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フェムは思わずといった態で足を一歩出した。夢でも見ているかのようにふらふらと前は歩き始める。ソウタとユリはその様子を見守った。なんとなく自分たちは石室の中に入らない方が良い気がした。その資格があるのは、フェムだけだと感じたのだ。
フェムは台座に無造作に置かれている小石をひとつ取った。それをじっと見つめたあと、きびすをかえして小走りでソウタとユリの元へやって来る。
「見て! これがぼくの守りの石だよ」
「守りの石?」
「きれいな石ね」
「うん。成獣の儀で授かった石はずっと持ち主を守ってくれると言われているんだ」
フェムは革ひもがついたちいさな巾着袋に石を入れてたすき掛けにした。
「お母さんが儀式で石を授かったら入れなさいって作ってくれたんだ」
「いいね。落とさないでずっと身に着けていられるね」
「フェムのお母さんは料理も裁縫も上手だね」
ソウタとユリに交互に褒められて、フェムはほほを紅潮させてへの字口を緩める。
洞窟を出るとすっかり雨があがっており、辺りは暮れなずんでいた。
「もうこんな時間なのか」
三人を付き合わせたことに責任を感じたフェムはしきりに自分たちの集落へと誘った。急ぐ旅ではないから、とワンダフルさんは賛成し、ソウタとユリは喜んだ。仁楊村以外の集落を訪れたことはないので、これが初めてだ。
「ぼくたち、友だちの街へ行くの、初めてだ」
「どんなところかな。楽しみだね」
そんな風に喜ぶふたりに、フェムは友だちと言われたことをひそかに嬉しく思った。
丘のふもとの街はソウタたちが湖目指して登ってきたのとはちょうど逆側の方にあった。
「へえ、結構大きな街だね」
ユリが見渡す通りにはフェレット族だけでなくさまざまな獣人たちが暮らしている。多いのは犬族で、ほかに羊族や兎族、鹿族などがいる。
「ワンダフルさん、明日、この街のお店をいろいろ見ても良い?」
「そうだな。情報収集がてらひと巡りするか」
ソウタが魔道具の部品が見つかるのではないかとそわそわし、ワンダフルさんがちょうど良いとばかりに頷く。
「ぼく、案内するよ」
そんな風にみなで話し合っていたら、通りの向こうから駆けて来る者がいる。
「兄ちゃーん」
短い四肢を動かして四つん這いで走るスピードはかなりなものだ。両前足と両後ろ足を交互に動かすさまは馬の走り方に似ている。かと思えば、なかなかの跳躍力で前へジャンプするように距離を稼いだりもする。長い五本指を広げているので、ぱふぱふと地面を叩き跳ねるようにして駆けて来る。
フェレットそのものみたいに見えるが、フェレット族はある程度成長するまでは二足歩行せずに四つん這いで走ることを好むことが多い。四肢が短いため、バランスを取るのが難しいからだ。
明らかにフェムめがけて駆けて来る、まるきり獣のフェレットに見える獣人の子供たちはひとりだけではなかった。後から後からやってくる。
「兄さん、お帰りなさい。どうだった?」
「おにいちゃん、これ、だれ?」
フェムに尋ねたり同行者たちを気にしたり忙しい。しかし、ソウタはそれどころではなかった。
「ぐふっ」
「わあ、ふかふか!」
手加減なしで駆け寄って来た勢いのままにとびつかれたソウタはなんとか踏みとどまることができた。その腹に一抱えもある細長い白い身体がしがみついている。
猫族の子供のまあるい腹に短い四肢できゅっとしがみつくフェレット族の子供、という姿はとても微笑ましいものであった。両前足だけでなく両後ろ足もきゅむっとソウタの毛にうずもれている。
「わあ、だめだよ」
フェムが慌てて弟の両前足の下を掴み上げる。細長い身体がだらんとぶら下がる。「へへへ」と笑いながら兄を見上げる顔は信頼しきった様子だ。
「ソウタ、大丈夫?」
「う、うん」
ユリになんとか返事をしながら、ソウタはそっと腹をさする。
「ごめんね、ソウタ」
フェムが弟を抱えながら謝る。
一方、ほかのフェムの妹たちはワンダフルさんを距離を取って見上げる。興味津々で、四つん這いになったまま、くにゃんと顔を真上に上げる。長い胴体、背からお尻にかけて丸く盛り上がり、首がほとんど九十度に曲がっている。
「柔らかいなあ」
ソウタは痛みを忘れてフェレット族の子供を眺める。
「本当だ、柔らかい」
