腰が痛すぎる
余りに腰が痛いので苦し紛れに書き散らかした。
アドバイスも同情も要らない。助言をするなら金をくれ、と心のなかの豚なき子が叫んでいる。
痛い。もうずっと痛い。
坐骨神経痛だろうと思いストレッチして湿布貼って適度に体を動かして、ってしてきたけど、もうどうにもこうにも痛い。
座ってるだけでも痛いが、長時間同じ姿勢でいると不意に身じろぎしただけで骨から響く激痛に苛まれるようになった。
6月に整体をやってもらって少し良かったんだけど、実はそのすぐ後にもう早速痛めていて。そっから戻らない。
痛くて仕方がないが、しかし治療する余裕もない。仕事も忙しいうえにバイトまで始めている有様だ。
書きたいことは色々あるのに、書かなきゃならないものは別にないけど、それでも書き続けなければ自分は無い。でも痛くて痛くて仕方がない。で、集中力もクソもなく、こんなことを書きなぐっている。会社に行って痛いと言おうものなら医者に行け、ブロック注射しろ、などとのたまう始末。ブロック注射も縦列駐車もあるものか、あんなものが何になるというんだ。もうとっくに効きゃしないし、医者にいって何とかなるなら腰痛なんか世の中にあるものか。
幾つから痛いと思ってるんだ、昨日今日の腰痛じゃねえや。
壊れもせず、死にもせず、中途半端に働けていることの惨めさ。
無様さ。
みっともなさ。往生際の悪さ。
自分で自分に反吐が出る。労働者の、それも大した稼ぎも無いし何もなしてないくせに痛みや疲労だけは一丁前に訴えている自分を、心の中でもう一人の自分がいつも罵倒し嘲笑し見下している。自分の中に「凄く嫌な奴」のモデルになった奴が居て。
そいつがずっと私を愚弄する。
本人の顔を見たら問答無用でブン殴ってしまいそうだ。まあ実際そいつのことは面と向かって「だからお前は嫌いなんだ!」と吐き捨てているので、向こうにしたって心当たりがないではないだろうが。
痛い。
余りに痛いとニンゲンは声も出ないし、筆舌に尽くしがたいなんて言葉でも尽くしがたいくらいの痛みってあるんだな。
これ以上に痛いことだって世の中には沢山あるのだろうが、少なくとも今まででもトップクラスに腰が痛い。
MRIなのか鍼治療なのか、多分どっちもだ。
なんでもいいから楽になりたい。
カフェインやらなんやらで無理やり動かしているが、ぶっ壊れるのもじかんの問題だろう。他にも問題は山積みで、ココに書いたり誰にも話したりしてないだけだ。
本当は何もしたくないし、何も考えずに過ごしたい。
身も心も休めてしまいたいのに、家に居るだけで身も心も休まらない。
一緒に居て疲れることばかりで、これじゃ家でも家族でもない。
敵と巣窟である。
そして私は晴れた日に外を見ていると言いようもなく虚しくなってきて、何かしなくちゃと勝手に焦り始めるのである。
強く激しく耐えがたい痛みであっても、その性質が曲げられぬとあっては猶更タチが悪い。そうまでして生きて働く理由なんか何があるというのだ。
どうせ誰にも会えず愛せず愛されもしない、何を書いたって読まれないし売れもしなかったのに。何に諦めがつかなければ、こんなに見苦しい真似をしてまで生きようと思えるのか。自分でも分からない。




