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挿話7-2

 

 カタレアを脅かす流行り病は発熱、嘔吐、頭痛、関節痛、各所に腫れが起き、内臓に疾患が現れ、ときに精神を病む。そして、最終的には昏睡して死に至る。

 医者も学者も吐しゃ物を研究し、罹患者の死体を切り裂き調べた。病にかかった者たちにありとあらゆる薬を各々にひとつずつ与えてみることもした。

 けれど、なにひとつ分からない。


 別の形でもアプローチを試みた。

 例えば、カタレアでセレンという国固有の植物を育てていた。もしかして、この植物が流行り病の遠因となっているのではないかと思い、一旦、国からセレンをすべてなくした。

「そも、カタレア国内でのみ流行る病だ。何らかの理由っがあるはずだ」

 そういう声に反対する根拠はなにひとつなかった。もちろん、セレンを栽培しなければ病の因子を取り除けるという根拠自体、なにひとつない。けれど、藁にも縋る思いだたのだ。


 本来、栽培したセレンは主にラクーザに輸出していた。ラクーザではこのセレンを乾燥させて粉状にして農業地に撒くことで、害虫除けにしているのだ。そのラクーザでは流行り病は起きていない。そう考えれば、セレンが原因とは考えにくいのだが、その意見は生育中になにかあるの「かも」しれないという声に封殺された。あくまで仮定だ。しかしなんでも検証するには多くの実験を要し、それだけの猶予を与えられていなかった。


 このまま病が猛威を振るえば、国民は死に絶える。

 その意見はたちの悪い冗談だと切って捨てられないほど、多くの民が病にかかり苦しんだのだ。


 なお、このセレンという植物の根が含有するピルミナという成分が、ラクーザの北に位置する山脈から季節風によって飛んでくる虫の害を防いでいた。セレンの輸出のほとんどをカタレアで得ていたラクーザではその影響が徐々に出始めていた。


 カタレアではそんな風にして、病自体の研究のほかに、発生原因にも関心が向けられていた。

 周辺諸国だけでなく、遠方の国からも医者や学者、薬師を招き、広く知識を求めた。素材も器材も潤沢に用意した。そうすることを可能にする資金は国が保有する豊富な資源によるものであるのだから、皮肉なものだ。豊かな資源を持っていてなお、病に打ち勝つに至っていない。

 皮肉と言えば、そうした知識や情報を集めることで、国の学問水準が飛躍的に向上したことも挙げられる。しかし、人族や獣人族がどれほどあがいてみせても、自然の驚異にはなすすべもない。


 三十年から百年ほどの期間を開けて定期的に流行るのだ。開闢かいびゃく以来この病に悩まされてきたかどうかは分からない。けれど、建国後百年ほどは何事もなかったと国史が示している。


 身近な者が病にばたばたと倒れていく。次は自分かと戦々恐々とする。病は患部だけでなく、身体全体を疲弊させ、心を弱らせる。

 トムに頼んで【心に力を与えるアンゼリカ】をたくさんもらった。これがあれば、国で猛威を振るう病を根治できなくとも、少なくとも、弱った心をなぐさめることができるのではないだろうかと考えた。

 心が弱れば、とんでもないことをしてしまうものだ。人も獣人も、追い詰められれば、平常時には思いつかないことにも手を染めてしまう。


 アンゼリカの別名は「当帰トウキ」。必ず帰る。必ず、この国へ。そして、戻るときには、人々を救う方策を手にしている。そのつもりだった。


 農場牧場にいた小さな猫族の獣人たちも目的があり、幼いのに旅に出るのだという。ふたりの無事を祈る心は真実だった。健やかな猫族の子供たちは笑顔で「ルジェク」に礼を言った。必ずここへ帰って来られるように、という思いを素直に汲み取られたことが嬉しかった。