その隙に、フェムに持ち上げられていた弟はじたばたと動いて兄の両前足から逃れ、ふたたびソウタにしがみついた。今度は勢いがなかったので抱き着いてきた子供を背中やおしりを支える。
「これ、俺の乗り物!」
「ずるーい、わたしもー」
とたんに、最年少のおチビさんが自分もとソウタの周りをうろちょろする。
「こ、こらだめだよ。お客さんに!」
「フェムったら、弟や妹たちに押されっぱなしね」
「ソウタはずいぶん懐かれたなあ」
ユリがため息をつき、警戒されて近寄って来ないワンダフルさんは苦笑する。さもありなん。ソウタは笑いながらフェムの弟を抱えて歩き回ってやったりするものだから、すっかり気に入られていた。
「猫獣人さんたち、お客さんなの?」
「お母さんのお店、こっちだよ!」
羨ましがる妹のひとりをユリが抱えてやり、残るひとりはフェムと並び、ようやっと一行は歩き出した。
フェムたち兄弟の母親が働く料理店は大通りから一本入った道すがらにあった。夕方というかきいれどきではあったが、なんとか三人分の席を確保する。フェムたち兄弟は従業員入り口の方から奥へ入った。
「お母さんが教えてくれたフェレット族の模様、覚えていたよ!」
ソウタたちがいっしょにいてくれたから怖くなかったし、成獣の儀も無事に終えることができたと興奮して話している声が聞こえてくる。
「まあまあ、すっかりお世話になったみたいで」
出てきたのはフェムよりも一回り大きな身体のフェレット族の獣人だった。ソウタやユリよりも大きいが、猫族の大人たちよりも小柄だ。身体つきが細長いので一層そう見える。
フェリィと名乗ったフェレット族は黄味かかった白い毛並みにくりくりした目、ピンク色の鼻が可愛らしい。
「俺たちは単なる立会人さ。フェムは立派に成獣の儀を済ませた」
「すごい仕掛けだった」
「とてもきれいだったよね」
フェレット母さんが作る料理はどれも美味しくて、ソウタたちは言葉少なにせっせと食べた。お腹いっぱいになったころ、フェムがやって来て、今日は自分たちの家に泊まって行くようにと誘った。ほかの弟妹たちは先に帰ったのだという。
ソウタたちがフェムに案内されて行ったこぢんまりした家で、フェムの妹で長女のフェマが迎え入れてくれた。
フェマは白地に薄い赤茶色の毛並みでフェムの毛色を薄くしたような感じだ。
次男のフェロと次女のフェンはしきりにあくびをして、ぺたんと床に胸や腹を着けてねそべり、ぐぐぐっと両前足を前に出して伸びをした。眠そうにしていたものの、ソウタたちを見て目が覚めた様子だ。
フェロは白をベースにした黒い毛並みで鼻も黒い。フェンは白地に肩から前足にかけて濃い灰色の毛並みだ。背中もうっすらと灰色がかっている。
寝床につくまでには少しばかり時間がある。ソウタはユリにせっつかれてさっそくゼンマイ式ハムスターを作る。道具屋に納めるためにたくさん作ったものだから、もはや前足は自然に動き、組み立てるのはあっという間だ。座ったソウタの前脚それぞれに乗り上げるようにしてフェロとフェンがちょろりと顔を出し、しきりに鼻をふんふんと動かし、目を輝かせる。
「これなに?!」
「わあ、おもしろい!」
ふたりは自分たちの失敗を噛みしめた。丸い可愛らしいフォルムのおもちゃを、小さな子供たちの前で動かして見せれば欲しがるに決まっている。しかも、もう作る部品がない。でも。
「これは、こうしてこのゼンマイを巻いて走らせるんだ。そら、みんなで遊ぶんだぞ」
ソウタは背中につけたゼンマイを巻いて見せた。
「ケンカしちゃだめだよ。まずはフェムお兄ちゃんからね。順番ずつね」
ユリが言うと、弟妹を諫めようとしていたフェムが自分も遊ぶのに加えられていて面食らう。
「え、ぼくも?」
「おにいちゃん、はやくやってみせてよ!」
「そうだよ、後がつかえているんだから」
フェンとフェロに矢継ぎ早に言われる。フェマは口にこそ出さなかったが、興味津々である。フェムは弟妹に押されっぱなしだが、慕われているのが良く分かる。
仕事を終えて帰ってきたフェレット族の兄弟のお母さんフェリィが料金を支払おうとするのを押し留めた。
「お母さん、見て!」
「これ、魔石を使っていないんだって!」
「このゼンマイというのをこうやってね、まくとね、ほら!」
しゃーっと走って行くハムスターのおもちゃに、フェレット族の子供たちが顔を輝かせる。
結局、ゼンマイ式ハムスターは三人分の宿泊代と翌日の朝食でフェレット族の子供たちのものとなった。




