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第32話

夏休みが終わった。学校が始まり退屈な授業が子供達を新たな日常に捕らえた。昨日までの自由を失った子供達は夏休み中の話題で盛り上がり、真っ黒に日焼けした友達の顔を見て笑っていた。


「太郎君、おはよう」


「絵里ちゃん、おはよう」


絵里は久しぶりに会った太郎を見て明るく笑った。随分長い間会ってなかった気がするが昨日別れたばかりのような気もする。”変な感じ”と思いながら夏休みの間の出来事を話したりした。


太郎はふと視線を感じた。山田がこちらを見ていた。太郎が目を向けると山田は慌てたように目線を逸らした。


「太郎君どうしたの?」


「ううん。なんでもない」


山田に対して太郎は何とも思わなかった。公園での出来事を一瞬思い出しただけだ。


「山田君に何か言われた?」


しかし絵里は太郎の目線の先を追って聞いてきた。


「ううん。なんでもないよ。ただ見てただけ」


「そう?なにかあったら言ってね?」


絵里は少し心配そうな声で太郎にそう言った。太郎は”うん”とだけ返してぼーっとし始めた。その太郎の様子に絵里は嬉しくなった。”やっぱり太郎君ね”そう思った。


しかし何日か経つと絵里はすぐ違和感を覚えた。夏休み前と後で太郎が変わってしまった気がした。どこが変わったのかは分からないが変わったのは間違いない。絵里は友達にも聞いてみたが納得できる答えは出なかった。


「太郎君。私たち来週の土曜日遊園地行くんだけど、太郎君も一緒に行かない?」


ある日太郎は絵里に遊園地へ行こうと誘われた。友達数人で一緒に行こうと言うのだ。絵里の母親が連れて行ってくれるらしい。


「ごめん絵里ちゃん。ぼく土曜日は習い事があるんだ」


「え?太郎君習い事なんかやってたの?知らなかった。何やってるの?」


「うん。陸上競技って知ってる?100メートル走とか。そういうのやってる」


「へー!太郎君足速いもんね。そうだったんだ」


太郎は嘘をついた。施設で何をやっているか他人に教えるのは禁止されていた。絵里もまさか太郎が引っ叩かれながら地獄の特訓をしているとは思わない。太郎の言うことを素直に信じた。


「じゃあ次は日曜日にするから一緒に行こうね」


「うん。ありがとう」


絵里は残念だったが気を取り直して友達との会話に戻っていった。太郎はひとりになるとまたぼーっとピカピカを眺めた。ベルは花を探しに校庭の花壇に行っていた。





気が付けば蒸し暑い夏が終わろうとしていた。セミの鳴き声が聞こえなくなったと思えば落ち葉が目立つようになっていた。


太郎は施設に到着すると着替えて体育館に向かう。本日の訓練は気の制御だ。これまでにも何度かやったことがあった。


体育館で待っているとササキが現れた。


「よし、始めるぞ!今日も基礎訓練だ。気を取り込み自分の気を練り込め。よし解放しろ。練り込め。解放。練り込め。解放。練り込め・・・・」


気を纏っては解放し纏っては解放し、を数十分続けたあとに次の訓練が始まる。


「次だ。前回やったように全身の気を右手に集中させろ。はじめ!」


子供たちは眉間にしわを寄せながら右手に気を移動させようとするが、途中で気が弾けてしまう子、右手まで移動してもそのまま維持できない子などなかなかうまくいかない。


長い子では1年以上続けている訓練のため、まったく移動させることが出来ないという子はいなかったが、ササキはそんな子供達を叱りつける。


「集中しろ!正確に気を捉えろ!難しいことじゃない!遅い!ダイチ、来い!」


パチン!と音がした。ダイチが叩かれた。しかしそのことに反応する余裕のある子はいない。いや、ひとりいた。太郎だ。


太郎は簡単に右手にピカピカを移動させた。それだけだとすぐに終わってしまうのでまたピカピカを取り込んで右手に送っていく。それを何度も何度も繰り返した。


「タロー!いいこと思いついたわ。それで花火を作ってちょうだい。この前見たやつあるでしょ?ああいう風にパーンッ!ってピカピカちゃんを咲かせるのよ!キャハハ!ねぇ、いいでしょ?わたし見たい!」


「いいのかな?ササキ先生に怒られないかな?」


「ダメに決まってるだろ!タロウ!お前はまた!」


太郎はいきなり思いっきりビンタされて2メートル程吹っ飛んだ。右手にピカピカを集中させていたので頬の防御が薄かったからいつもより余計に飛んだ。


くらくらする頭のまま太郎はすぐ跳ね起きた。もはやこの程度で泣く太郎ではなくなっていた。それどころかすぐに起き上がって”すみませんでした!”と叫んだ。


「タロウ!先ほどの右手で攻撃すれば人はどうなる!」


「死にます!」


「そうだ!お前は人を殺したいのか!」


「いいえ!殺したくありません!」


「だったら言われたことだけやれ!出来るからと言って勝手なことをするな!いつかお前は人を殺してしまうぞ!」


「はい!すみませんでした!」


ササキは太郎の返事を聞いてベルを見た。妖精は我関せずという態度で浮いていた。ササキはいよいよこのままではまずいぞと思っていた。太郎の力が日に日に伸びている。


それ自体は歓迎すべきことだがいくらなんでも早すぎる。所詮訓練を開始したばかりの子供だから現在の太郎を力で無理やり押さえつけることは簡単だ。


しかしそれはササキだからこその話だ。あの力を一般社会で使ってしまえば先ほど言ったように人が死ぬ。そんな力を小1の子供が持っている。


同世代の子供達と一緒に訓練させるのはそろそろ厳しいかもしれない。ガモウ老人に話して上の世代に合流させようか。いや、しかしそれでは基礎能力が、なにより道徳観や倫理観の教育が追いつかなくなる。


ササキは太郎を見ながらしばらく悩んでいた。


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