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呪物のサエちゃん  作者: 栢瀬 柚花


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9/21

心霊写真を見てみた②


 これまでの写真は、なんだかんかだ言ってどこかコミカルだった。


 暇を持て余した霊達が、幽霊っぽいことをしてみて—そんな写真や動画ばかりで、あたしも安心して見ていられた。


 でもこれは——


〔なになに?サエちゃん、ヤバイやつ?〕


〔うん…これは持ってない方がいい〕


 固い声に、はるちゃんも緊張した。


〔そんなにヤバイの?どんな写真?〕


 はるちゃんの質問に答えたのは、タイミングよく説明を始めた博士だった。


「『トツオカの皆さん、お疲れ様です。この写真は、結婚式の思い出ムービーに使う写真を探していた時に見つけたものです。

 たぶん小学校低学年だと思うのですが、家族で海に行った時の写真です。隣の男の子はあまりにもはっきり写っているので、心霊写真なのか分かりませんが…。でもこんなに必死そうな子供の横で、にっこりピースしているあたしもおかしいし、お母さんに当時のことを聞いても、そんな覚えはない、と言っていました。

 トツオカの皆さんはどう思われますか?お祓いとかに行ったほうがいいのでしょうか?この写真を撮って20年は経っているので、今さらとも思います。アドバイスなど頂けると嬉しいです』とのことです」


「あまりにもはっきりって……、もしかして——この男の子のことを言ってる?」


 タケは恐る恐る、というようにパソコン画面を指さした。


 海面に半分体を出し、こちらに向かって無邪気にピースしている投稿者。


 そのすぐ隣で…


 男の子が苦しそうに顔を大きく歪めている。


 にっこりする女の子とは、明らかに肌の色が違う。

 真っ白、といっても過言でない肌。唇も血の気がなかった。


 

「え…マジでこの場にはいなかった子なの?」


 タケが一際青ざめる。


 博士は、

 

「この写真…見てると息が苦しくなってこないか?」


 と喉に触れた。


〔そりゃそうだよ…。この男の子、溺死だもん。それが苦しすぎて、死んだ後もずっと助けを求めて苦しんでる…〕


〔それは辛いね……〕


 沈痛な声ではるちゃんが言う。


 あたしは感じたことを話した。


〔海で死んだ他の死者に、ずっと囚われてるんだよ。輪廻の輪に入りたいのに、それを止められてる…。それも辛いんだろうね。誰か供養してくれないかな、この男の子…〕


〔博士は息苦しいって言ってるけど、大丈夫なの?〕


〔うーん…お守りが効果を発揮してる。敏感な人は苦しくなっちゃうだろうけど、連れて行かれはしないかな…。でも閲覧注意だよ〕


 

「この子の表情…凄く苦しそうだな……。いい気分ではないな……」タケ


「この写真、男の子の周りの海だけ、白波が立ってるんだよ。普通はこんな風にはならない。男の子は違う次元にいる——そう考えないと辻褄が合わない1枚なんだ。そういう意味で、俺は鳥肌たった」


 マサが真面目に言うと、

 

「なんか、1人怖がるところ違うな…」


 マモルが呆れ半分、苦笑い半分で言った。


 咳払いすると、博士が、


「まぁ、とりあえずお祓いには行ったほうがいいかもしれません。息苦しくなった人は要注意でお願いします」


 締めくくった。


 

「では最後の1枚、いきます。これはデータじゃないらしくて、先に投稿者の説明文を読みますね。

 『トツオカの皆さん、こんにちは。心霊写真を集めていると動画で言っていたので、送ります。今から5年前の大学時代に、写真サークルにいた時撮れた1枚です。自分で撮った写真を現像するのが楽しくて入部したのですが、これを撮ってから怪我をしたり高熱で入院したり、実家の家族が事故に遭ったりと不幸が続きました。恐ろしくなってサークルを辞めてしまい、今もカメラに触れません。友人からはお祓いしたほうがいい、と言われ、調べた神社に持っていきましたが、「こんな強烈なものは対処できない」と断られてしまいました。いくつか寺や神社にいきましたが、どこも引き取ってくれませんでした。

