泣声1
「ふぅ、やっと着いた」
船から降りると僕は安堵の息を吐く。
以前は乗ってそうそうに酔ってしまい酷い目にあった。
なので今回もちょっと怖々とした思いで船に乗っていた。
その甲斐あってなのか、今回は何事もなく船を降りることが出来た。
「フフ、良かったわね。コンカイはお腹がカラッポにならないで」
「うぅ、うるさいなぁ。僕だって気にしてるんだよ」
「そうね。具合を悪くすると誰かさんが煩くて仕方がない物ね」
シスターの言葉にスズさんは舌打ちをして睨みつける。
彼女は抗議の視線を物ともせず、口笛交じりで前を歩いていた。
僕は二人の様子に苦笑いを浮かべながら、視界の端に映る耳を思わず指で弄んだ。
結局耳は、どちらにも関係ない物にして一応の決着がついた。
垂れた犬型の耳が僕の頭に生えていた。
機能も付いていない完全な飾りで、正直言えば、幼児が付ける装飾品みたいで恥ずかしい。
やろうと思えば聴覚としての機能も付ける事は出来る。
だけど、ついている場所に違いがある所為かイマイチ接続の勝手が分かり辛かった。
改めて、独立した個体と離れて感覚を共有させているソーラは凄いのだと感心してしまう。
「シャルル、さっきから耳弄り過ぎよ。変に思われるわ」
「ご、ごめん。なんか違和感があって」
歩くたびに獣耳が揺れて、頭に微かな振動が送られてくる。
どうにも馴れない感覚の所為か、ついつい気にしてしまっていた。
型取りが楽だから垂れたタイプにしたけれどそれも失敗だった。
視界の端でゆらゆら揺れているのも落ち着かない。
「まぁ、直に馴れるよ」
揺れる耳を抑える僕を見て、笑いながらサニャが言った。
彼女自身、獣耳が付いてないので、それなりに気持ちが分かるのかもしれなかった。
町中を歩いてるとなんだか不思議な気分だ。
ここは王都に向かう時に船に乗った港町。
今までは何処に行くにも知らない土地でしかなかった。
けどここは一度来て記憶にある場所だ。
既に見知った場所にやってくる、というのはこの世界では初めての事だ。
その為か、見た事ある景色なのに何処か新鮮に映ってそれが不思議だった。
こうして見ると、やはり流通経路なだけあってそれなりに栄えているのが分かる。
特にこの地方は、陸路で言えば王都から一番遠い位置にあるらしい。
言ってしまえば物流はかなり船に頼っているという事だ。
その為か、他の港町に比べても物資の集中が激しく感じる。
食品に限らず、色々な物が屋台で売られていた。
以前は皆について行くだけでやっとだった。
だけど、ようやくそういった周囲の景色を見る余裕が生まれてきたのだと自分でも思う。
ふと、僕の視界に一つの屋台が目に留まる。
恐らくアクセサリーを売っている様な所だろう。
僕はその中の商品の一つが目に入り、思わず駆け寄った。
「コラ、ちょっとシャル!」
スズさんの静止を無視してお店の前まで来ると目当ての物を手に取った。
僕は目前のおじさんに売値を尋ねる。
子供だと思ってお金を持っているのか少し怪訝な感じだが、答えてくれた。
幸いにも手持ちで事足りる様だった。
僕は屋台のおじさんから目当ての物を購入すると小走りで皆の元へ戻る。
その矢先に、ポカリとスズさんに頭を叩かれた。
「アンタ勝手に離れるんじゃナイわよ! この前の懲りてないワケ?」
「少し位良いじゃないか。耳も付いてる事だしさ」
「そうね、誰かさんと違って無銭で屋台を食い漁りはしないでしょう」
「……あぅ」
「買った? 気になる、何」
ソーラが僕の右手にあるものを目ざとく見つけて問い詰めた。
その言葉の所為で皆の視線が集まってしまう。
本当は後で渡そうかとも思ったんだけれど、仕方がない。
僕は観念して購入したものを差し出した。
「え、と。はいスズさん」
「えぇ? わ、ワタシィ!?」
まさか自分に渡されると思わなかったのか、スズさんは驚きの声を上げる。
怒った手前少しバツが悪いのか、気まずそうに僕から品を受け取った。
スズさんに渡したのは、革製のチョーカーだった。
中央には青みがかった黒色のベルが付いていた。
「この前ので切れちゃったみたいだったから、その、良かったら新しく」
「ウン……、そのアリガト」
呆けた様に呟くとスズさんはチョーカーのベルをチリンと鳴らした。
ちょっと驚いて反応が追い付いてないけど、喜んでくれたんだろうか。
もしかしたら色が気に入らなかったりしないかな?
なんだか反応が薄くてちょっとビクビクしてしまう。
「これお金はどうしたわけ?」
「あぁ、先輩方が出てる間にシャルが宿の壊れた鏡を魔法で直したんだ。その謝礼さ」
ガラスや鏡なんかは魔力の伝達効率が良くて、その分修復が容易だったりする。
ちょっと高そうな鏡で宿の人も困ってたから直してあげたんだ。
そしたら予想以上にお金を手渡されてしまった。
だけどサニャやソーラが貰っておけと言うので、素直に受け取る事にしたのだ。
「折角だから、その普段のお礼に……て思って」
「あれ? 私達には何かないのかい?」
「欲しい、私も」
「そ、その、また今度ね?」
耳ざとくサニャやソーラが声を上げるのを、僕は気まずい思いで宥めすかす。
そんな声も聞こえてないように、スズさんは手渡されたチョーカーを大事そうに胸に抱いた。
「アリガトウ。大事にするワ」
涙交じりの謝辞を受けて、僕はプレゼントした甲斐があったかな、と少し実感できた。




