妹
僕達は港近くに建っている、とある屋敷の近くに来ていた。
そこに住んでいるのが、第二騎士団支部長の一人であるサニャの妹さんらしい。
最初は港町の屯所に寄ったんだけど、今日は来ていないとの話で直接住まいを訪ねたのだ。
「さぁて、こっちに居ると良いんだけどな」
屋敷に向かって足を進める途中にサニャがポツリと口を零した。
その言葉に目ざとくシスターが反応した。
「何、散々歩かせておいて、いるかどうかの確証がない訳?」
「仕方ないだろ? あの子も忙しいんだ。もしかしたら別の町の屯所に居るかもしれないし」
「マァ、シブチョーだしね」
わざわざ実家ではなく妹さんを訪ねに来ているのには、色々と理由があった。
まず一番の理由としてサニャの気が乗らないらしい。
「今回の怪我をダシに、いい加減大人しくしろと迫るに決まってるよ」
「まぁ普通の親なら、娘が一生の傷を負ったわけだし当然じゃない?」
「それだけならいいんだけどね。下手したら軟禁されかねないよ」
堪らないとばかりに大げさに首を振った。
だけども家族の気持ちは分かる気がする。
片目を失った娘がそれでも剣を振るい、挙句さらなる傷を負ったんだ。
これ以上好きに振舞わせるのは心臓に悪い事だろう。
「もう子供でもないんだしさ、好きにやらせて欲しいものだよ」
「子供じゃない事が好き勝手していい理由だと思う奴は大体子供よ」
「はいはい。耳が痛いね」
サニャは小さく口を尖らせて悪態をつく。
出会った当初は落ち着いた雰囲気の印象もあったけれど、最近の彼女は妙に少年的だ。
変わったというよりは、元々こういう気質だったのかもしれない。
そう言う意味では彼女も僕達と打ち解けてきているのだと思えて、ちょっと微笑ましい。
「ソレにしても、ラニカ支部長ってドンナ方なの? ワタシ会った事ないわ」
「案外可愛い子だよ。剣を始めたのも私の真似をしたのがきっかけだしね」
「それにしても、若いのに結構な役に付くものね」
「ドーセ、コネでしょ。あー、ワタシもお金持ちにウマれたかったー!」
「噛みつくなぁ、でも世の中そんなもんだよ。身辺能力、共に調査も楽だしね」
生まれの良さに僻むスズさんに溜息を吐きつつそう諭す。
それすらも彼女には嫌味に聞こえるらしくて、フンと顔を逸らした。
「何にせよ。昔から私に懐いていたし、味方になってくれると思うなぁ」
「そもそも考えすぎなのでは? 流石に両親が娘を売るとは思えませんが」
「森に捨てられてた奴が良く言うわね」
「ダメ! それ! 謝る!」
ソーラがシスターの服を掴んで怒り出す。
最初は鬱陶しそうに払いのけようとするが、あまりにソーラがしつこいので渋々と謝った。
「ヤーイ、怒られてヤンノ!」
「ちッ! で、実際の所どうなの? そっちの両親はそう言う薄情者な訳」
「コラ! また言う!」
「うるさいわね。話が進まないでしょ、……あーもう悪かったわよ!」
「彼等の名誉の為にも言うけど、王族に楯突いた娘を庇いだてしたら、あっちだって危ないんだよ」
「マ、貴族様は王族様ともツキアイがあるデショーし、ヨケ―に逃げ道はナイデショーね」
そう、サニャが実家に戻らない理由のもう一つがそれだった。
万が一、カブリオレさんが嘘を付いていて、サニャ達の裏切りが知られていた場合。
家族を経由して呼びつけて、取り押さえられる可能性があるという事だった。
いくらなんでも自分の家族を罠にかけるなんて考え辛いけど、サニャはそうは思っていないようだ。
「私は昔から好き勝手やっていて煙たがられてたし、案外いい機会だと思ってるんじゃないかな」
「結局子供の頃から成長してないって事ね」
「子供の頃から完成していた。と言って欲しいね」
「ホント、屁理屈だけはタッシャな辺りがマンマにガキ臭いわね」
「ねぇ、シャル。なんか皆冷たくない? 酷いと思わないかい?」
「う、うん。流石に皆言い過ぎだよ。サニャだってホラ、家族との事で不安なんだしさ」
僕が思わず庇うと、サニャは得意気な顔で二人に笑いかけた。
その様子に二人は心底苛ついた目で大きく舌打ちを鳴らす。
そうこうしている内に、屋敷の前までたどり着いていた。
門の前に備え付けられた、来客を知らせるベルを鳴らした。
程なくして中からメイドさんがやってきて、僕達の目の前にやってきた。
最初は訝し気に僕達を見て、要件を聞こうとしていたけれど、サニャの顔を見て顔色を変えた。
「少々お待ちくださいませ」と、言い残すと屋敷の中へとパタパタと姿を消した。
暫くして、メイドさんが戻ってくると門を開いて、恭しく僕達を中へと案内した。
無言のまま、豪奢な屋敷の奥まで通される。
とある部屋の前までたどり着くと、メイドさんはノックをして中の人へと呼びかける。
「通しなさい」と短い返答が中から聞こえる。
メイドさんは扉を開けると頭を下げて僕達を中へと通した。
そこは応接間の様であった。
恐らく屋敷の主であろう女性は、長い金色の髪をなびかせ、純白の羽を携えていた。
彼女はチラリとサニャを伺うと、清潔感のある白い肌を歪ませて口を開いた。
「何しに来たのかしら? この恥知らず」