 写真の処分方法も分からず、机の奥にしまい込んでいましたが、こんな機会ができて嬉しいです。もう持っていたくないので、トツオカの皆さんに差し上げます。これからも応援しています』…だそうです」


 全員がしん…となった。


「な、なかなかに強烈な投稿者だな…」マモル


「神社からも寺からも断られたって——そんな写真、どうするんだ?」博士


「この写真だけは、データじゃなくて現物なんだ。ご丁寧にネガも送られてきた」マサ


「マ、マジか…」タケ


「マジ」マサ


 ヒラヒラと黒っぽい物を見せてきたマサに、タケ、博士、マモルはまたゴクリと唾を飲んだ。


「ほい、写真」


 裏返しの写真を差し出されたタケは、しばらく見つめるだけだった。


〔これはタケじゃなくてもビビるよねー〕


 はるちゃんが言う。


〔確かにね…。写真見えないけど、すでに嫌なものを感じるよ…〕


〔え?そうなの?〕


〔うん…。これ、呪い系かも…〕


〔あちゃ〜。博士やタケに影響ないといいね…〕


 心配そうに言うはるちゃんと、同じことをあたしも考えていた。


 

 博士はすでに顔色が悪い。

 タケは寒気がするのか、腕をさすっている。


 写真を見ていないのにこの影響力。


 

〔これは…また頑張らなきゃいけないかも——〕


 

 あたしはひっそりと覚悟を決めた。


 写真を睨みつける。威嚇するように念を向けた。

 

 写真の奥からから、嘲笑うような気配が返ってくる——


 コイツ…楽しんでるな……。

 いい度胸してるじゃん。


〔呪物の力を舐めるなよ——〕


 この時点であたしと写真との戦いは始まっていた。

 


  

「じ、じゃあ……見てみるか」


 こちらも覚悟を決めたタケが、ゆっくりと手を伸ばしてマサから写真を受け取った。


 パソコンの目の前…ちょうどあたしの真下にきた写真。


「…いくぞ」


 博士が頷くと、写真が裏返しにされる。


 

 一本の桜の木。その手前に咲き乱れる菜の花。青い空。春の桜が舞い散るところを写した、綺麗な1枚。


 そんな桜の木の下に、誰か立っている。


 被写体は遠く、ふわふわした花柄のワンピースを着ていると分かるだけなのに、何故か女性と目が合う。


 異様な目力を感じる、異様な1枚。


 呪物のあたしでさえ鳥肌が立った。


「これ…」

「うっ…頭痛がする——」


 顔をしかめた2人。


 聞こえないにも関わらず、

 

〔2人は目を合わせないほうがいいよ〕


 そう言っていた。


 遠くからはるちゃんが、


〔サエちゃん……良くないよ、それ〕


 固い声で言った。


〔分かってる。コイツ、誰彼構わず呪ってる。最初は想い人の男の人が標的だったみたいだけど、呪いが成功すると面白くなって男を手当たり次第に呪ってるね…〕


〔うわぁ…最悪だ〕


〔オマエ、もう人間には生まれ変われないぞ〕


 写真の女は微笑んだ。


 そんなこと、分かってるって顔だ。


「あっ…なんか——笑ってないか?」博士


「は?」


 タケが写真を見つめると、さぁ…っと血の気が引いた。


「ほ、本当だ……」


 そのお言葉を受けてマモルとマサも「え?」とこちらにきた。

 まじまじと写真を見た2人は絶句し、


「本当だ…」

「マジか…。そんなことある?」


 驚いていた。


「俺、フェイクチェックで何度もこの写真見てるけど…こんな表情じゃなかったぞ」マサ


「俺も開封した時に見たけど…こんな顔じゃなかった」マモル


 信じられない、と2人は目を見開いている。



 

