泣声3
「ライラ副団長!」
私の声に彼女は視線を外すと、驚きの顔色を見せた。
私は駆足で彼女の前まで近寄ると、足を揃えて背筋を伸ばした。
「スズではないか、確か検体と共に行動している筈では」
「いや、えぇっと、チョット諸事情でベツコードーを」
「ふむそうか。まぁサニャも付いているし問題はないか」
私の言葉にライラ様は顎に手を当てて考え込む仕草をした。
別行動と言うと、まるでここには来てない様に聞こえそうだと思った。
だけど私はあえて説明は補足しなかった。
別に嘘を付いている訳じゃないんだし、いいわよね。
「ライラ様はここで何を?」
「ん? あぁ、ラル様の研究所に少しな」
そういうと首を後ろに向ける。
視線の先には複数の同僚達が家から荷物を馬車へ積み込んでいた。
数としては十人程度、引越しにしては結構な数ね。
「研究に関するものを屋敷へ持ち帰るよう言われてな」
あまり気が乗らないか、ライラ様は胸の辺りで腕を組んでボヤいた。
まぁ仮にも武力集団が、それなりの人員を割いてやる事が荷物の運び出しだ。
気持ちはわからないでもない。
「とはいえ、この研究を邪魔立てする輩もいるしな。あまり油断もできんが」
そう言うと、彼女は気を引き締めたかのように、表情に力を込める。
仰々しい鎧も相まって、威風溢れる姿だった。
成程、だから数が多いのか。
ふと、私の頭に先程とは別の考えが思い浮かんだ。
もしかして、今って物凄いチャンスなんじゃない?
思いもかけずに、騎士団の仲間達とはち合わせた。
加えてここは他に人気のない廃村。
そして幸運にも、全員が分散して行動している。
シャルにはセンリンが付いているのが厄介ではある。
けれど、身内に甘いあいつなら、私が上手いこと隙をつけるかもしれない。
流石に本格的な実行に移ればサニャだって手を貸さざるを得ない筈……多分。
後はライラ様と合流して屋敷に帰ればいい。
これだけの人数に私とサニャも加われば、流石に迂闊に手も出せまい。
何よりライラ様なら、あいつらを相手に引けは取らないだろう。
突如として現れる好機に私の心臓は痛い位に高鳴っていた。
口の中が異様に渇く。
今ライラ様に一言するだけで、あいつらとの付き合いも終わりだ。
唾を飲み込む、だけども肝心の声が出ない。
言え! それだけで任務は終わるんだから。
それであいつは――
「ふむ。しかし丁度良かった」
私が言い淀んでいると、ライラ様が先に口を開いた。
丁度良いという言葉にドキリとする。
な、何が? もしかしてシャルがここに居るのがバレている?
マズイ、いや違う、手間が省けただろう。筈だ。
何故だか先程よりも煩くなった鼓動を尻目にライラ様は口を開いた。
「貴様達には帰投命令が出ていてな」
「えっ? キトウって、任務シューリョーって事ですか」
「そう言う事だな。次の連絡でペルシア様から説明される筈だが、私が言っても良いだろう」
予想外の言葉に私は拍子抜けした。
任務終了……シャルを捕らえていないのに?
つまり諦めたって事? 無罪放免? 本当に?
未だに信じられない気持ちの私に、ライラ様がさらに続けて口を開く。
「と言うわけで、折りを見てサニャと共に屋敷に戻る準備を進めて置くんだな」
「え、あ、ハイ」
その言葉を聞いて、ようやく現実感が湧いてくる。
私は背筋を伸ばして返事をした。
そうか、本当なんだ。
これでアイツも晴れて自由の身なんだ。
私の心は途端に晴れ渡ったかのように明るくなっていく。
今ならなんでもできる気分だ。
「宜しい。では隙を見て目標を処分したのち、帰投せよ」
「ハイ! ……え?」
反射で返事をし、私は直ぐに疑問の声を上げた。
今、何て言った?
