第19話
早朝目が覚めた太郎は夜に見た夢の強烈な印象に引きずられて恐怖の感情が蘇った。もう一度寝ようとするも眠れる気がしなかった。布団の中でもぞもぞしていると母親が目を覚ました。
「太郎ちゃん。起きたの?」
「うん」
「昨日は怖い夢見たの?」
「うん」
「もう大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「本当に大丈夫?」
「うん」
大丈夫ではない。本当は怖かった。外に出て空に渦巻くピカピカを見るのが怖かった。でも母親に夢の話をしても意味がないと思った。ましてピカピカのことを言っても余計な心配をさせるだけだと頭を振った。
そのまま太郎は夢のことを考えた。思い出したくないのに夢の光景が頭に浮かんでくる。木が燃えていた。家が燃えていた。たくさんの人が倒れて、死んでいた。そして怖いあの女の人。見た瞬間に敵だと思ったあの人は誰だろう?
「夢なんだから」
”夢なんだから関係ない”太郎は頭の上に浮かんでいるピカピカ団子をじっと見た。そして部屋に漂っている普通のピカピカを見まわした。
暫くそうしていると太郎の心は落ち着いてきた。大きく息を吸い込むと布団から跳ね起きて、外に出たいと言って母親を急かした。
庭に出たふたりは肌寒い朝の空気を浴びて近くに見える山を眺めた。
「太郎ちゃん。今日はおじいちゃんが川に連れて行ってくれるって」
「川!早く行きたい」
太郎は母親と話をしながら恐々と空を見た。そこには昨日と同じピカピカの渦巻きがあった。すぐに視線を反らし見ないようにした。
朝食を食べ終えると太郎と父、祖父の3人で川遊びに出かけた。川につくと祖父が川遊びの注意点を教えてくれた。まだ10時なのにもう蒸し暑い。太郎はすぐに靴を履いたまま川に入った。
透き通った冷たい水に手足を浸して楽しそうに遊んでいる太郎を見ながら父親と祖父は河原の石に腰かけて話をしていた。
「昨日は悪かったな。俺ももう少し話し方を考えればよかった」
「なんだよ、そんなことないよ。太郎のことを考えくれてなんだからいいよ。まだ嫁には話せてないからどうするか何も決めてないけどな」
「そうだな。焦る必要はないだろう」
「でもさ。昨日の話って・・・ちょっと信じられないよ。今の時代に仙気って。妖怪とかそういう話みたいでさ。もちろんおやじをバカにしてるんじゃないよ。でもそんなの聞いたことない。アニメとかマンガの話じゃないかもう」
「俺だって最後のところでは信じ切れてはいないんだ。おやじが見せてくれたものがあっただけお前より身近に感じられるだけだ」
「その・・・光ったってやつの話?」
「おやじはほとんど何も教えてはくれなかった。光を見たのも一度だけ。だが普段の生活でまぶしそうに目をすぼめるおやじの姿はよく憶えてる。ずっとただの癖だと思ってた」
「うん」
「太郎は運動がすごく得意だと言ったな?」
「あぁそうだよ。俺も一度走ってるところを見たけどものすごかったよ。キャッチボールも上手い」
「おやじも不思議に力持ちだった。華奢な体格だったんだが」
「そんなの普通にあることだろ」
「そうだ。俺は思い出したことを話してるだけだ。何か関係があれば・・・ってな。焦る気持ちも分かるが・・・おいっ!」
祖父は突然立ち上がると川を指さして大声を上げた。父親もすぐに目を向けた。ふたりは血相を変えて立ち上がり走り出した。
川では太郎が溺れていた。水のなかで寝転ぶようにじだばたしている。父親はすぐに駆けつけて太郎の体を力任せに持ち上げた。
だが完全には持ち上がらなかった。水が太郎の体に縄のように絡みついて太郎を川へ戻そうとしているようだった。
「なんだよこれ!」
父親は太郎を河原に連れようと必死に力むが力が足りなかった。そこへ祖父も加わり太郎を引っ張った。それでもまだ重い。しかし一瞬だけ水が引いた。ふたりは力を振り絞った。
大人ふたりがかりでやっとのこと太郎を河原に移動させることが出来た。助け出された太郎はぐったりとしているが息はあった。
「親父!水が!」
「おぉ」
休んでいる暇はなかった。くねくねと地を這って水が迫ってきたのだ。まるで蛇のように見える。あまりの気味の悪さに父親と祖父は戦慄した。
「逃げるぞ!」
父親は太郎は抱えて走り出したが、追いかけてきた水はすごい速さで父親の足にまとわりついた。太郎を抱えたまま父親は転んでしまう。
「親父!太郎を!」
父親は太郎を連れて逃げろと叫んだ。しかし祖父が駆け寄る前に水は太郎に絡みついた。祖父はそれでもふたりを助けようと水に手をかけたが、びくともしない。
「なんだこれは!水じゃないのか!」
祖父は恐怖も忘れて手で水を打った。足元の石を握りこんで水を打った。だが無駄だった。このままではふたりが危ない。
「誰か!誰か!」
祖父は叫んだ。誰もいないことは分かっているが叫ばずにはいられなかった。
「おう!」
「いま!」
声が聞こえた。ふたりの人間が土手から駆け下りてきてあっという間に恐ろしい水を始末した。太郎と父親は助かった。祖父は静かに涙を流した。




