第45話
カラス型の瘴気は太郎とベルを追いかけてきた。黒い羽を小気味よく羽ばたかせて飛び立つと滑るようにふたりに迫ってきた。
迫るカラスを一瞬視界に映して太郎の脳裏には祖父母の田舎で水に襲われた体験が蘇った。あの時はすぐに忘れた恐怖心が今になって強く心を粟立てた。
瘴気の存在を知らなかった当時の太郎ならまだしも、いまの太郎は目の前に姿かたちを現わした脅威がなにか知っている。
いくら施設で訓練を重ねたとは言え所詮は小学1年生の子供に過ぎない太郎がパニックを起こして恐慌状態に陥ったことは当然だと言えた。
視界いっぱいに広がるピカピカをかき分けて太郎は必死に走った。前を飛ぶベルを食い入るように見つめて追従した。
普段の太郎なら走りながらでも錬気が出来ていただろう。しかし恐慌状態の太郎は視界を塞ぐピカピカをどかすだけで精一杯だった。それですら意識的に行っていたのではなく、反射的に行っていたもの。
それはある意味日ごろの訓練の成果ともいえるが、その成果はこの状況においてあまりにも微々たるものだった。
「タロー!ピカピカちゃんをしっかり使ってちょうだい!」
ベルは振り返って太郎に呼びかけるが太郎にはその声が耳に入っていない。ただ目を見開いてベルを凝視しているばかりだ。
太郎の目を見たベルは正しく太郎の状態を知った。それと同時にもうカラスが太郎のすぐ後ろに迫っているのを見た。
ベルは素早く身を翻し反転すると太郎とカラスの間にその身を滑り込ませた。太郎は走っていた足を急停止して夢中でベルの動きを目で追った。
カラスが口を開けてベルを飲み込もうとするのが見えた。ベルはカラスを目の前にして腕を大きく振り下ろした。
ベルの体までもう数センチのところまで迫っていたカラスは何かに殴られたように地面に落ちた。
太郎にはベルがピカピカを操って何かをしたのが分かった。ベルがカラスをやっつけてくれたと思って少し落ち着きを取り戻した。
「タロー!まだよ!」
ベルは緊張した声で太郎に注意した。太郎がカラスを見ると地面に叩きつけられたあとですぐに起き上がろうと羽をばたつかせているのが見えた。
ベルは太郎に声をかけてすぐに地面に落ちたカラスの背中にびゅんと移動して着地すると両手をついてカラスを圧した。
カラスは気味の悪い声を上げて苦しそうに鳴いた。太郎はカラスの嫌な鳴き声にまた耳を塞いだがその様子をじっと見て目を離さなかった。
ベルの周りのピカピカがうねっていた。太郎にはベルがすごい勢いで錬気しているのだと分かった。カラスを圧しているのは太郎が今まで見たことなかったベルの術だ。
カラスは次第に鳴き声を弱めてついに鳴かなくなった。それでもベルはまだ手を離さなかった。
「タロー。ピカピカをよく練ってちょうだい。強く、強く、そう、それでいいわ。そしたらこのカラスを叩いてちょうだい。思いっきりよ。大丈夫こいつは動けないわ」
太郎はベルに言われたように錬気をしてから力いっぱいにカラスを叩いた。気味の悪いカラスに触りたくないとは思ったが、ベルの剣幕に圧されてやらざるを得なかった。
太郎が叩くとカラスはその黒い体を塵のように飛ばして消えた。驚く太郎にベルはすぐに指示を出した。
「ふぅ。タロー安心して。瘴気は消えたわ。タローが倒したのよ。それに誰にも見られていなかったと思うわ。大丈夫よ。うん。大丈夫。ねぇ、すぐに来た道を戻ってちょうだい。あの女の子の様子を見ておきたいわ」
太郎はベルの言葉を聞いて少し笑った。カラスを叩いた感触がまだ体に残っていて少し手が震えているものの、瘴気を倒せたことに喜んだ。
「助けてくれてありがとうベル。ぼく怖くて、頭が真っ白になっちゃって・・・」
「いいのよ。いいのよ。さぁ行きましょう」
「うん!」
太郎は走ってきた道を絵里がいないか探しに戻った。絵里はすぐに見つかった。手をついてしゃがみ込んだ所にそのまま座り込んで泣いていたからだ。
「絵里ちゃん!大丈夫!?」
「あぁ太郎君。怖かったよー。絵里ね、頭がね、痛くなってね・・・それでね、太郎君がすぐに見えなくなってね・・・」
太郎はうんうんと相槌を打ったが途中から絵里がわんわん泣き出したためにただ絵里の隣に座って”大丈夫だよ”と繰り返すだけになった。
途中人や車があったが、ふたりを少しほほえましそうに見て通り過ぎていった。太郎は絵里が落ち着くまで待ってから絵里を家まで送った。




