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野原を流れる小川が段差で小さな滝を作る。水の流れが銀糸となってきらきら陽光をはじく。
「きれいだね」
ユリはうつくしいものを発見するのが得意だ。そして、それをソウタに教えてくれる。ユリといっしょなら、世界はこんなにもうつくしく見える。すごいことだ。
「本当だ。よく磨いた銀の鎖みたい」
「ソウタは詩人だね」
からかわれたのかと思ってむっとユリを見やれば、感心したような笑顔を浮かべていて、とたんに面映ゆくなる。
「例えがソウタっぽい」
「ぼくっぽいってなあに?」
「魔道具とかの部品を引き合いに出すところ! やっぱりさあ、いつも使う物が出てくるんだね」
「そりゃあそうだよ」
広い世界を見たら、もっとたくさんの表現ができるだろう。
ソウタはこれから向かう先、湖の方に視線を向けた。その拍子にぴんと張ったひげの先が陽光をはじく。
ソウタはユリが言うどんなささいなことでも、ばかにしたり鼻で笑ったり、取るに足りないものだと切って捨てない。いっしょになって感心したり驚いたりする。
ソウタとならこの世界は素晴らしいものに思えるし、いっしょに楽しめる。
学校の先生が言っていた「価値観の共有」というのはそういうことなのだろう。
駄菓子屋のおばあちゃんから預かったロケットを持ち主に返すということと、プロペラ飛行機の部品を探すために旅に出たソウタとユリは、まず小島がある湖を目指すことにした。
仁楊村を出て広いひろい野原を突っ切った三人は森の中をずんずん進む。緑の天蓋は日光をさえぎり、森に入ったとたんにひんやりした心地になる。ちょっと開けた場所を見つけてお昼にする。ソウタとユリのお母さんたちが作ってくれたお弁当を使う。
魔獣が接近したらいち早くワンダフルさんが気づき、指示に従ってふたりは木に登って上からクロスボウで狙いを定め、行動を阻害する。ワンダフルさんは遠く離れていてもどんな魔獣が近づいてくるか分かるので、前もってふたりにどんなアイテム玉を使うかを言ってくれる。ふたりはそうやってどの魔獣にどのアイテム玉が有効かを学んで行った。たまに硬い木の実をぶつけて気を逸らせて隙を作るといったこともする。
「魔獣にしろ野獣にしろ、集中したときに出す力や速度はすさまじいものだ。裏返せば、隙ができれば付け入ることができる。要はよく相手の動きを見定めることさ」
ワンダフルさんは前もって相手がどんな力量を持っているか、あるいは特性がどんなものかを知っていればあとはそれに対応する動きをすれば良いという。
それが難しいのだろうが、口先で言うだけでなく、やってのけるのだから、ワンダフルさんは腕の良い冒険者なのだろう。
そんな風にして森を進むと、ワンダフルさんに止められ、その場で待つように言われた。ワンダフルさんが慎重に進んで様子を見に行く。鳥の口笛が聞こえてくる。後を追って来いという合図だ。
ソウタとユリがいそいそと進むと、ワンダフルさんの傍らに熊の獣人がいた。
「ハチミツを食べたいけれど、蜂の巣があんなに高いところにあるんです。木登りは得意だけれど、すぐそばに鳥の巣があって枝を揺すったら蜂の巣といっしょに落っこちそう」
その鳥とは仲良しで、巣には卵があり、今は出かけているのか姿が見えないという。
「まさかねえ、あの鳥の巣の近くに蜂が巣をつくっていたなんて」
そう言いつつも、諦めるほかはないとため息をつく。
「「任せて!」」
ふたりは十分に距離を取り、クロスボウで蜂の巣の上部を狙い、見事撃ち落とした。
熊の獣人は喜んでハチミツを分けてくれる。
「ありがとう。ハチミツ、大好物なのよ」
そう言えば、と巣を作った鳥に聞いたのだという話を聞かせてくれた。
「あの鳥は方々を旅するのだそうだけれど、いろんなものを見ているの」
幹が真っ白なのは白樺だけれど、銀色の樹があるのだという。
「金色の果実をつけるのだそうよ」
「わあ、銀色の幹!」
「金色の果実!」
おとぎ話のような樹が実際にあるなんて。ふたりは見てみたいねと顔を見合わせた。
やはり、世界は広い。いろんなものがあるのだ。熊の獣人に教わったことはいつまでもふたりの記憶に残っていた。
