第37話
ササキとガモウ老人は太郎の今後についてこれまで何度も話し合っていた。ササキは太郎の成長の早さに不安を感じていることを伝え、ガモウ老人はそんなササキの話に耳を傾け助言を与えていた。
「しかしタロウは小1ですよ?所長も見たでしょう?あいつは普通なら10年かけて辿りつくところにもういるんですよ」
「10年が10日だろうと10時間だろうといいじゃないか。天才と呼ばれるような人間は突然現れるものだ。それはお前も知っていること。そうだろう?タロウと同世代だけ見てもテンドウジのせがれは5歳でクモを焼いた。ミリは9歳で地脈から気を引いた。他にも才のある子はいる。儂から見ればあの子も普通の子よ。こう言ってはなんだが”よくいる天才”のひとりということだ」
「所長は分かっていてそう仰る。では聞きますが、あの妖精はなんですか?日本から出たこともない子供がどこで妖精と契約を結んだと?それとも妖精が単独で海を越えてわざわざ太郎に会いに来たとでもいうんですか?この国の結界を素通りで抜けて?」
「ふむ。真面目な話、その可能性はあるなぁ。妖精の力について我々はそう多くを知らないしの。結界を抜く方法などいくつもあるだろう。決して不可能ではないよ。それより現実として妖精はタロウとともにいるんだからそれを受け入れたうえで話を進めようじゃないか。これは妖精を知るいい機会だと思ないかの?」
「ふざけないでください。妖精を不正に拉致したなどと言われて下手をすればヨーロッパ方面との戦争ですよ。国内に限って言えばもう各勢力が動きだしてます。それだって厄介な火種になりえますよ」
「大げさなことを。ササキ、お前の若さが戦争などと言う言葉をうかつに口走らせてしまう。反省しなさい。その心が現実を生むのだ。我らの仕事は瘴気の処理だと言うことを忘れてはいけない。それが前提だ。そしてお前はなぜタロウを守るための話をしないのか。それは考えていませんでしたというのでは話にならんぞ?」
「・・・申し訳ありません」
「お前の真面目なところは評価しているしよく働いているのも分かっている。こうして報告してくれるのも嬉しいことだ。ササキよ。お前が何に危機感を持っているのかも理解しているつもりだ。まず妖精の処遇については既に水面下で各方面へ話を通している。今は反応待ちだな。厄介なことはあろうが争いにはならないだろうと儂は考えている。そして気にしているのはタロウの使っている術のことだろう?」
「はい、そうです。所長もご存じでしたか。タロウは最近何やら独自で術の練習をしています。気になって注意して見ていましたが、この間タロウが何もない空中を蹴って移動したところを見ました」
「ほう!それはすごいな」
「はい。しかも錬気以外何かしている様子はありませんでした。どうやっているのかちょっと考えられません。風を使って体を運んだとか、土を使って踏み台にしたとかではないんです。所長は何かわかりますか?」
「うーん。そうさなぁ。錬気だけでのぉ。よほど巧妙に隠蔽された術・・・ではないな。それをするにしても何かしらの補助具がいる。則に従った法ということもあるまい。儀式を行うにもやはり代償が必要だ。まぁ自然に考えるなら錬気だけの工夫で行ったということか。ふむ、空を蹴ったか。それならばいずれ空を駆けるかのぉ。ハッハッハッ!それではまるで・・・」
「まるで?」
「神話の神や龍や妖、海外の怪物・・・妖精かのぉ。ハッハッハッ!」
「所長、笑い事ではありませんよ。タロウが妖精の持つ術を習ったということですか?しかし妖精の契約者が空を駆けたなどという話は聞いたことがありません」
「我らが知らないだけで実際は出来るのかもしれないな?それに天狗のヤツは空を跳ぶぞ?空を蹴るくらい出来てもいいじゃないか。無論ただ事ではないがのぉ。タロウは空を蹴った・・・か。ササキよ、先にも言ったが現実を見なさい。そして恐れてはいけない。変化は常に起こっているからの。注意深く観察するのだ」
