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『あれから何日経っただろう』


『あのとき別れた者たちは無事でいるだろうか』


『まさか、彼らが裏切るとは。いや、言っても詮無いことだ。彼らも生きて行かなくてはならない。でも、だからと言って、わたしたちが犠牲になるいわれはない』


『疲れた。いつまでこんな生活を送らねばならないのか』


『帰りたい。故郷の景色をもう一度見たい』


『どうして、どうして、あの子が。どうして、わたしはあのとき、あの子の手を放してしまったのか、』


『しつこいしつこいしつこいしつこい』


『まったく縁もゆかりもない獣人の世話になることになった。もし、彼女にまで害が及んだら、』


『ありがたい。屋根も壁もある場所で柔らかい寝台で眠れることが、こんなにも心安らぐとは。どれだけ感謝しても、し足りない』




「これって、」

 ソウタとユリは紙の束から視線を上げ、顔を見あわせた。

 それは、悲痛なまでの感情の吐露とろだった。


「なにに追われていたんだろう」

「ずっと続いていたみたいだね」

 身体も休まらないが、心もすりきれて行っただろう。それに。

「あの子って、」

「自分の子供かなあ」

 そして、離れ離れになってしまった。


 なにがあったのだろう。この紙に書き連ねたのはどんな者なのだろうか。わざわざ「獣人」と記すのだから、人族だろうか。彼らは自分たち人間とそれ以外で区別することが多いと聞く。それ以外とは意思疎通ができる高度知能を持つ獣人や妖精、幻獣などである。


「ね、縁もゆかりもない獣人って駄菓子屋のおばあちゃんのことかな?」

「どうだろう。この紙は大分古くなっているけれど、百年は経っていないんじゃないかなあ」

「おばあちゃんの家族かもしれないね」


 ふたりはなにはともあれ、残りの掃除を済ませた後、鍵を返しに行く際、この紙束もいっしょに駄菓子屋へ持って行くことにした。


 おばあちゃんはソウタとユリを労いおやつを出してくれた。ふたりは鍵とともに紙束を渡した。掃除している最中に家具の隙間から飛び出していたのを見つけたのだと説明した。

 おばあちゃんは目を丸くして驚いた。ソウタとユリがおやつを食べている間に手記を読んで大きくため息をついた。


「懐かしいわねえ。よく覚えているわ。ほら、ここに描いているこの葉と花。彼女の一族の紋章なんですって。あの人、ひまなものだからあれこれ書いていたのねえ」

「えぇ? これ、葉だったの?」

 おばあちゃんが指し示した模様は手記の最初の方にあった。五角形の各辺が内側にえぐれたギザギザの葉五枚の真ん中に四枚の花びらを持つ花が描かれているもので、名前代わりに記したのだろう。


「ねえ、追われていた方のお世話をしたのっておばあちゃん?」

「それとも、おばあちゃんのお父さんかお母さん?」

 もぐもぐとおやつを頬張った頬を大きく動かすソウタとユリをやさしく見つめながら、おばあちゃんは「わたしだよ」と言った。


「ソウちゃんとユリちゃんみたいな可愛い子だったんだろうねえ。そんな子と離れ離れになって、この世界の片隅の仁楊にゃん村にまで逃げて来たのよ」

 それはもう、うのていという有様で、おばあちゃんが森にクルルンベリーの実を集めに行ったときに樹の根本でうずくまっているのを見つけたのだという。


「よくおばあちゃんがいうホウホウノテイってうようにっていう意味だったんだ」

 ソウタは小首を傾げた。ユリもうんうん頷いている。

「そうよ。なんだと思っていたの?」

「フクロウっぽいなあって思っていた!」

 ユリがにかっと笑う。今度はソウタが頷く番だ。

「あらまあ」

 ソウタとユリとおばあちゃんの話は脱線しがちだ。


「わたしの持った籠のクルルンベリーをじっと見つめているの。うっすら開けた唇がかさかさで、ところどころ切れて血が出ていたのを今でも覚えていますよ」

 それで、おばあちゃんは思わずクルルンベリーを食べるかと聞いたのだという。

「ね、これって、」

「うん、ぼくたちのときと同じだね」

 つい先だって、腹を空かせて休憩していた犬族にパンや果物を提供したふたりである。

「ああ、そうだったね。ソウちゃんとユリちゃんもワンダフルさんに同じようなことをしたんだったねえ」

 おばあちゃんは同じことをしていたのね、と微笑んだ。


「その人ったらねえ、そう、人族のうら若いお嬢さんだったのよ。クルルンベリーを頬張って、でもうまく飲みこめないでね、唇の端に汁が垂れて、唇に染みて痛そうだったわ。だからね、言ったの」

 うちに来てゆっくり休むと良い。でも、人族の女性は固辞した。

「あの人ったらものすごい頑固なのよ。迷惑がかかるからって、何度も言うの!」

 おばあちゃんは少しばかり頬を膨らませて眦を吊り上げた。かつて行ったやり取りをまざまざと思い出した様子だ。


「でもお世話したんだよね?」

「紙に書いてあったものね」

 きっと追手がやって来たらおばあちゃんに迷惑がかかると思ったのだろう。


 ソウタとユリがそう言うと、おばあちゃんはにゃふふふんと鼻を空に向けた。

「そうよ。頑固なのはわたしの方が一枚上手だったの。あの人、疲れ果てていたから力が出なかったからね。スカーフを頭からかぶせて村まで引っ張って来たの。ほら、村の人たちってなんにでも興味を持つでしょう? だから、旅人を世話することになったと言ってね」

 おばあちゃんは実は結構なおせっかいやきだった様子だ。でも、紙に書いてあった通り、追いつめられて困り切っていた者にとってはとても有り難いことだった。


「村の人たちもね、スカーフの下の彼女の格好があんまりにもひどいものだったから、もう着ない服とかタオルとか食べ物とか、クッションなんかまで届けてくれたのよ。そうやってもらったものを、これは村の誰から、それは村の誰からとひとつひとつ広げて見せたらとても感激していたわ」


 おばあちゃんはあの人、なにも話さなかったけれど、こんなことがあったのねえ、そりゃあ、村の人たちの気持ちが嬉しかっただろうねえ、と涙ぐんだ。

 ソウタはこっそりと田舎特有の噂好きとか世話好きがこんなときにはとても役に立つのだなと考えた。今までプロペラ飛行機の修理部品が足りなくてちょっぴり不満に思っていたけれど、こんな風に誰かの傷ついた心を労わるような良いところもあるのだなと感心する。


「ソウちゃんとユリちゃんがわたしと同じようにしたのはなにかのお導きかしらね」

 そう言っておばあちゃんはすっくと立ちあがった。

「魔獣の残党狩りを頼むことができる腕前の冒険者さんがいるってこともね」

 ワンダフルさんに会いに行くというおばあちゃんに、ソウタとユリは残りのおやつを慌てて口に詰め込み、後を追いかけた。


 いつもは腰が丸く曲がったちんまりしたおばあちゃんが、今や背筋をぴんと伸ばし、威厳に満ちて歩いた。と、その足が止まる。

「はて、ワンダフルさんはどこにいるのかしらね?」

 ソウタとユリはあやうくずっこけそうになった。駄菓子屋のおばあちゃんはトボけているのだ。


「ワンダフルさんの泊まっている宿なら知っているよ」

「こっちだよ!」





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