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妖精の国へたどり着くのは、オドリコソウの蜜を得るのに似ている。
オドリコソウは花の中に甘い蜜をたっぷり持っている。けれど、花は管状となっており、蜜の匂いに釣られてやってきた昆虫はなかなかそこまで到達することができない。
妖精の国はほかにはない物、知識、うつくしい光景に満ちあふれている。魔力豊かな土地だ。しかし、そこへは妖精の路や妖精の環といった決められた順路を辿らなければ到達することができない。
オドリコソウの花は、正しい術を持つ者が蜜を得る。マルハナバチはその長い吻管が花の奥にまで達することによって蜜を味わえる。たとえば、蝶もまた、長い吻管を持つが、翅が邪魔をしてしまう。
妖精の路や妖精の環もまた、なにかの折に迷い込んでも、出口に達することができないことは多々ある。
オドリコソウの花の管は下へいくにつれて狭くなり、細かい毛の輪になり、侵入者を拒むのと同じである。
しかし、マルハナバチが有する「ただしい術」「蜜への許可」を持たない者が力づくで押し入ってしまうこともいる。ミツバチは甘い蜜の匂いに魅かれて管状花を強引に噛み切り、蜜を得ようとするのだ。ただしい手順ではないから、もちろん、そういう場合、受粉は行われない。
そしてまた、妖精の路や妖精の環の存在を知り、認められていないのに強引に侵入し、妖精の国を荒そうとする者がいた。
疲労はピークに達していたものの、次から次へと発生する事象に、そのときは疲れを忘れた。たぶん、みながそうだったのだろう。とにかく、目まぐるしく変わる出来事に振り落とされないよう、自分が最善を尽くし、望むことを掴み取ることだけを考えて動いていた。
まず、ディレクさんが妖精の国へ行くと言い出し、アインスがケット・シーに交渉した。けれど、ケット・シーはふたりを眺め思案する。
「お願いだよ。ケット・シー」
ソウタもすがる思いで言う。が、返って来た返答は予想しないものだった。
「分かったにゃ!」
「え?」
即答で快諾され、逆にソウタは戸惑いの声を上げる。
「ところで、そちらはカバ族かにゃ。俺、初めて見るにゃ。流石はソウにゃん。今回の旅でもいろんな————」
「待って。あの、ぼくたちが妖精の国へ行きたいのはユリが病に倒れたからなんだ」
話が逸れそうで、ソウタは慌てて遮る。ケット・シーたちは跳び上がった。
「にゃ、にゃんだってぇぇぇぇ!」
「俺、ユリにゃんはどこかに隠れていて俺たちを驚かせようとしているってさっきからワクワクしていたのにゃ!」
「それを早く言うにゃよ、ソウにゃん! 大至急行って、妖精のレシピをもらってくるのにゃ!」
ケット・シーたちはソウタたちがなにをしに妖精の国へ行こうとしていたのか察し、すぐさま集まって来た。
「ところで、ずいぶん、人数が少ないようだが」
ケッティが周囲を見渡して言う。
「ほかのみんなは先に行ったのにゃ」
「とんでもないデカいのがいるから、食い止めるためにゃ」
「俺たちも後続隊もすぐに向かう予定だったのにゃ」
「ソウにゃんたちは俺たちが食い止めている間に妖精の国へ入るのにゃ」
ケット・シーたちは慌ただしくステップを踏みながら妖精の環を作っていく。いつもの楽しい調子ではないのに、大丈夫かな、とソウタが心配するも、その足元には複雑な紋様が刻まれて行く。
「ディレクはまあ、そのハムスターの姿に免じていっしょに連れて行ってやるのにゃ」
「ありがてえ」
『よろしくお願いします』
ディレクさんはぎゅっと目をつぶり、アインスもまた安堵する風だ。
「ひとり残されたら可哀想にゃから、そっちのカバ族もいっしょで良いにゃよ」
「あ、ありがとう。ご親切に」
ヒッピィは大勢を背に乗せて空を走って街へ着いたかと思えば、初めて妖精の環を踏み、こちらも初めてケット・シーなんていう不思議な妖精と出会った。もちろん、ケッティのことはふつうの猫族だと思っている。目まぐるしくいろんなことが起こるが、ともかくユリのために、という一心で動いていた。
