくれてありがとう」
はっと三人は振り向く。特にワンダフルさんは警戒を露わにした。気配に敏いワンダフルさんが声をかけられるまで気づかなかったのだ。
「おいらは農場妖精のトムテだよ」
人間の子供のような姿をしている。先がとがった耳、青い瞳、麦わら色の髪の上には赤い帽子が載っている。
「農場妖精!」
「妖精にもいろいろあるのね!」
ソウタとユリは興奮し、ワンダフルさんは妖精だから気づかなかったのかと得心がいったようにつぶやく。
「突然魔獣に襲われて困っていたから助かったよ」
トムテはとにかく家畜たちを小屋に戻して硬く施錠して立てこもっていたのだという。
ソウタたちはそれぞれ名乗ったが、トムテには特に名前はないという。
「好きに呼ぶと良いよ」
「じゃあ、トムテだから、トムさん!」
「よろしくね、トムさん」
好きに呼べば良いと言ったものの、すぐにあっさりと名付けられて、トムさんは目を白黒する。
「ところで、君は大丈夫なのか? ずいぶん疲れているようだが」
ワンダフルさんは農場妖精から生気の乏しさを感じ取って尋ねた。
「うん、実は、この家畜小屋と農場の方の家屋を魔獣から守るのにずいぶん力を使ってしまって」
病にかかってしまったのだという。
三人は慌ててトムさんが住んでいるという農場の家屋に連れて行き、小さな寝台を見つけて休ませる。
「妖精の病か。弱ると病を得やすくなるものだが、さて、」
「どうしよう」
「せっかく、魔獣を倒したのに、トムさんが、」
ワンダフルさんは腕組みして難しい表情を浮かべ、ソウタとユリはおろおろするばかりだ。
なにしろ、あまり姿を現さない妖精だ。獣人や人族の病とは訳が違うだろう。
「街に戻ってお医者さんを呼ぶ?」
「でも、妖精の具合を診られるお医者さんなんているかな?」
ソウタとユリの言葉に、ワンダフルさんが顎を撫でながら言う。
「俺に心当たりがあるから、ちょっと行ってくる。ふたりはトムテの様子を見ながら、家畜の世話でもしてやってくれ」
「そ、そうだね」
「うん。治っても今度は家畜たちが弱ったら、だめだものね」
ワンダフルさんが行ってしまうと、ふたりは井戸から水を汲んでお湯を沸かし、お茶を淹れた。
戸棚の茶葉を使って淹れた温かいお茶を飲んで、トムさんはほっと息をついた。
「温かくて美味しい。君たちも飲むと良いよ」
「うん」
「ありがとう」
ふたりは勧めに従って茶を飲んだ。魔獣や荒された農場と牧場、農場妖精、そしてその病と立て続けにいろんなことがあって高ぶっていた気持ちが和らいだ。
「大丈夫。農場妖精は農作業をするから頑丈なんだ。すぐにどうこうなることはないよ」
「うん、そうだね」
「ね、やり方を教えてくれたら、家畜の面倒をみるから」
「ありがとう。じゃあ、」
トムさんは寝台の上からあれこれふたりに指示した。
ソウタとユリはトムさんの言われた通り、家畜の水を替えたり、藁を小屋に運び、扉を開けて牧場へ出した。
トムさんが家畜たちは賢いから、柵が壊れていても外へは出ないと言っていたとおり、ようやく広い場所に出られたとばかりにゆるゆると歩いた。魔獣の匂いが残っているのか、おっかなびっくりの家畜を眺めながら、ソウタとユリはワンダフルさんの帰りを待った。
ワンダフルさんはその日、夜になってから帰ってきた。
「知り合いの行商人で顔が広いのがいるんだ。そいつに連絡を入れて頼んできた」
ただし、あちこちに行っているから、いつやって来るかは分からないという。
ワンダフルさんはソウタとユリから「トムさんがすぐにどうこうはならないと言っていた」と聞いて頷いた。
「妖精だから少しばかり俺たちとは事情が違うんだろう」
三人、いやトムさんを入れて四人が待ち望んでいた者は、それから三日後にやって来た。
その日は朝から鈍色の雲が空から落っこちてきそうなほど厚くたちこめていた。落ちてきたのは雨だった。
「降って来ちゃったね」
雨の日はやることが少ない。降る前に家畜の世話を済ませておいてよかった。あとはトムさん様子を見たら、手持ち無沙汰となり、それぞれ魔道具の部品やアイテム玉をいじったりした。ワンダフルさんは武器や道具の手入れをしたり室内でできる鍛錬を行っている。
ぬかるみを歩く音がして、ソウタとユリはぱっと顔を上げて視線を交わした。ワンダフルさんが扉の方へ急ぎ足で向かう。脇の小窓のカーテンの隙間から外を眺めたワンダフルさんはノッカーが重く湿った音をたてたとたん、扉を開く。
「早かったな」
ワンダフルさんはそう言いながらふたりの獣人を中へ入れ、扉を閉めた。
大柄な猫族ともうひとり獣人が入って来た。ソウタがタオルを取りに、ユリはお茶を淹れるために奥へ駆け込んだ。雨が降っているからか、すこし肌寒い。
そうやって雨の中をやって来たふたりが落ち着いてから互いの紹介をした。
猫族はニャントロフさんと言って、行商人だ。茶色の毛並みで腹の部分だけが白い。犬族でも大きいほうのワンダフルさんと同じくらいの背丈があり、腹回りはもっとあってふっくらしている。ソウタはこっそりフェロが見たら喜々として飛びついてしがみつくだろうと考えた。
そして残るひとり。
「「カンガルー族だ」」
ソウタとユリは初めて会う種族の獣人にちょっぴり興奮する。
「カントです。薬師をしています」
「「薬師!」」
まさしくトムさんのために必要な人材がやって来たのだった。




