第26話
風もないのに空気が震えているようだった。太郎の髪の毛、着ている服が揺れいているようだった。それが太郎の怒りをあらわしているようだった。太郎を囲んだ子供達にはそう見えた。
「お、おい!」
上級生のひとりは強がって太郎に呼びかけてみたもののその声は上ずっていた。上級生のもうひとりはすでに腰が引けている。クラスメイトの3人は蛇に睨まれた蛙状態。
太郎は黙って立っているだけなのに、太郎を囲んだ5人はなぜか強い圧迫感を覚え困惑した。その原因はどう考えても目の前にいる太郎だと感じていた。
その間にも太郎は無言でピカピカを取り込み続け、鎧のように重ねて纏っていった。そこへベルから待ったの声がかかった。
「タロー、ダメよ!やめて!」
太郎はその声でハッとなった。
「あれ?」
太郎は自分が何をしていたのか気が付いて真っ青になった。”僕はなんでピカピカをこんなに集めたんだろう?こんな状態で何かしたらとても危ないのに”
太郎はピカピカを何重にも纏った時の運動能力を知っていた。これでケンカなんかしたら相手にひどい怪我をさせてしまうと分かっていた。ベルからあらかじめ注意もされていて気を付けていたはずなのに。
声をかけてくれたベルに心の内で感謝した。そして深呼吸してから笑った。きっかけが何であれピカピカの重ねが上手くいって嬉しくなったのだ。先ほどまでの泣きそうな気持ちはとっくに無くなっていた。
上級生の2人は急に笑った太郎を見て逃げ出した。怖くなったのである。それを見た太郎は”よかった”と言って家に向かって歩き出した。
残されたクラスメイトの3人は自分達を無視して歩き出した太郎を黙って目で追った。視界から太郎が消えたあと、3人は目を合わせて今の出来事を話し合った。
「とにかく太郎はやばい」
それが3人の出した総括だった。
家への帰り道、太郎とベルは今後の計画を話し合った。
「タロー。これからはもっと心を鍛えよう!分かった?さっきみたいなことが無くなるようにそういう修行をするのよ?はい、これ決定ね!あと帰ったら甘い物ちょうだい?わたしが助けたんだもん。ね?いいでしょ?」
「うん。そうだね。ありがとうベル。心かぁ。ぼく、できるかな?」
「あったりまえよ?わたしもいるじゃない。それに思い出して。ピカピカちゃんはしっかりタローを守ってくれたわ。上手くできたじゃない」
「うん。なんか出来た!」
「ね?いけるいける!わたしには見える!タロー、わたしに付いてくるのよ!一緒にがんばろう!」
「おー」
「おー!キャハハハ!楽しいね!」
「うん。あっ!同じクラスの人忘れた」
「え?だれ?さっきの子?そんなのいいわ。帰ろう帰ろう!わたしお腹空いちゃった!」
家に帰った太郎はいつもと同じように過ごした。ご飯を食べて、少し勉強して、ピカピカを眺めて、ベルと喋って。
公園であったことは母親に話さなかった。特に理由があったわけではない。敢えて言うなら太郎が”男の子”だからだろう。
夕方父親が帰ってきて太郎を呼んだ。母親は太郎を横に座らせた。ふたりとも表情が硬い。その顔を見て不安になる太郎に父親は言った。
「太郎、急だけど明日から習い事に行くよ。ママと一緒に考えて太郎に必要だと考えたんだ。まずは見学だけど行ってみよう。分かった?」
「うん。習い事ってなに?塾?」
「太郎は人には見えないものが見えるんだろう?そこには太郎と同じように見えないものが見える人達がいるって聞いたんだよ。そこでお友達と一緒に勉強するんだ」
「え?」
太郎は混乱した。”ピカピカのことは誰にも喋っていないのになぜパパが知ってるんだろう?”と。
「パパとママは太郎のためを思って決めたんだ。けど太郎が嫌ならやめてもいいと思ってる。太郎はどうしたい?」
僕のため?嫌ならやめてもいい?太郎は両親の顔を見た。さっきと同じように表情が硬い。怒っているのかな?嫌だと言ったらどうなるんだろう?
太郎はベルと相談したかったが両親の前ではできない。太郎は黙ってうつむいた。
「太郎!なんとか言いなさい!嫌なら嫌と言えばいいんだから!」
いつもは優しい父親の大声に太郎はビクッと震えた。
「大きな声出さないで!それじゃ太郎ちゃんが決められないでしょ!」
そういう母親も大きな声を出した。太郎は訳が分からなくなった。ただ自分のせいだと考えた。自分が何か悪いことをしたから怒っているのだと思った。でなければパパとママが大きい声を出すはずないのだから。
太郎の父親も母親も当然太郎に対して怒っていない。父親は自身の今までの不甲斐なさと焦りを太郎にぶつけてしまったのだ。いわゆる逆ギレというやつだ。父親はすぐ失敗に気づいて自分を責めた。
母親はそんな父親に落ち着いてという意味も込めて注意したが、それが太郎にはケンカしているように見えた。
太郎の両親はもう立派な大人とはいえ、誰もがそうであるように完璧な人間ではない。子供にとって親は絶対だとしても、その親は聖人君子でも神でもない。間違いや失敗だって当然ある。
しかしそれも”全ては我が子のため”そう思ってのことに違いない。いまはその思いがすれ違ってしまったのだろう。
太郎ももう少し齢を重ねれば理解できるだろうことだが、幼い太郎には自分が怒られているとしか思えなかった。
「いくよ。習い事。いけばいいんでしょ!」
太郎はそれだけ言って自分の部屋へ走った。両親がなぜピカピカのことを知っているのかなんてことはどうでもよかった。ただすごく悲しくて、何かが我慢できなかったのだ。
直ぐに両親が太郎を慰めに来たが太郎は見向きもしなかった。
「僕のはなしなんて聞かないんでしょ!」
そういって太郎は泣いた。両親は大きな衝撃を受けた。父親はまたカッと頭に血が上ったが悪いのは自分だとうなだれた。母親は涙を流して太郎に謝った。
ベルは太郎の傍で悲しそうにしていた。