「さあ、行った行った! 一列になってどんどん進むにゃよ!」
高さにして大の大人ふたり分もないが、それでも、太い手足を振り回し、威嚇に歯をむき出しにするさまを見れば、十分に大きくて恐ろしいものだった。
「ズィーベン! この馬鹿! 俺だ!」
『マスター、落ち着いてください。おそらく、一時的に自我を失い、操られているのでしょう』
いくらアインスのクラバットの結び目を平らに整えているとはいえ、その上でがっしゃんがっしょん飛び跳ねては転げ落ちる。アインスが片手だけでなく、両手で囲って落ちないようにした。
丘の頂に立つ巨大な三本の樹木が見える。妖精の国を囲う丸太の柵の周辺に、大勢の人族がいた。鎧を着こみ、兜をつけ、武器を手にしている。
巨木から虹色に輝く粒がまたたきながら飛ぶおとぎ話のような光景は今や物々しいばかりとなっている。
当然のことながら門は現れておらず、仔牛ほども大きい黒い犬たちがずらりと並んで今にも飛び掛からんばかりに頭を低く下げている。そのほか、大勢の妖精たちがいた。翅を持つ者は空を飛び交い、クー・シーに混じって棒かなにかを片手に持っている。彼らと、巨大なゴーレムと人族を挟む形でケット・シーたちは背後にひしめき合っている。
今にも争いが始まりそうな雰囲気である。
「ソウタたちはクー・シーに頼んで中へ入れてもらうと良い。俺たちはズィーベンを止める」
『マスターはソウタさまたちといっしょに行ってください。ここはわたくしが』
「馬鹿言うな! 俺はお前たちのマスターだ。死んでもそれは変わらねえ!」
そうだ。死してなお、ディレクさんはゴーレムとなっても探していた。連れ去られたと聞いた時、咆哮した。そして、ようやっと見つけた最後の一体、「デカブツ」が今、目の前にいる。
「良いか、アインス。あいつが操られているままだったら、そのときは、破壊しろ」
『ですが、マスター、』
ディレクさんの命令に珍しくアインスは躊躇する。
「この馬鹿! 俺の望みを勝手に読み取るんじゃねえ! 無駄に高性能なやつめ!」
そんなふうに言うものの、ディレクさんも無理にアインスに仲間を壊させることはできなかった。
「そうだ。ヒッピィ、俺を乗せて空を飛んでくれないか?」
「良いけれど、どうするの?」
「やつの真上を飛んでくれ。そこから俺が飛び降りる」
『マスター! 危険です! ハムスターの身体が破損でもしたら、』
依代を失っては存在できないのではないか。ゴーストなどというのはあやふやなものだ。
「だから確実を期すために、アインス、お前、いっちょ、ズィーベンを引き留めておいてくれ」
『無茶なことをおっしゃいますね』
「こんくらいしないと、あいつを正気に戻すことなんでできやしねえだろう」
ディレクさんはズィーベンの頭に引っ付いて魔力を通すことで直接訴えかけるのだという。
「ぼくも行く!」
「止せ、危険だ!」
ソウタが声を上げると反射的にディレクさんが止める。
「ぼくがヒッピィの上でタイミングを見計らってディレクさんを落とすよ」
ソウタに加勢してくれたのはワンダフルさんだ。
「その方が良さそうだな。俺たちは人族の兵士の方も足止めするか。ケッティは目くらましが得意だろう?」
「分かった。余力があればズィーベンの気も逸らそう」
ケッティがアインスに言う。
『ありがとうございます』
「待て、お前たち、ユリの病のレシピの方はどうなるんだ!」
「妖精の国がこんなふうじゃあ、中へ入れてもらえるかも分からん。ならば、とっとと片付けた方が良い」
まだなにか言おうとするディレクさんを、ソウタは有無を言わさずアインスから受け取り、ヒッピィに飛び乗った。
「ヒッピィ、行こう!」
「分かったわ! しっかり捕まっていてね」
「おい、こら、待て!」
『御武運を!』




