一気に家族が増えてしまいました。
「だっこ……」
「はいはい。お父さんとねんねしてなさい」
「あ、あの‼」
必死に止めようとしたアレクシエルは、部屋中に響き渡る声にがっくりとした。
「きゃぁぁ‼シエルが、あのお固いシエルが、娘だっこして寝てるわ~‼アデレード‼これを写真の術で残してもいいわよ~‼」
「そんな器用なことは出来ませんが?」
「やれー‼」
「出来んっていっとるでしょうが‼このおばさん‼酒飲んで酒飲んで酒飲んで酒乱が‼」
アデレードが突っかかると、
「ふあぁぁん‼お父さんねんね~‼」
「はいはい」
よしよしとんとん、
と背中を叩くと、身を起こし、マーシャが毛布をかける。
「アデレードは、来てもよし‼エルフリーデは来るな‼」
「何ですってぇぇ‼」
時々アレクシエルの屋敷に、遊びに行っていたエルシオンが、
「おじさん‼僕、お邪魔しちゃダメですか?」
首をかしげて上目遣い……と言う高度な技を身に付けていた5才の幼児の可愛らしいしぐさに、
「エルシオン、おいでおいで」
と手招きする。
わーい!
と言いたげにとことこ近づいたエルシオンは、アデレードとエリアを見て、
「アデレードお兄ちゃん……老けてます。たしか同じ年ですよね?」
「……大丈夫だ。亡くなる前のマルガレーテさまとエルフリーデさまほどではない‼」
「そうですね……」
「アデレード?エルシオン?今なんて言ったのかしら?」
オホホホホ……
笑うエルフリーデから二人は避けた。
ドカーン‼
と地響きがして、
「……ふ、うう、ふあぁぁぁーん‼」
泣きじゃくる声に、ヴァーソロミューが……。
「お前たち……私の屋敷を壊す気かい?一回地の果てにぶっとばしてもいいけれどね?」
アデレード、エルシオン、エルフリーデは蒼白になる。
そう。
通称『最奥』と呼ばれるようになるこの館は、後宮の奥のうっそうと繁る森に囲まれ、その内側は花壇や、子供たちの遊ぶ遊具などが置かれていて、別荘のような作りになっている。
そして、この別宅は、代々の王太子が住まう館であるのと同時に、館は王太子のものではなくヴァーソロミューの自邸であり、その一角を借り受けている形になっている。
ヴァーソロミューもまた、本来の持ち主に渡すための仮の主なのだが、これは内緒である。
「も、申し訳ありません‼ヴァーソロミュー様‼」
「ぼ、僕がはしゃいじゃって、ごめんなさい‼」
「術が暴発しましたわ、申し訳ありません‼」
「……エルフリーデの爆発はいつもじゃないか……はいはい、エリア?大丈夫、大丈夫だよ」
アレクシエルは慣れてきたあやし方で娘をあやす。
「後で、お母様が大好きだったビスケットを食べよう。マーシャに聞いているよ。大好きなジャムがあるんだって……持ってきてもらうからね」
「……でも、お、お父さん……ルエンディードとエリオニーレのジャムは……、と、特別で……」
べそをかくエリアに、ヴァーロはニッコリと、
「大丈夫だよ、姫。こっちのお兄さんとお姉さんたちにお願いしてごらん?」
「お、お願い?」
父親に抱えられて父の膝に座る形で、ヴァーロの横の3人を見上げ、アデレードに気がつく。
「あ、あの……あの、た、助けていただいて、ありがとうございました。え、エリアと申します」
丁寧に頭を下げると、さらさらと美しいプラチナブロンドの髪が流れ落ちた。
「いえ‼それよりも、転ぶときに、無理に足をねじったりしないでくださいね?痛いのは姫様ですよ?」
「と、とろくさくて、ご、ごめんなさい……」
蒼い瞳が潤み、アデレードが、
「お、怒っているんじゃありませんよ⁉えっと、えっと、ひ、姫様が……け、怪我を……、わぁぁぁ‼助けてください‼ヴァーソロミュー様‼」
真っ青ではなく真っ赤な顔で訴える青年を面白がっていたヴァーソロミューは、笑うのをこらえつつ、
「エリア?このお兄さんは、エリアと同じ年の、カズール伯爵のアデレードだよ。口下手で生真面目。さっきのはね?怒ってるんじゃなくて、癖で人をじっと見て話すんだ。それと、エリアが大ケガをしてしまって、自分がもう少し早く助けていたらって思っているんだよ、ね?アデレード?」
「は、はい‼そ、そうです‼それに、こちらこそ、も、申し訳ありません‼小さい頃から人と話すときには、目を見て話せと両親に言い聞かされておりまして、み、妙齢のじょ、女性に、そのようなことは失礼だと、後でマナーレッスンを‼で、でも、直らなくて‼ご、ご不快でしたら、さ、下がりますので‼」
