第9話
小学校で太郎のいるクラスを担当している教師は50メートル走での太郎を見て興奮していた。小学1年生で8秒7。こんな記録は20年近い教師人生で見たことがなかった。
この子は将来陸上で日本代表になるかもしれないとチラと考えすぐに打ち消した。世の中そう単純なものではない。社会人になってから花開く者も多い。
でも・・・と教師は考える。あまりの速さにギョッとしたがそれにしても太郎の様子がおかしかったことに気が付いた。
「あの子は本気で走っていなかったと思います」
太郎の話題で盛り上がる職員室で、太郎の担任は説明した。
「必死に走っているかいないか分かりますよね?それにゴールしたあとも全然息切れしていませんでしたよ。ぜぇぜぇしてないくらいなら分かりますけどね。あの子呼吸が全然乱れていませんでしたよ。あの時は私も興奮してしまってちゃんと聞けませんでしたが、もしかしたらもっとずっと速く走れるのかもしれません」
職員室はさらに湧いた。我が校からオリンピック選手の誕生か?と声が上がった。それはもちろん陽気な冗談のひとつ。
しかし実際に太郎の走りを見ていた担任教師だけはううんと唸った。もしかしたらもしかするぞと。
太郎のクラスでも50メートル走の話題で盛り上がっていた。太郎の異次元の走りを目の当たりにした女の子達はキャーキャー言って太郎を持ち上げた。
男の子達はそれをつまらなそうに見ていたが、太郎がすごいということははっきり分かっている。それを素直に言葉にする子達もいたし、なんだそんなものと無視することにした子達もいた。
「太郎すごいな。8秒台なんてうちのお兄ちゃんより速いよ!」
「なにか習い事してるの?サッカー?」
「先生も驚いてたよねー。ビュンってすごい速かったもんね」
太郎の周りに子供達が集まってワイワイしている。太郎はその話題の中心にいる。普段とは違う雰囲気に太郎はどうすればいいか分からず、何を聞かれても「うん」「ううん」ぐらいしか返さない。
しばらくして休み時間は終わり、皆自分の席に戻った。
「ねぇ大丈夫?」
隣の席の絵里が話しかけてくる。
「うん」
太郎のそっけない返事。絵里が待ってもそのあと何も言葉がない。
「ねぇねぇ」
絵里が呼んでも太郎からの返事はない。これはよくあることだ。太郎は一度ぼーっとし始めると呼んでも気が付かない時がある。
絵里はまぁいいやと気を取り直して授業に集中を始めた。
太郎は目の前に浮かぶピカピカの塊を眺めていた。これはそこら中にあるピカピカとは違うものだ。太郎がピカピカを初めて団子状態にした後、いつの間にか、気が付いたら目の前に浮かんでいたものだ。
最初は気が付かなかった。そこら中にいるピカピカと同じものだと思っていた。しかし手で払いのけようとしたら逃げられた。あれ?と思ってもう一度やっても同じく避けられた。
怖くなって太郎は逃げた。しかしそのピカピカは太郎を追ってきた。太郎が止まるとそのピカピカも止まる。
そしてピンときた。このピカピカは自分が作った団子じゃないのか。なぜかわからないが太郎はそう感じた。そのピカピカは太郎のその気持ちに同意するようにその場で跳ねていた。




