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第44話


ガモウ老人のもとに一通の手紙が届いた。差出人はサヨコ。瘴気を観測する部門長である。手紙には結界となる緻密な幾何学模様が描かれていて、正しい手順を踏まないと開封出来ないようになっていた。


ガモウ老人は気を練ると、いつものように模様の一部をゆっくりと指でなぞっていった。なぞられた線はスーッと消えていき結界は解かれた。なかを開くとやはりいつものごとく便せんが一枚。内容はいたって簡単なもの。


”東都工場付近 清掃業務 レベル2 期間は1週間”


仕事の連絡だ。ガモウ老人は内容を確認すると施設の職員を集めた。


「観測所から連絡があった。これより1週間、東都工場付近でレベル2の仕事を請けた。出勤できる人間のリストを出してくれんか。出来れば2チーム出したいのぉ。総務部長」


ガモウに呼ばれた総務部長カドクラが情報端末を操作しながらすぐに答えた。


「所長、東都工場ですと東都坂上営業所ですね。それですと・・・現在出せるのは1チームのみです。先週観測された立丘のレベル3の処理にバックアップ含めて4チーム出ているので」


「そうか。レベル3はまだ発見出来ておらんかったな。近くのエリアから応援は出せるかな?」


「清突と田柱から1チームずつ出せます」


「ならば田柱はバックアップで清突から出してもらおう。レベル2とは言え油断するなと伝えてくれ。特に合同チームでの仕事だからの」


「了解です。では早速手配します」


「頼む。では今回の件も含め常にスケジュールを頭に叩き込んでおくように。解散」


ガモウは所長室に戻ったところでふぅと息を吐いた。ここ最近、瘴気観測部門からの連絡が増えた。そのことがガモウの気分を重くしていた。


瘴気は動物の負の感情から生まれることが多い。そしてガモウの担当するここ東京は言わずと知れた日本一の人口密集地。瘴気の発生率も日本一だ。


「しかしの。それでもちと。どこぞの封が弱まっているのか?しかしサヨコからそのような連絡はない。外から何か来たか・・・仕掛けられている?ふむ。一度こちらから確認してみるか」


瘴気の観測部門は各地に置かれていた。東京で言えば東西南北と中央の5か所だ。しかしこれは十分ではない。日々生まれる瘴気を余すことなく観測するには数が足りない。


それに加えて強大な瘴気を封じている地があり、その観測も24時間体制で行っているのだ。現状は”人手不足”この一言に尽きる。


ガモウは観測部門の苦しい状況を知っているからこそ余計な負担をかけたくなかったが、必要なことはならやらねばならない。確認を怠ったために人が死にましたでは子供の言い訳以下だ。


ガモウは机に向かおうとして、ふいに窓の外にいる子供達の姿が目に入った。少し眺めていると野外訓練場に向かって歩く子供達の姿がちらほら見えた。


子供達は今日も元気に頑張っている。幼い彼等が理不尽極まりない訓練に嬉々として励む姿はいつもガモウに活力を与えた。


「我々はあの子達より努力しなくてはならない。そうでなくてどうして子供達を鍛えられようか。子供達を失望させてはいけない。たとえあの子達の犠牲が報われずに終わろうとも」


齢のために疲れ、重くなった体に錬気で活を入れ、ガモウ老人は手紙をしたため始めた。




太郎は学校の帰り道を絵里と並んで歩いていた。施設へ行かない日はこうして一緒に帰るようになっていた。太郎は出来ればひとりで走って帰りたいと思っていたが、誘われれば断ることはしなかった。


「太郎君。昨日のアニメ見た?」


「ううん。寝ちゃって見れなかった」


「そうなの?ララちゃんがついに変身したんだよ。かわいくて強いの」


「へー。悪魔神官を倒した?」


「そんなわけないでしょ。いつもみたいに最後は逃げちゃったよ」


「キョンキョンは?」


「キョンキョンは魔女のところでまだ修行してるよ。あれ?太郎君キョンキョン好きだったっけ?」


「ううん。聞いてみただけ」


「キョンキョンはねー、光のフルートの修理が終わってね。それでね、魔女から新しい楽譜を渡されてー。練習してた」


「また新しい歌が出来るのかな?」


「楽しみだよね。新曲出たらママにダウンロードしてもらうんだー」


絵里はアニメの主題歌を歌い出した。太郎がそれを横目で見ていると、太郎君も歌ってよと言われて一緒に歌った。


「タロー。来るわよ」


太郎の肩に乗っていたベルが言った。ベルは他の人がいるところでは滅多に喋らないのに珍しい。太郎が歌うのをやめてベルを見ると、ベルは斜め上の方をじっと見ていた。視線を追って太郎もそっちを見ると一羽のカラスが電柱の上にとまっていた。


「タロー。あれはカラスじゃないわよ。瘴気だわ」


「え?なに?」


「え?どうしたの太郎君?」


ベルの言ったことがすぐ理解できず太郎は聞き返した。それに絵里が反応した。太郎を少し心配そうに見ている。


「瘴気にとってタローはごちそうだから。今までわたしが隠してたけど、そろそろ隠しきれなくなってきたわね。タロー、隣の子と別れてちょうだい。早く!」


太郎は今までにないベルの強い口調にびくりと震えたが、すぐに行動を始めた。


「絵里ちゃん。ごめんね。忘れ物したから学校に戻るから先に帰って。あ、こっちの道から帰って」


「え?うん。こっちの道?うん。分かった。太郎君ばいばい」


絵里は太郎の突然の言葉に困惑したが、いつもぼーっとしている太郎が少し怖いぐらいに真剣になっているのが分かったので、言われた道へ歩き出した。


「カァァ!カァァ!カァァ!」


カラス型の瘴気が大声で鳴いた。太郎はその声の気持ち悪さに耳を塞いだが、しゃがみ込んで地面に手をつく絵里の姿が視界の端に映った。


「タロー。走ってちょうだい!あの子なら大丈夫。瘴気はタローを追ってくるわ!ほら、早く!」


「で、でも絵里ちゃんが・・・」


「タロー!お願いだから走って!」


ベルの悲痛な叫びが太郎の頭を真っ白にした。どうしたらいいか何も分からず、とにかく太郎は駆けだした。



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