ショブン?
「ら、ライラ様。ショブン、と言うのは?」
「ん? 言葉のままだが。あれは用済みなので殺処分だ。それで貴様達の任は終了だ」
当然の様にライラ様は行った。
殺処分、殺すって事?
え、誰が? ……何を?
「え、ダッテアイツは、貴重なケンキューシリョーで、え?」
「あぁそういえば、貴様達は聞いていなかったのだな」
ライラ様は戸惑う私に得心して手を叩いた。
何よ、何が聞いてないのよ。
「実は数日前、捕えられていたラル様の救出に成功したのだ」
「ラル様のキューシュツに」
私はか細い声で言葉を復唱する。
ライラ様をそれを無視してさらに続けた。
「つまり研究材料には事欠かなくなったという訳だ」
「で、デモ、ソノ、サンプルは多い方が……」
「まぁ確かにペルシア様も解剖はしたがっていたが、手間を考えればな」
解剖? 体を切り開くってこと?
そんな事したら死んじゃうじゃない。
頭がグルグルと回る。
何、どういうこと?
つまり、どちらにしろシャルは死ぬしか無いって事?
だいたい殺すって、どうすれば?
そんなの簡単じゃない。
いつもみたいに無警戒で近づいて来た所を、斬るなり刺すなりすれば良いだけだ。
いや、それすら必要ない。
あんな脆い体、素手でだって引き千切れる。
だから誰が! 何を!!
「」
ライラ様がまだ何かを喋っていた。
だけど私の頭の中には何も入ってはこない。
代わりに聞こえるのは泣声だ。
あの時、王都で聞いたシャルの泣声。
そして映るのは、この前の地面に横たわるアイツの姿。
地面に叩きつかれてピクリとも動かない。
だけどそれなのに泣声が止むことがない。
私が危害を加えたら、アイツはまたあんな声を上げるのだろうか。
あんな風に今度こそ動かなくなってしまうんだろうか。
頭が痛い、眩暈がする。
でも仕事なんだし、やるしかない。
ふと、照れ臭そうに私へチョーカーを渡すあいつの姿が脳裏を過った。
私はゆっくりと首元のベルを握りしめる。
「出来ません」
「何?」
私がポツリと呟いた言葉に、ライラ様は耳聡く聞き返す。
あぁ何言ってんだろう。
わざわざ言う事なんてないのに。
だけど私の口は止まる事はなかった。
「ワタシにはアイツを殺せません。シタく、ありません」
「ほぉ?」
ライラ様は驚くほど冷淡な声と視線を私に向ける。
「ソノ、ホラ、アイツ案外いい子なんですよ。チョット優しくしたらカンタンに懐いて、我儘だってアンマリ言いませんし、知らないバショに来て不安なハズなのにナキゴトも言わなくて、戦いだって、コワイクセに役に立とうとイッショーケンメーで、弱っちいのに。最近だって自分のショウタイ知って不安なクセに逆に人を気付かったりして、ダカラ――」
もう私は自分でも何を言ってるのか分からなかった。
どんな顔してどんな声で喋っているのかも。
ただ必死に、こんな下らない事でも、訴えればアイツは死なずに済むんじゃないか。
有りもしない藁にすらすがるほど、私は混乱していた。
「わかったよスズ」
そんな私の戯言をライラ様は笑顔で止めた。
先程とは対照的な人懐こい笑顔。
私はそれを呆けたように眺めていた。
「ペルシア様も危惧していた。情にほだされるんじゃないかとな。まぁ、仕方ない」
彼女は溜息をつくと、ゆっくりと腰の剣を抜いた。
私はそれを見て、彼女の意図を察した。
でも動くことも出来なかった。
だって全部、自分が悪いんだから。
『あんまり期待しない方がいいと思うよ』
それが振り下ろされた時。
私はようやくあの言葉の意味を理解した。