ワンダフルは熊の獣人とにこやかに話すソウタとユリを見ながら、やはりこうなるのだなと思った。ふたりのことだから、なにかと他者と関わって行くことだろうと思っていたら、すぐに困っているところを助けてやった。
ソウタとユリらしい。
出会って幾ばくも無いが、ふたりの性質はなんとなく掴めてきた。
初めは物資が豊富にある村で生まれ育ったから、見ず知らずの者に簡単に食べ物を分けてやるのだと思った。でも少し違う。腹を空かせて動けないなんて大変だろうな、辛いだろうなと考えた結果、自然と譲るのだ。
同じように、大変な思いをしたのだろう、悲しかっただろうと思ったから、捜してやろう、届けてやろうと思うのだ。ただそれだけだ。
そこには私利私欲はない。シンプルで純粋な気持ちだ。それに心打たれた。
リスクを避けていれば、結局のところ、人にも物事にも出会わない。強い恐怖がない反面、強い喜びもない。平坦だ。それを望むならそうすれば良い。しかし、それでは経験を積めない。心を揺らすことなく、無感動でほかの物事に無関心になりがちになる。単調な繰り返しは個性を殺す。
そんなこととは真逆のふたりであるから、ワンダフルはソウタとユリの同行を歓迎した。だから、熊の獣人の手助けをするのも手伝うことにした。まあ、今回は出番はなかったけれど。ワンダフルは回り道をするだけの余裕を持つことができる技量を持っていることに心ひそかに誇らしく思った。
少しばかり寄り道をしながらも、一行は湖にたどり着いた。
周囲に高い山々に囲まれた小山のてっぺんだった。
「着いた! 湖だ! 小島、あるかなあ?」
「ほら、あの岩の橋っぽくなっているのの向こうじゃない?」
はしゃぐふたりをよそに、あの程度の距離なら簡単な筏を組んで進めばよかろうとワンダフルさんは手斧を取り出して手ごろな木を伐り始めた。不要な枝をもらい受け、それでソウタとユリは野営の準備をする。
キノコや木の実に干し肉をちぎっていれたスープだ。パンを浸して食べると美味しい。デザートにマリコさんやミッチーさんがくれたおやつを食べる。
大きな枝で作った骨組みに撥水布をかけて簡易テントを作る。手際が良いふたりに、持参のテントの出番がないなとワンダフルさんが苦笑した。
翌朝、前日の残りのスープとパンを食べた三人は近くの樹からもいできた果物まで腹に納めて出発した。
「わあ、速い!」
「ぐんぐん進む!」
ワンダフルさんが太い棒をオールにして漕ぐ。ソウタとユリは逆側で漕ごうとしたのだが、いかんせん、力が違う。ふたりがかりでもワンダフルさんの膂力には到底かなわず、結果、「俺ひとりでもあの島まですぐだぞ」というワンダフルさんにお任せすることにした。
湖の水はとてもきれいで湖底の小石まで見通せた。湖面を渡る朝風は冷たいくらいだが、紅潮するほほに心地よかった。
ワンダフルさんの太い前脚がぐいぐいと漕ぐと本当にすぐに小島が近付いてきた。
その手前に両岸から突き出た岩が橋を作っている。
左右の橋台から半円を描く橋が、水面に映ってまるで円のようになっている。その先に小島が見える。
現実の橋上半分と幻影の下半分。なにが真実でなにが虚偽なのか。それは分かちがたくうつくしい円をかたち作っている。
この先に出会う虚実のはざまを進むことを予感させるように、筏は円の真ん中を通っていく。
それは別の世界への入り口のようだった。ここをくぐると、まったく違うものが見えるようになるかもしれないというような空想をさせた。
ワンダフルさんは臆することなく筏を進め、一行は小島に着いた。
ソウタとユリは身軽に筏から飛び降りる。
ワンダフルさんが後に続き、三人で筏が流されないようにずずずと岸に上げる。
「「わあ!!」」
ソウタとユリは周囲は水、そしてその周りは森という不思議な光景をひと回転して眺め渡した。
「ね、あれ、なにかな?」
いち早くなにか見つけたユリは駆けていく。ソウタも後を追うと、草にくっきりと描かれている紋様がある。円のようにも、いびつな曲線のようにも見える。
「草刈りをしたにしちゃあ、ずいぶん複雑な模様だね」
「ね、不思議だね」
「ああ、こりゃあ、」
やって来たワンダフルさんが奇妙な表情をする。
「妖精の環だな」