「・・・はい」
「お前が言いたいことはよくわかった。政治の話は嬉しくないが確かに危うい所はある。我が国の内だけに限っても決して一枚岩ではないからのぉ。妖精と契約し、あの才能、それに加えて空を蹴る術とくれば何かよからぬことを考える者たちも出てこような。わかった。よくわかった。儂が近いうちにあの妖精と話をしてみよう。外への対処もちゃんとやる。心配するな」
「はい。ありがとうございます。それでなんですがタロウのいる班に実戦を見せたいと思うのですが許可を頂けませんか?彼等にはなるべく早く自分達の力を正しく認識してもらいたいんです。そして我々がどういう働きをしているのかも」
「ササキ」
今まで穏やかに話をしていたガモウ老人から強烈な殺気が放たれた。ササキは一瞬で身構えはしたものの迫る死の予感に体を強張らせた。
「子供達の練度は足りているのか?」
「はい。いいえ。しかしそれよりも・・・」
「なんだ?それよりもタロウの力を伸ばす方が重要だと言いたいのか?」
ガモウの殺気は収まらない。ササキは必死で答えを考えるが、それが自分でも言い訳に聞こえると思い話を続けられなかった。
「ササキよ。薄っぺらな自分の体験から結果だけを引っ張り出して”これが正解”ですと訳知り顔しているのが今のお前だ。結果だけに囚われていて視野が狭くなっているんだな。そしてその結果とやらもお前が考えるようなものにはならないだろう。お前自身まだ若い。儂から見ればあの子供達と大差ないくらいだ。今回は許してやる。もっと学べ。今のままではお前は何も守れずに死ぬだろう」
ガモウのあまりの物言いにササキは頭に血が上った。殺気に当てられて委縮していたがこれだけは言わなければと奮い立って口を開いた。
「所長。わたしはタロウが堕ちた場合のリスクも考えて・・・ガっ!」
言い終わる前にササキは殴られ倒れた。
「立て!」
ガモウの冷たい瞳がササキを芯から震え上がらせた。
「はい!」
ササキは大声で返事するとすぐに立ち上がった。
「ついてこい。お前に大事なことを思い出させてやろう」
訓練場でササキは半殺しにされたあと半日程放置された。ササキは怪我と痛みで碌に移動も出来なかった。さらにガモウの指示によって助けはこないようになっていた。
ササキは”気”を練って痛みをわずかばかり和らげながら考えた。
自分は間違ったことは言っていなかったはずだ。仮に間違っていたとしたら何が間違っていたんだ?
タロウが瘴気にのまれて堕ちてしまえばどうなるか。少し考えればわかることではないか。それを防ぐために実戦に慣れさせて心身共に鍛える。これのどこが悪いんだ。
所長は大事なことを思い出させると言っていた。大事なこととはなんだ。この痛みのことか?それとも年長者には、実力が上のものには逆らうなということか?そんなわけない。ではなんだ?
結果に囚われるなと言っていた。なぜだ。大事なのは結果だろうに。何も守れずに死ぬ?なぜだ。結果を求めると何も守れずに死ぬと?それはどういうことだ?
何も分からない。なぜ分からないんだろう?思い出させるということはわたしも以前には分かっていたということ。しかし何も思い出せないし分からない。
もっとよく考えろ。所長は尊敬に値する人物だ。その所長がいい加減なことを言う訳がない。間違っているのはわたしのはずだ。所長が何と言っていたかもっとよく考えるんだ。
ササキは次の日の朝に助け出され治療を受けた。そして数日して体が回復したあとガモウを訪ね”ご指導頂きましたがよく分かりませんでした”と言った。
「それでもいい。考え続けなさい」
ガモウはそうこたえてササキの肩に手を置いた。ササキはその時ふと何かを思い出せそうな気がしたが、それが何か分からなかった。




