提案と決断1
柔らかいソファーの上に座らされて、人数分のお茶をメイドさんが持ってきた。
お茶から立ち上る湯気に乗って、果実の香りが漂ってくる。
こういう嗜好品めいたお茶をこの世界で飲んだのは、王都の屋敷以来だった。
センリンは初めて飲むのか、一口含む度に小さく感嘆の声を上げている。
そんな彼女は置いておき、僕達が一息ついたのを見計らいラニカさんは口を開いた。
「事情は解りました。要するに、家に帰るのが気まずく、且つ直接伝えるのも面倒なので私に上手くはぐらかしておけと、そう言う事ですか」
「ちょっと曲解されてるけど、概ねそんな感じだね」
ラニカさんは非常に棘のある物言いでサニャを睨み付ける。
当の本人はヘラヘラと笑いながらその視線を受け流していた。
サニャが言うには、ラニカさんは彼女にとても懐いていたらしい。
だけど、部屋から漂う空気からは、とてもそんな様子は窺えなかった。
「残念ですが、お断りします。私も今回の件に関しては父上達に賛成です」
「今回の件って、何か聞いているのかい?」
「えぇ、剣を捨てさせ実家に縛り付けて置くとのことです」
澄ました顔でラニカさんはそう言い放つ。
サニャはそれに「困ったなあ」と、言葉の内容に伴わない軽い調子で頭を掻いた。
「困るのはこちらです。家の恥とも言える不様をこれ以上晒されては堪ったものではありません」
「いやぁ、私だけの話なら考えなくもないけどさ。色々と事情がさ」
笑いながらチラリと僕に視線を向ける。
それにつられてラニカさんも僕に目を合わせた。
値踏みするように僕の体の頭から足先まで、視線を上下させる。
「別に、この女は居ても居なくても変わらないわ」
「おいおい、今ここでそういうこと言うのかい?」
「事実を言ったまでよ。どうするかまでは知ったことじゃないけれど」
シスターはそう言うとプイと顔を横に向ける。
「タシかに、オマエも色々あった訳だし、実家でオトなしくしてれば?」
「ちょっと! さっき言った話聞いてなかったのかい?」
「お前の考えすぎよ。大人しく家で養正なさい」
「……決まりですね」
「決まってないよ! なんで四面楚歌になってるのさ」
周りがサニャの帰省に一致状態に成り始め、ようやく彼女も焦りの顔を見せ始めた。
「シャルも私が居なくなれば良いと思っているのかい?」
「え? ぼ、僕はその――」
「都合が悪くなったら子供に意見を誘導させるのは止めなさい」
「そうですよ姉上。見苦しいです」
「うぐぐ! なんと言われようとも私は帰らないよ。私にだって意地があるんだからね」
僕の言葉を遮るように二人が言葉を重ね、サニャは歯噛みする。
遂には立ち上がって駄々っ子の様な事を言い始めた。
その様子にシスターとラニカさんは深い溜息を同時に吐いた。
「まぁ、良いでしょう。これ以上は無駄でしょうから、今日はこれ位にしておきますか」
「明日だろうが明後日だろうが、私の意思は変わらないよ」
余裕の表情でお茶を口にするラニカさんを、サニャは鼻を鳴らしてそう伝える。
当初は自分の力になってくれると当て込んでいた妹の、正反対の意見に少し残念そうだ。
というより、端から見るとどっちが年上か分かったんもんじゃないなと、ちょっと思う。
しかし、サニャの物言いにもラニカさんは「そうですか」と涼気な表情で一言返すだけだった。
「では、今日は家に泊って行ってください。どうやら色々とご足労掛けたみたいですし」
「あぁ助かるよぁ、そうさせて貰おう。正直歩き疲れてクタクタなんだよ」
直前の表情とは打って変わり、ヘラリと表情を崩してサニャは提案を受け入れる。
あまりの変わり身の早さに、ラニカさんは呆れたのか小さく溜息を吐いた。
「皆様もぜひ泊って行ってください。お見苦しい所を見せましたお詫びとでも」
「全くもって本当ね。勘弁して欲しいわ」
「オマエのそういうズーズーしさは、ホント感心するわ」
結局サニャには色よい返事が聞けぬまま、話し合いはお開きとなるのだった。