「ルジェクさんって植物に詳しいんだね」

 無邪気にそう言われた。


 師から教わり、自分なりに知識を得てきたことを誇りに思っている。きっと見つける。そう思い定め、危険を冒して遠くまで旅して探した。

 そうしてたどり着いたのは、まぶしくて直視できないほどにうつくしく、豊かで穏やかな場所だった。あの場所を壊されたくない。あそこで住む者たちの平穏を守りたい。


 しかし、心が弱った者からしてみれば、こんなに困窮する自分たちとの落差があまりにひどすぎると感じるのではなだろうか。同じような目に遭えば良いと思わないだろうか。

 そうならないことを切に願った。


 だからこその、【心に力を与えるアンゼリカ】である。

 これは感染症に効力を発揮するだけでなく、心身を強くする。病にかかったとき、心も弱るし、病んだ部分だけでなく、身体全体が疲弊するのだ。それだけに、【心に力を与えるアンゼリカ】はすばらしい薬草だと言えた。


 国の者たちはたくさん持ち帰ったアンゼリカをふつうの薬草だと思ったのだろう。

「アンゼリカか。こんな話を知っているか。流行り病が猛威をふるう街で病に苦しみそちらにかかりきりになる隙をついて、泥棒が家に入り込んで盗みを働いた。次々に多くの家から盗み出した。やがて泥棒は捕まるが、人々は不思議がった。なぜ、彼らは病にかからないのか。人々は病を寄せ付けない秘密を教えれば、絞首刑台へ送らないと約束したそうだ」


 ルジェクは落胆した。この国の者たちはすでに心が疲弊しきってすり減らしてしまっていたのだ。

 疲弊した国と、あのやさしい光景と。どちらかを選択しろと迫られた。

「だから、その例に倣ってわたしたちも君が正直に話しさえすれば、助けてやろう」


 このアンゼリカがふつうのものと違うことを分からないのだ。以前の師ならばひと目で分かっただろう。なのに、今は疑問にも思わない。

 なぜか。そうできるだけの余裕がないのだ。視野狭窄に陥り、ふだんの能力を十全に発揮できないでいる。ひとつのことに固執するがあまり、ほかの要素を取り入れることができなくなっている。

 通常ならば上手くいくことも、そうできなくなっているのではないか。自分たちがいっかな成果を挙げられないでいるのは、そのせいではないか。


 今の彼らは、恵まれた者たちを妬みそねみ、奪ってでも自分たちが助かろうとするのではないか。いや、自分たちではなく、「多くの同胞を助ける」だ。だからこそ、大義名分が立つ。

 私利私欲で動くのではない。大勢を助けるためだ。

 その一見うつくしい建前によって、ほかの安らかに暮らす者から奪う。踏みにじる。それは仕方がないことなのだという。もちろん、苦悩はしてみせるだろう。しかし、結果はいっしょだ。ならば、その苦悩になんの意味がある? やられた側からしたらいっしょだ。


 現に今、ルジェクは悪いことをしていないのに、例え話の泥棒と同じ立場に立たされ、話すことを要求している。

 ならば、妖精の素材については黙っている方が良い。こうなってはふつうのアンゼリカだと認識していることが都合が良い。


 彼らは執拗に、【きゅっとすぼめるトルメンティル】の入手経路について問いただした。彼らが呼ぶ本来の名前よりも、もはや、「ルジェク」の方が親しみを持てる気がしてくる。そのくらい、彼らは自分を罵倒した。裏切者の極悪人だと罵った。もはや、喋ってしまえば、あのうつくしくやさしい光景が壊されかねないと思えた。だからのらりくらりとかわした。


 業を煮やした者たちは、それでも諦めなかった。一個人の同胞よりも彼らの我を通すことを選んだのだ。なにせ、彼らには国民を救うという大義名分がある。それに賛同し協力しないのは「悪」である。彼らは躍起になった。

