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本日、二回目の投稿です。
『いつまでこうしていられるだろうか』
『そろそろ出ていくべきだろう』
『怖い。嫌だ。恐ろしい。でも、行かなくては。わたしだけがここで安穏としているわけにはいかない』
『きっと、みながどこかで怯えて隠れている。行かなくては』
『せめて、ロケットがあったら。あの子を思い出すよすがが失われてしまった。ここへ来る途中のお椀型の山、その両端が猫耳のようにとがった峻峰、その右側の谷で鳥に持ち去られてしまった』
『はっきり覚えている。黒い身体に、嘴と羽根の先だけが赤かった珍しい色あいの鳥。あっという間に高く舞い上がってしまった。追いかける気力も体力も残っていなかった』
「あれが猫山だよ」
ソウタが指し示す先にはそう高くない山がある。
「なるほど。手記に在る通り、お椀型の山の両端にがとがった耳のような峰があるな」
「右側だからあっちかな。たしかにあそこは赤クチバシドリがよく巣を作っているよ」
見上げるワンダフルさんに、ユリが説明する。
ソウタとユリはワンダフルさんを案内して猫山と呼ばれる山のふもとにやって来ていた。
駄菓子屋のおばあちゃんがワンダフルさんに依頼を出した。手記にあった失ったロケットを探してくれ、もう昔のことだからなければないで仕方がないが、一度は捜索したいという内容だ。
冒険者は冒険者ギルドを通じて依頼を受ける。しかし、田舎の仁楊村には冒険者ギルドはない。だから、丹井村長が代理で間に立った。
おばあちゃんについて回ってワンダフルさんに出した依頼内容を聞いたふたりは自分たちも行くと片前足を挙げた。
「猫山なら何度か行ったことがあるよ!」
「きっと、書いてある鳥は赤クチバシドリだよ。どんなところに巣を作るか、おじいちゃんに聞いたことがある!」
そこで、ふたりは案内人として同行することになった。
「危ないときは俺の指示に必ず従ってくれ。接近戦は俺がやる」
ワンダフルさんに「「はーい」」と良い子の返事をしながら、ふたりはやる気満々である。
「ぼくたちは前みたいに離れたところでアシストするね」
「アイテム玉をいっぱい持って行かなくちゃ!」
「ふたりとも、危ないことはしないのよ?」
「魔獣が出ても向かって行かずに逃げなさい」
駄菓子屋のおばあちゃんと村長は不安そうである。おばあちゃんはおやつを、村長は傷薬やかぶれに効く薬なんかをたっぷりくれた。
ソウタのお父さんとユリのおじいちゃんがそれぞれに買ってくれていた山歩きに重宝するブーツを履いた。ふたりのお母さんたちはワンダフルさんの分も合わせてお弁当を作ってくれた。アイテム玉をいっぱい作り、クロスボウの手入れもして準備万端である。
山を登りながらワンダフルさんが尋ねた。
「ふたりはどうして見ず知らずの人のために骨を折るんだ?」
ふたりは口々に答える。
「だって、この人、何日も大変な目に遭っていたんだよ」
「それに、裏切られたって。とてもびっくりしている感じだった」
「それにね、故郷に帰りたいってあったんだ」
「屋根や壁がある場所で、柔らかいベッドで眠れてとても喜んでいた」
そして、大切な「あの子」と別れることになった。とても怖がっていた。嫌だ。でも、行かなくては、「みな」のために行かなくては、と書かれていた。
なんて強さだろう。なんて責任感だろう。そして、なんて悲しいことだろう。屋根や壁がある場所で休めるだけでうれしいのだ。信じていた者に裏切られたのだ。
「だからね、せめて、ロケットを見つけてあげられないかなって思ったんだ」
「うん。だって、こんなに疲れているのに、初めての場所で初めて見る鳥のことをこんなにも克明に書いているんだもの」
きっととんでもなく心残りだったのだ。一瞬のできごとが心に焼き付いて忘れることができないほどのことだったのだ。
「見つからなくてもいいから、探したいんだ」
「そうか」
短い返答だったけれど、ワンダフルさんの声はとてもやさしかった。
丸いお椀型の山と右側の峰が作る谷あたりをせっせと探した。ふたりはワンダフルさんの足手まといにならないようにへの字口にきゅっと力を入れて泣きごとを漏らさなかった。
ワンダフルさんはこまめに休憩を取り、おばあちゃんがくれたおやつを食べたり、いつの間にかできていた擦り傷に村長がくれた傷薬を塗ったりした。
「あー、ブーツが泥だらけだ」
「仕方がないよ。低くてもさすがに山をはだしで歩いたら怪我しちゃうもん」
獣人は全身を毛でおおわれ、頑丈だ。けれど限度があるし、ソウタもユリもまだ子供でどこもかしこも柔らかい。
途中で魔獣に遭遇したが、事前にワンダフルさんが察知し、ふたりは安全な場所で補助に回った。
「大したものだなあ。ふたりのお陰で戦闘が楽だ」
戦闘後にはワンダフルさんはそんな風に言ってくれるものの、ふたりの援護など必要がないほど強かった。出会った日の魔獣との戦闘が少しばかり手間取っていたように見えたのは、空腹と疲労のせいだったのだろう。それもソウタとユリが食べ物を渡していなかったら、戦闘自体することができなかったかもしれない。もしそうだったら、魔獣は仁楊村を襲っていた。
猫獣人だから身軽だから逃げることはできるだろうが、のどかな村を荒されていたかもしれない。
「ワンダフルさんがこの時期にやってきてくれて良かったよ」
「本当ね」
「いや、俺の方こそふたりには感謝しているんだ」
「「え?」」
「冒険者はなんでも屋だからこそ、報酬で動く。なのに、心のまま、誰かのためを思って行動するふたりは純粋にすごいと思う」
ワンダフルさんの言葉にふたりは大いに照れた。
三人は赤クチバシドリの巣を片っ端から見つけてはロケットがないか探した。中には卵泥棒がやって来たと警戒する親鳥を一時追い払う必要があった。これにはアイテム玉が役に立った。<もくもく玉>で巣から飛び立たせ、離れたところを<すやすや玉>で眠らせる。
「わあ、ユリ、それは<びりびり玉>だよ!」
「あ、間違えた」
「早くしてくれ。毛をむしられちまう! 痛っ、痛っ」
なるべく親鳥を傷つけないようにワンダフルさんが引き付け役となったのだが、りっぱな毛並みが一部ハゲ————もとい、薄くなってしまった。
そんな尊い犠牲を払いながらも、三人はとうとう目当てのものを探し出した。
「なんかちらちら光っている?」
「あれじゃない?」
「鎖か?」
巣の横側から細い銀鎖が飛び出ている。幸い、その巣には親鳥の姿はない。しかし、場所が問題だった。
「ちょっともろそうな岩だな。俺が上るのは無理そうだ」
「じゃあ、ぼくが行ってくるよ」
「大丈夫? わたしが行こうか?」
「ううん。ユリは下で念のためにいつでもアイテム玉を撃てるように準備しておいて」
ソウタは背負っていたリュックを下ろすと、するすると崖を上り始めた。
「さすがは猫獣人の子供。身軽だな」
人はそれをフラグと呼ぶ。
ワンダフルさんが感心したそのとき、ソウタは巣に片前足が届かんばかりになっていた。だが、逆側の片前足をかけた岩が崩れる。ずるりと呆気なく身体が落ちる。
「「っ!!」」
ユリとワンダフルさんはそろって上を見上げながら、息を呑んだ。




