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第38話

太郎は施設での訓練に汗を流していた。行っているのは格闘訓練。主な目的は人間相手に殴る蹴るを経験させることだ。


瘴気を処理する組織なのになぜ対人戦闘に慣れさせる必要があるのかと思うかもしれないがこれには事情がある。


太郎が夏休みに川で水に襲われたように瘴気は実体を持つ場合がる。実体化した瘴気は動物のかたちをとることが多い。そして人型をとることもある。


またそれとは別に”気”を使う人間が瘴気にのまれ堕ちていくことがある。そうなった場合処理しなければならない。もちろん処理するのは”気”を使う人間だ。ゆえに対人戦の経験は必須となる。


太郎は最初の格闘訓練で相手を殴ることが出来なかった。自分の力が普通ではないと自覚していたこともあるが、そもそも人を殴ることに強い抵抗があったからだ。


しかし同じ訓練を何度も重ねてきたチームメイトは違う。当たり前の顔をして相手を殴り、倒れたところに追い打ちをかけていく。


太郎は何度かこの訓練を経験して他の訓練と同様すぐに慣れていった。次第に人を殴ることにあまり抵抗を感じなくなった。それがいいことなのか悪いことなのかを考えられるほど太郎は大人ではない。環境が命じるまま目の前のハードルを越えようと努力した。


この訓練で太郎は気を何重にも纏うことを禁止されていた。それをすれば他の子供達との力の差があまりに大きくなってしまうからだ。


太郎はそれを当たり前だと受け入れた。厳しい訓練を続けて暴力にも随分慣れてきた太郎だったが暴力的な思考に染まった訳ではない。ササキからの高圧的な指示にも反発することなく素直に従っていた。


それはササキの教育の成果でありやはり太郎のもともと持っていた大人しい、そして我慢強い性格の力が大きいだろう。


幸いなことに太郎のいるチームのメンバーに嫌な性格の子供はいなかった。人付き合いが得意でない太郎でもすんなりと馴染た。


いや、馴染めたどころか太郎はチームメイトに仲間意識を持ち始めていた。同じようなバックグラウンドと目的を持った子供達が閉じた厳しい環境で血を吐くような苦しい訓練を続けていればそうなるのは自然なことかもしれない。


子供達は競い合ってはいるが争っているわけではない。同じ境遇で切磋琢磨する者同士次第に仲を深めていた。





「タロウ!何度言えばわかる!動きがまっすぐ過ぎる!もっと頭を使え!お前の脳ミソは空っぽか!私の言葉が理解出来ないのか!」


「はい!すみません!」


「ミユ、コウヘイ!おままごとをしてるのか!遊びじゃないんだぞ!見合ってないでさっさと仕掛けろ!」


「はい!すみません!」


「ダイチ!泣くな!それで相手の動きが見えるのか!いまお前は死んだぞ!泣く前に動け!」


「は、はい!すみません!」


子供達同士での対戦をしたあとササキとの一対一が行われた。技術的なことはこの時間に覚えなくてはならない。ササキは口頭で親切に教えてくれなどしない。子供達は皆ササキの動きを見て感じて真似るのだ。


ミユとコウヘイが小3。シュン、アイリ、ダイチが小2。そしてタロウが小1。まだ自我などないような幼い子供達は嫌でも自分達で考えて行動しなければならない。


そうしなければササキから技術を盗むことなどできないからだ。新しい技術を習得できなければ競う相手に置いて行かれてしまう。ササキからは罵られることになり、最終的には見込みなしと見放されてしまうかもしれない。


子供達は特にこの”見放される”ことに怯えていた。それはなぜか。子供達の多くはこう考えていた。


見込みなしと判断され見放されればもう施設にはいられない。それはつまり”気”を封印されるということだ。どこにも所属せずに”気”を扱うことは許されていないのだから。

施設を去る子供が”気”を封印されて出ていったのを知っている。だから見放されないように頑張らなくてはならない・・・。


「気が見えなくなって使うこともできない。そんな毎日は絶対いやだから」


実際のところ施設側が子供達を見放すことなどない。施設を去る子供が”気”を封印されるのは事実だが、それは本人達の同意のもとに行われている。


しかし訓練中の子供達はまだそのあたりの事情がよく分かっていない。そして施設側は子供達のそうした不安を把握しながらその誤りを正そうとはしない。それさえ心を鍛えるために利用していた。


さて話を戻すと、とにかく子供達はあらゆる角度から成長を求められているということだ。そしてそのために子供達は自分達で考えて行動せざるを得ないということ。


格闘訓練についていえばチームのなかで現状圧倒的に弱いのは太郎だ。他の子供は既に1年以上も学んできたのに対して太郎はまだ始めて数か月。錬気のレベルを周囲と合わせればあとは体格や技量がものをいうのは当然だ。


太郎はひどく焦った。殴る蹴るに抵抗はなくなったものの、突きや蹴りは簡単に躱され、組み技、投げ技、関節技等はまだまともに使えない。


ササキやチームメイトの動きを見て真似しようとするが、速すぎてどうやっているか分からない。つまり手も足も出ずに負けてばかりだった。


今日の格闘訓練も同じだった。相手にいいようにやられ、太郎にいいところはほとんど無かった。


訓練が終わってロッカーで落ち込んでいた太郎にコウヘイが話しかけてきた。


「タロウ。このあと休憩室でちょっと話そうぜ」


「え、うん。なんの話?」


「いいから行こうぜ。向こうで話すから」


太郎がコウヘイと一緒に休憩室へ行くと、すでにチームメイトが全員揃っていた。太郎を待っていたらしい。


太郎は不安を感じながらその輪のなかに入った。


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