 結果、執拗に責められ、それでも口を割らないからといって自白剤を投与された。


 尋問は日に日に苛烈になり、投与される薬も量が増えた。拷問と薬によって、精神は次第にむしばまれた。

 時折、浮かび上がるように正気に戻り、思い出す。あの安らかな日々を。


 うるわしい妖精の姫、のどかで見ているとなぜか涙がでそうな光景、トムとカント、フェムとのやりとり。目覚ましい薬効を持つ妖精の素材たちがものすごい速度で生育されるのを観察していると、遠くでフェレット族兄弟とペットのアーミィがはしゃぐ声が聞こえてくる。そして、ゆるゆるとやって来るかのうつくしい妖精と静かに付き添う大きな守護犬。


 今の自分の置かれた状況とまったく違う。苦しみあえぐ国民のためにという気持ちは変わっていない。しかし。


 みながみな、自分の居場所を守るために力を尽くしている。

 安住の地を奪って良いはずがない。ましてや、苦労した先にようやっと得た穏やかな暮らしを子供から取り上げるなどあってはならない。



 どうか、どうか。そのままの光景でありますように。




「これ以上続けると廃人になる」

「もう遅かろうて」

「しかし、断片的だな。本人も詳しいことは知らないんじゃないか?」

「では、我らは大したことを知らない者から聞きだそうとしていたとでも?」

「そんなわけあるか! 我らは間違っておらん。この国を救うためだ」

「そうね。国のためよ。なにも知らなかったとしても、国のためになにも情報をもたらささない方が悪いのよ」


「妖精の国か」

「本当にあるのかな。そんな国があったとしても、製薬のような高度な仕組みを作り上げているだろうか」

「しかし、そこにならば薬の新たな手がかりがあるかもしれん」

「そうよ。なぜなら、我らはもう地上のありとあらゆることを試してみたのですもの」


 ならば、妖精などという隠れた存在を当たって見るほかない。方々に人を放った成果とも言える。情報を抜いたカタレアの中枢はもはやなりふり構っていられないという意見で一致した。


「だが、シュラクは信用できるのか?」

「もう打つ手はないのだ」

 シュラクから力を借りることができた。接近して来るシュラクに、かすかに疑念を抱き、裏取りはするが、入念ではなかった。


 もう少し丁寧に調べれば、ラクーザがシュラクにあおられていることを知っただろう。そのラクーザは、シュラクがカタレアに接触した事実を諜報員が掴み、戦争を仕掛けるのではないかと危惧し、カタレアに併呑に近い同盟契約を結ぶことを持ちかけた。それを受けて、カタレアはラクーザこそ、飢饉によって困窮し、攻め入られるのではないかと警戒する。


 情報が錯綜し、なにが正しく、なにが間違っているかを必死に読み取ろうとした。

 そんな中、シュラクが妖精から聞きだしたという妖精の国へ通じる路という情報をもたらした。それはカタレアがルジェクから聞きだした情報とも一致する。ここへきて、大国シュラクがもたらした情報によって、妖精の国というおとぎ話が現実味を帯びた。


「妖精などという不可解な存在と相対するのはさぞご不安なことでしょう」

 なんとシュラクは戦力までをも提供すると言った。

妖精の路(フェアリー・ロード)なんていう恐ろしいところも、ゴーレム(人形)ならば通れましょう」

 仮に、灼熱の路だとしても、人が焼かれる前にそれと分かるというのだ。


「ここまでお膳立てしていただいたのですから」

 それに感謝することこの上ないカタレアは、自分たちがすべて責任を取るとした上で、妖精の国へ強制的に押し入り、病を根治するレシピをもらい受けに出向く、というとんでもない暴挙に出ることとなったのだ。


 みながみな、自分の居場所を守るために力を尽くしている。

 安住の地を得るために、力を尽くす。それがたとえそしられるようなことであっても、多くの人命に代えられることなどなにもない。自分たちは正しい道を進んでいる。

 彼らは正誤を判断するどころか、そうすることを発想すらしなかった。他者にも他者の事情があり、過去があり、思惑があるのだということを、まったく認識していなかった。






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