第40話
太郎はチームメイトに投げ技や関節技の動きを教えてもらった。フェイントの使い方や間合いの取り方も習った。
「ササキ先生の動きを見て真似するんだ。それで自分ならどうやるか考えて。色々勝手にやっていいんだよ。ダメなら先生が止める。これをやったら怒られるとか考えなくていいんだよ」
「うん。わかった。ありがとう」
みんなにお礼を言って今度は太郎から錬気のやり方を伝えた。とはいえ錬気は感覚的なものなので説明は難しかった。
太郎は初めて施設の見学に来た時にササキの手からピカピカが流れてきたことを思い出して、みんなの体に触れて同じことが出来ないか試してみた。結果は上手くいかなかった。ピカピカを流すことは出来たようだがただそれだけだった。
次に浮遊の術の特訓の時にベルが太郎の代わりに錬気をしてくれたことを参考にして、みんなにピカピカを流しながら錬気を促してみた。
しかしこれも失敗した。相手の体内のピカピカを操ることは出来なかった。上手く出来ず太郎はがっかりしたが、チームメイトの反応は違った。
「タロウ。俺達今まで人に”気”を流そうとしたことなかったよ。なんか面白そうだし、やってくれてよかったよ」
太郎はみんなが本気で喜んでいるようだったのでほっとしたと同時にもっとみんなの役に立ちたいとも思った。
錬気の技術は太郎がそれなりの努力をして習得したものに違いない。しかしやればやっただけ結果が出た。みんなのような苦労や悩みを感じたことはなかった。
”もっと真剣に練習しないと駄目だったんだ”
”そうすればみんなにもっとちゃんと教えることが出来た”
”ベルのように出来ればみんなもきっとコツを掴めるはずだ”
”もっと練習しよう!まずは浮遊の術をちゃんと使えるようにするんだ!”
研究会は最後までとても楽しかった。全員ピカピカが見えて話が通じる。つまらないはずがなかった。太郎はチームメイトにいままでより強い親近感を覚えた。
帰るときにジュースのお礼を言って手を振って別れた。
家に帰った太郎は早速ベルと浮遊の術の練習をした。最近少しだけピカピカを弾けさせることが出来るようになった。
錬気をしてから体内のピカピカを弾けさせる。そしてその瞬間に外のピカピカに道のようなものを作ってそこに弾けたピカピカで触る。すると道の流れに沿うように体が弾かれて動く。
今は手が弾かれたり足の裏が弾かれたりする程度だが、その反発の力で少しだけ移動することが出来るようになった。
とてもじゃないがベルのように空中に浮くことは出来ないし、滑らかに飛ぶなんて想像も出来ないレベルだ。この特訓は今までにない難しさだが、太郎はやる気にあふれていた。
チームメイトの姿が頭に浮かんだ。さらにやる気が湧いてきた。太郎はこれまでずっとそうしてきたように反復練習を続けた。
「タロー。楽しい?楽しいでしょ?リズムよ!もっとノリノリになった方がいいわ!呼吸とリズム。踊るように流れに乗ってちょうだい!そうすればタローが流れそのものになれるわ!キャハハ!考えるな、感じろ!ってことね?この前テレビで見たでしょ?キャハハ!ファタァァァ!キャハハ!」
「ハハハハハ!むちゃくちゃだよ。ファチャー!ホァアア!ベル、ねぇ似てる?」
「考えるな、感じろ!キャハハ!」
「考えるな、感じろ!」
「いいのよ。タローはそのままでいいわ。さ、休憩は終わりよ。特訓を続けてちょうだい。わたしはまたおやつを食べるんだから」
「うん。でも甘い物たべ過ぎたらダメだってママが言ってたよ?」
「わたしはいいのよ。だってわたしは妖精だもの」
「そっか。妖精はいいんだ。じゃあぼく練習するね」
ベルはたまに太郎のなかに入って浮遊の術を使って見せてくれた。それで実際ピカピカがどう動いているのかは分かったが、自分がどうやればいいのかは分からなかった。
それは前より少しだけ感覚を掴んだいまでも同じだ。ピカピカを少しだけ弾けさせてその力を使えるようになったものの、このやり方を強くしただけでは浮くことは出来ないだろうと思っていた。
しかしベルはやり方をちゃんと説明してはくれない。
”口で説明しても意味がないでしょ”
ベルの態度がそう言っていた。太郎は敏感にそれを察知して黙々と練習を続けた。
夕食の時間。母親は施設での話を聞いた。
「太郎ちゃん。最近はどうなの?」
「なにが?」
「うん。あっちで嫌なことない?何かあったらすぐママに言うのよ?」
「大丈夫。チームメイトもいるし」
「そうなの?みんな太郎ちゃんと同じくらいの子?」
「うん!みんなすごく強いんだ!ぼくが一番弱いけど、助けてくれるんだ!」
「へー。でも強いって、柔道とか空手とかやってるの?それともサッカーとか?」
「え?うん・・・」
「ごめんね。聞いたらいけないんだったね。でもママはいつも心配なの。怪我して帰ってくることもあるでしょ?ママは太郎ちゃんに怪我なんかして欲しくない。だけど太郎ちゃんがやりたいことだからママも力になりたいし。だから太郎ちゃんがどんなことを考えてるか話して?楽しかったとか苦しかったとか、そういうのをママ知りたいの」
「うん。わかった」
太郎が施設でどういうことをしているかは家族にも話してはいけないことになっていた。普段の生活が監視されているわけではないので、それを破ったかどうかなどなかなか明らかになることはないはずだが太郎はちゃんと守っていた。
この約束を破ったのがバレた時に施設から追い出されるのではないかという恐怖心が枷になっていたのは確かだ。そして両親に心配をかけたくないという気持ちもあった。
さらに太郎には別の不安もあった。両親に訓練の話をした場合、内容があまりに危険だと判断されて施設に通うのを反対されるかもしれないと思ったのだ。
しかし太郎は絶対に通い続けたいという意思があった。だからこそ施設での話を両親に語らなかった。
一方母親は太郎の心の状態を知りたがった。太郎が施設で怪我して帰ってからはよりその傾向が強くなった。
”苦しくない?辛くない?いじめられてない?危なくない?”
母親が太郎を心配して投げかけるそれらの言葉は太郎の心を慰めた。自分のことを見てくれている。大事に思っていてくれる。心配して守ろうとしてくれている。そう思った。
しかし施設から帰るたびに言われ続けると、次第にうるさく感じてきた。
”もしもぼくが苦しいとか、危ないとか言ったらママはどうするんだろう?”
太郎はその場合を想像して暗い気持ちになった。施設に行くなと言われるに決まっている。太郎は母親の心配を疎ましく感じるようになっていった。
ただし母親のことが好きなのは確かだ。いくら精神的な成長が早いと言っても太郎はまだまだ親に甘えたい年ごろなのだ。
訓練に行く前に母親は太郎に励ましの言葉をかけてくれる。家に帰ると笑って出迎えてくれる。おいしいごはんを作ってくれて、お風呂で頭を洗ってくれて、一緒に寝て、起きて・・・。
太郎は複雑な気持ちを抱いて頭がいっぱいになったが、しばらくしてひとつの答えを出した。
「苦しいとか辛いとか言わないようにしよ」
この頃から太郎は両親に甘えることはあっても泣くことはほとんどなくなっていった。




