泣声2
スズside
「ホンット、ナーンモないのね」
私は完全に廃村と化した村を見回した。
船に乗って大きく移動したからか、それともシャルが目立たなくなったからか。
どちらにせよ、あの後大きな障害もなく、私達は目的の村に辿り着いた。
シャルからすれば戻ってきたとするのが正しいのかもしれない。
廃村と呼ぶにも相応しい、なんとも閑散とした雰囲気だ。
広い空き地に時々住居が立ち並び、それすらも遠目からでも朽ちているのが分かる。
地面からは雑草やらなんやらがのび放題って感じで、とても集落であったとは思えない。
ちょっと人が住まなくなるだけで、こんなになるものかと、ある種の感動を覚える。
「それで、ラル様の研究室は何処なんだい?」
物珍しく視線を動かしていると、何故だか私に訊ねてきた。
私は訳が分からず、とぼけた視線を送る。
それを見てサニャは呆れたように首を振った。
「元々、ラル様から研究の成果を受け取りに来たのは君だろう?」
「アー……、ソーいやソーだったわね」
そもそも大雑把にしか場所を把握してなかったのよね。
人も大した数が住んでないから、適当に聞いて回れば見つかるだろうと思っていたのだ。
しかも途中で引き返したから、正確な場所なんて今更覚えてる筈もなかった。
「まさか覚えてないわけ? 使えないわね」
「ウッサイわ! そもそもオマエのせいで引き返すハメになったんでショ!」
「えっと、ごめんなさい」
牛女に食って掛かると、知ったことかと言わんばかりに視線を背ける。
その代わりとばかりに、シャルが気まずそうに頭を下げた。
「あ、アンタは良いのよ。アヤマんなくて」
「でも……」
「イーの! ガキが変な気を使うなってイツモ言ってるデショ」
私が無理矢理言いくるめると、シャルは肩を落として頷いた。
ちょっと強く言いすぎたかな? でもこの子、変に気を使いすぎなのよね。
いやでもガキは余計だったかな。
私が自分の対応を反芻してると後ろで小バカにした笑声が聞こえる。
「お優しい事で」
「オマエね。子供にアヤマらせてんじゃないワヨ」
「お前が勝手に怒ってるだけでしょう?」
「まぁまぁお二人とも、それよりもやることがありましょう?」
食って掛かる私の間にセンリンが入り、宥める。
二人揃って鼻を鳴らし、取敢えず場が収まった。
いつの間にかお馴染みの光景になりつつある。
「人もいないんじゃ仕方ない、手分けして探しましょうか」
「野生の動物の溜まり場になってるかもしれないし、シャルに誰かついた方が良くないかい?」
「そうね、センリン。お前がついてやりなさい」
「はぁ、構いませんがモーさんの方が良いのでは?」
「私はこいつのお守りをするわ」
そう言ってソーラをつまみ上げる。
なんだかんだ言って面倒見が良いんだから。
ソーラは体を吊られながらも、シャルについていくと駄々をこねる。
しかし、それを無視して肩に担いだ。
「じゃあ任せるわよ」
「はい。気を付けます」
センリンは背筋を伸ばして、牛女に頭を下げた。
こいつって意外とセンリンを信用してるわよね。
まぁ、後ろに顔の見える私達に比べれば当然か。
「サニャは一人で大丈夫?」
「気持ちは嬉しいけれど平気だよ」
そんな中、シャルがサニャへ心配そうに訊ねる。
彼女は小さく微笑んで、シャルの頭を撫でた。
こいつはこいつで最近サニャの事を心配しすぎだ。
当の本人も満更でもなさそうだし、自分の仕事分かってんのかしらね。
「ンジャ、ワタシはこっち行くから、他はヨロシクねー」
なんだか面白くない気分になり、私はさっさと背を向けて歩き出した。
という訳で、寂れた村を探し回っているんだけど。
目印も住人もいない訳で、わざわざ目についた家に入って確かめなきゃならない。
元々は山を越えた町に大半が移住したという経緯なので、住居の数自体は存外多い。
何かに使う訳でもないから、そりゃわざわざ取り壊しもしないわよね。
長い間放置されているだけあって、大体の家は埃やらカビの臭いが物凄い。
正直、体悪くしそうで勘弁願いたい。
さっさと終わらせたい気分だ。
「アー、なんかノドがキモチワルイ」
私は顔をしかめて喉元に手をやった。
ふと、ひんやりとした感触が伝わってくる。
チョーカーに付いたベルだった。
「フフン♪」
私はそいつを指で弄びながら、自分でも判るほどご機嫌な声を上げた。
まさか贈物を貰うなんて思いもしなかった。
実際あの後、新調しようか悩んでいたし色々と丁度良い。
揺れるベルからは音は鳴らない。
基本的に魔法を使ってベルを鳴らしているから、中の振子部分は抜いてあるのだ。
捨てるのも勿体なく、未だ取ってある。
後でアクセサリーにでもしようかな?
そんな事を考えていると、さっさとこんな詰まらない作業を終わらせたい気持ちになってきた。
さーて、ちゃっちゃと回っちゃいますかね。
幾つかの家を見て回っていると、ふと人の気配が感じられた。
最初はそんな広い村でもないし、他の奴らと鉢合わせかとも思ったけど何やら人数が多い。
少なくとも五人よりは多い。
私は警戒しながら忍足で気配のする方向へと足を向ける。
そこには、とある住居の前で数人が出入りを繰り返していた。
家の中から何かを運び出しては、近くに停めてある馬車へと積み込んでいる。
見た所全てが女性であり、見覚えのある顔ばかりだ。
その集団の中でも、一人の女性に目が移る。
一人だけ戦場に出るかのような仰々しい鎧を着込んだ短髪の女性。
金色の猫科を思わせ獣耳に鋭い目つきに違わず、他の者に猛々しく指示を送っている。
見間違えるはずも無い、彼女は私達第三騎士団副団長、ライラ・ビーソンであった。