「不快……?」
エリアは、首をかしげる。
「カズール伯爵閣下は、丁寧で優しくてとても上品です。お話し方も几帳面で、眼差しもキリッとしてます。ばあややお母様がいってました。瞳の澄んだ人を信用しなさい。下品な言葉を用いたり、嘘偽りのみをもてあそぶ者は信用してはいけません。特に、お父さんが信じる人は間違いありませんって言ってました」
「え、私?」
アデレードを誉める娘にちょっとムッとしていたアレクシエルは、拍子抜けする。
「お父さんが、会わせてくださる方は皆優しいです。お母様の言う通り、お父さん……お父様はとてもすごく偉いのです。だって、カズール伯爵閣下に会わせてくださいました。えっと、こちらは……あ、マルムスティーン侯爵閣下、エルフリーデ様ですね‼お母様と文通して……時々、手紙の中に、私にも……お会いできて、嬉しいです。エルフ御姉様‼」
「まぁ‼覚えてくださっていたのですね‼愛称を‼」
「はい‼それに……緑の瞳がキラキラしていて、銀色の髪が美しくて、翠玉の女神と呼ばれていたと、本当におきれいです‼」
エリアはエルフリーデを見ると、その横の幼児ににっこり笑う。
「エルシオン様ですね?お母様そっくりで、キラキラです‼はじめまして、エリアと申します」
「え、えええ‼」
大胆な幼児エルシオンが動揺する。
自分は一応母親似で、そこそこ整った顔立ちではあると自認しているが、目の前のエリアは、今まで出会った女性の中でも飛び抜けて美しい。
愛らしい、初々しい、儚げ、繊細、裏表のない……はっきりいって、初めて会う存在である。
5才ながら裏表をある程度使い分けているエルシオンには、どう見ても、エリアは……。
「アデレード兄上、母上‼こんなお姉さん……いえ、姫様をそのまま駄目です‼何とかしましょう‼」
「こ、こんな‼……お、お父様、エルシオン様に、き、嫌われ……」
ショックを受けるエリアに、慌てて、
「違います‼エリア様……エリア御姉様は、とってもとっても可愛くて優しくて、純粋で、簡単に人を信用してはいけません‼」
「でも、でも……エルシオン様も信用してはいけないんですか?」
うるうるとした瞳に、よろめくエルシオン。
それを見下ろし、エルフリーデはニヤニヤする。
年よりも考え方の親父臭い……亡き夫に良く似たといえばいいが、この年では悪知恵の働く、手を焼くお子様である。
その息子が太刀打ちできない存在が出来た。
しかも、女性。
年は10ほど違うが、息子と反対側の正統派美男子アデレードが、この愛らしい姫を奪い合うのも面白い……。
と、
「エリア?エルシオンはね?心配しているんだよ。エリアは本当にお母様にそっくりで優しくて可愛いから、ひどい目に遭って、泣いちゃったらどうしようって」
父親の言葉に目を見開き、エルシオンを見るとニコッと笑う。
「ありがとうございます。優しいですね。エルシオン様は」
「い、いえ……そ、そんなことは……」
頭の上にヤカンを置けば沸騰するのではないかと思うほど、周囲が驚くほど真っ赤な顔でしどろもどろになっている。
エルフリーデは益々ニヤニヤとしているのを見たアレクシエルは、爆弾を投下する。
「三家、そしてヴァーソロミュー様、忠義の厚い者二人のいる場で宣誓する。私アレクシエルは、王位を父より受ける。そして、次の王はエリア……アレクリエーラ。その夫にアデレードを指名する」
「……はぁぁ?」
呆気に取られるアデレード。
そして、エルフリーデは、
「私の息子は?年の差なんて関係ないでしょう‼」
ガッカリ……とした顔で、アレクシエルは続ける。
「本当は……本当に、絶対、こいつ……いや、これは絶対にありえない、あり得たら困るとずっと思っていたが、マルムスティーン侯爵エルフリーデ卿。爵位を息子エルシオンに譲り、エルシオン共々後宮に。アレクリエーラは、王位を継ぐには幼く、帝王学、そしてこの国の仕組みを理解していない。義理とはいえ母として、姉として、傍に居てあげてほしい。私も傍に居てやりたいと思うが、忙しくなる。頼む。国のためではなく、アレクリエーラの為に」
頭を下げるアレクシエルを見つめ、エルフリ?%RCデはため息をつく。
「あー、ムカつくわぁ‼こんなときに頭を下げるなんて‼小さい頃から、絶対に勝って見せる‼頭を下げさせるんだって思ってたのに~‼悔しい‼……けど、解ってるわよ‼」
優雅に頭を下げて、返答をする。
「先代マルムスティーン侯爵エルフリーデ……慎んで、お受けいたします」