第28話
守秘義務について念入りに注意を受けてからガモウ老人による話が始まった。
「さてまずは私の立場といいますか、何者なのかということをお話しましょう。それが太郎君には一番分かりやすいでしょうから。先ほども申し上げた通り私はここの責任者です。ここというのはまぁ立入禁止エリアだと思ってください。そしてもう一つ仕事がありまして、それは清掃部門の所長ですな。太郎君、分かるかな?清掃っていうのはお掃除のことだよ」
ガモウ老人はそう言って顎鬚をしごきなら柔和な笑みを浮かべた。太郎は大人しくうなずいた。
「清掃部門の業務内容ですが、ひとつは一般的に言う清掃です。ゴミを捨てたり床を磨いたりというあれですな。そしてもうひとつが”瘴気”と呼ばれるものを処理する仕事です。これからお話するのはそっちのお話です。なぁ太郎君・・・これが見えるだろう?」
ガモウ老人は人差し指に集めたピカピカを水鉄砲のように発射して見せた。
「うん。見える」
太郎は笑顔でそう答えた。川で会った人もピカピカが見えていたようだがすぐにどこかへ行ってしまった。しかし目の前の老人は色々教えてくれそうだ。太郎の好奇心は一気に高まった。
一方太郎の両親には太郎が見ているものが見えない。ガモウ老人と太郎のやり取りをただ黙ってみているしかない歯がゆい時間が続く。
ガモウ老人はピカピカを集めて固めたものをまた太郎に見せた。
「これは何に見えるかな?」
「うーん。丸?」
「うんうん。ではこれは?」
「えっと、えっと、ハト?」
「そうだね。うん、正解だ。ご両親、確かに太郎君は普通の人には見えないものが見えている。我々はこれを”気”と呼んでいます。元気の気の字ですな。もうご理解いただけたと思いますが私もこっちのササキも太郎君が見ているものと同じものが見えるんですよ。太郎君、わしらが何者か分かったかな?」
「うん!ピカピカが見える人でしょ!」
「ピカピカか。ハッハッハッ。そうだそうだ」
ガモウ老人は声を上げて嬉しそうに笑った。ササキはずっと無表情のままだったがこの時少しだけ笑みを浮かべた。太郎はそれを見て気持ちが軽くなった。
「さて、この気というものが何なのか?とか他に見える人がどれだけいるのか?とかなぜ見えるのか?とか色々ご質問はあると思いますが、ここではお答えできません。これは意地悪で言っているのではなくて私たちにも守秘義務がありましてな。いくら当事者のご両親でもお伝えできることはそう多くないのです。それでは話を戻しましょう。先ほど言った瘴気というやつですな」
ガモウ老人の説明では瘴気とは簡単に言えば”悪い気”のことで、それが人に害を与えると言う。瘴気を処理するためには、当然それが見えた方が都合がよい。そこで我々は瘴気が見えるものを集め、瘴気を処理するための訓練をしている。
「それで太郎君にはこちらに来てもらった訳です」
ガモウ老人はそう言ってお茶をすすった。太郎の両親はいよいよ怪しさを増してきた話に困惑しながらも太郎のためにと質問を始めた。
「その瘴気とかいうものは、私が川で襲われた・・・ご存じですか?・・・あぁよかった。あの水みたいなもののことですか?」
「ええ、そう考えてもらって結構ですよ」
「あなた方はそれを処理するお仕事をされている。川で会った方は・・・」
「はい。私どもの職員ですな」
「なるほど。それでその・・・気というものが見える人間を集めているということですが、太郎がそれを、いえ太郎をどうするつもりでしょうか?失礼ですが、ちょっと・・・いまお聞きしたお話が私たちにはちょっと・・・」
「胡散臭いでしょう?ハッハッハッ。そうでしょうとも。そう思うのが当然のことですなぁ。さて太郎君についてですが、いくつもの選択肢がありますが、大まかに言うと2つですな。ひとつはここで訓練を受けるというもの。もうひとつは”気”を見えなくする処置をして今まで通りの生活をすること。この辺りは事前にご両親にもお話があったと思いますが」
「はい。川で会った方に伺いました。なんでもこのままでは太郎に危険が及ぶ可能性が高いとかで・・・それは先ほど仰っていた瘴気とかいうもののことでしょうか?」
「ええ。見える人間はとりわけ危険が高いのです」
「見えなくする処置というものをすれば危険は無くなるんでしょうか?」
「全くゼロになるという保証は出来ません。旦那さんも川では襲われたでしょう?ああいったことに遭遇する可能性は誰にでもあります。ただしその可能性が今と比べて極めて低くなることは間違いありません」
太郎の両親はお互いを見つめて頷いた。言葉を交わす必要もないほど意見は一致している。太郎の父親はガモウ老人にこう言った。
「それでは太郎に・・・その”気”というものが見えなくなるような処置を・・・危険や後遺症とか無いんですよね?・・・はい・・・でしたらそちらでお願いします!」
このとき太郎の両親は自分達が事前に決めていたことをすっかり忘れていた。ここに来るまでは”太郎の意見を聞いてそれを尊重しよう”と決めていたはずなのに。
しかし太郎に危険が及ぶことを考えれば両親がとる選択肢は他に考えられなかった。人の親ならそれが当然かもしれない。危険を回避する道があると分かっているのに、わざわざ我が子を危険な迷路に放り込む親がいるだろうか?
しかしそこで強烈な怒気が放たれた。太郎である。