 一方のあたしは、写真の女と戦っていた。


 気を抜くとこちらに負の念を飛ばしてくる。

 だから目を逸らさず、睨み続けた。


 女は〔そこをどけ〕と言葉にならない念を飛ばしてきた。


 呪いの写真ってこんなことができるのか…。


〔どくわけないでしょ?ここにいる4人にも危害を加えるって分かってるんだから〕


〔なぜ庇うの?〕


〔ここかあたしの居場所だからだよ〕


〔居場所?呪物の人形のクセに?〕


〔ただの呪物じゃない〕


〔…そうらしい〕


 女はあたしの威嚇が遊びでないことが分かったようで、少し笑みを崩した。


「あれ…。また表情変わった?」博士


「いやいやいや!」タケ


「うわ…マジかぁ~」マモル


 

 あたしは女から目を逸らさず、女の力を削ぐように頭の中で描きながら睨み続けた…。


 呪いのどろっとした重い黒をゆっくり、でも確実に薄くして薄くして霧散させる——


 体中に汗をかきそうだった。

 きっと、またこの体は熱くなってる…。

 


「なぁ…なんか——。写真の色が…薄くなってないか?なんというか…変に濃かった部分が……明るくなっていくような……」タケ


「あぁ…言いたいことは分かるよ…」博士


「モーフティングを見てる気分になる…」マサ


「分かる…」マモル


 

 軽い雑談の最中も、あたしは睨み続ける。


 人形の体の中に、消せない女の黒い感情が流れ込んでくる——


 これは恨みと悲しみ……怨嗟だ。

 疾うの昔に死んだ男への想い。


 あたしも同じ女だからか、その感情に押し流されそうになる。

 呑まれちゃ駄目だ。

 呑まれればこの人形の体の中で女の怨嗟が生き続けることになる——


 

〔サエちゃん!頑張れ!!わたしも少し手伝うから!〕


 はるちゃんが加勢してくれる。

 背中からあったかくて力強い、応援の気を感じる。


〔サエちゃんが力を使い果たしたら、またお喋りできなくなっちゃう…。だから頑張るよ〕


〔うん…〕


 あたしは精一杯の返事を返した。

 お喋りする余裕はなかったからだ。



 女は抵抗を続けていたけど、だんだんと笑う余裕がなくなっていった。

 呪物としての体があるあたしの方が力が強いらしい。

 


 そのまま攻防は続き——


 

 人間の時間にしてみればきっと10分くらいだったろう。でも当のあたしとはるちゃんからしてみれば、1時間は頑張った気分だ。


 完全に消すことはできなかったけど、かなり弱まった。今は薄っすらと黒い霧が立ち込める程度だ。


 これくらいになれば、もう悪さはできない。


 写真を持っていっても、処分を断られることはないだろう。



〔はぁ…終わった——〕


〔お疲れ様、サエちゃん…〕


 はるちゃんの声は覇気がなくて、眠そうだった。


〔はるちゃん…大丈夫?〕


〔さすがに…今回はわたしも寝ちゃうかも——〕


〔うん…。一緒に寝ようね——〕


 あたしもうつらうつらし始める。


 そんな中でトツオカの4人は、

 

「あれ…なんか頭痛がなくなった」博士


「俺も寒気がない」タケ


「写真、明るいな…」マモル


「それに桜の木の影…薄くなったな……」マサ


 まじまじと写真を見た。



「この短時間で…。なんでだ?」タケ


「さぁ…?」博士


 4人は首を傾げていたけど答えが出るはずもなく、

 

「とにかく、原因不明の不調はなくなりました」


 博士がカメラに向かって言った。


「もし視聴者の中に、何か分かる人がいたらコメント欄にお願いします!」


 タケが言った。



 あたしは、もし霊感がある人が今の動画を見たらどう思うんだろう…と、ぼんやりし始めた意識の中で思った。


 あたしがやったと見抜かれたら——?

 また気味悪がられるのかな…。


 それを理由にトツオカからも邪険にされて、人形寺にでも預けられたら嫌だな——


 そこで思考は切れた。


 次に目覚めた時、もしこの部屋じゃなかったら……。


 その先は、考えられなかった。

 

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